第10話「素敵な夢」
タニタ・セグインの執務室は風情がある書斎という感じだ。
僕はそこのテーブルに座り、今回の件の報告を聞いていた。
「今回は
そう言ってセグインが僕に書類を渡した。
その書類に目を通しながら、僕達は話を続ける。
「自分のスキャンダルになるからだろ」
「ははは! そうともいう。すまんかったな!」
カラカラと笑うセグイン。彼女のそういうところに救われている節はあるのだが、今回限りはごまかさず聞きたいことがいくつかあった。
「なぜリリカは自分で脱出しようと思わなかったんだ? 普段なら凍結されているから動けないだろうが……、あの時は培養槽に入っていたし」
「ああ、恐らく烈龍だけでは軍事局の防衛ラインを突破できんと考えたんじゃろうな。実際何かしらの問題があった時、あの区画は封鎖され。水没するように出来ていたんじゃ。儂が操られたり、軍事局のコントロールが麻痺でもせんかぎりはな」
用心してセグインに取り憑いた故に、外部から介入する作戦を展開するに至ったのか。
「それとわざわざシアンに地下の光景を見せていたあたり、シアンを乗っ取るつもりだったんじゃろうな。すでに生命活動が止まっている肉体を無理やり動かすより、そっちのほうが強い」
「だとすると、エーラ・ヴィヴァーチェとの戦闘は?」
「もちろんあれで始末できれば良し。できなければ――と二重の作戦じゃろうよ。つまりもっとも用意周到な安全策をとったというわけじゃな」
慎重派のリリカらしい手だ。さて聞きたいことはもう一つある。
「セグイン……。リリカは怒りを持っている魔法少女、あるいはそうだった者にしか取り憑けないと言っていた。キミの怒りとはなんだったんだ?」
「………………おぬしがいまだにリリカの面影を追ってたことじゃ」
顔を赤らめて、顔を逸らすセグイン。そんなことを反逆一歩間近の事件に発展しないでほしいんだが、心というのは他者が犯さざる聖域だ。日々のストレスからイラついてた――なんてくだらない理由だったとしてもこの際仕方ないのだ。
「別に面影を追ってなんて……、まさかシアンのことか?」
「そーじゃ! あんな瓜二つの娘を連れてきて! 未練があったとしか思えん!!」
ビシリ、とこちらを指差してくるセグイン。そんなこと言われてもだな……。はぁ……。
「シアンくんはリリカの妹だ」
「…………なに?」
「リリカが亡くなったことで、両親は離婚。十数年経って母親が産んだのがシアンくんなのさ。もっとも……、父親は誰かわかっていないんだけどね。だから孤児院に入れられた」
セグインの眉が露骨に下がる。あれはテンションの下がっているときの顔だ。
「その話……、シアンは知っているのか?」
「教えるわけ無いだろう。知る必要もない」
「だから回収したと……」
「姉と同じように味方に毒殺されるなんて聞いた時、僕には耐えられなかった。だから助けた。決してシアンくんをリリカと同じようにはさせない」
「じゃが……、もしもシアンの奴が暴走すれば、犠牲は今回の比ではないぞ? わかっているんじゃろう?」
「その時は僕の首でもなんでも上層部にくれてやるさ」
「はぁ……、おぬしというやつは……」
そう言って、セグインが頭を抱えた。僕からすれば当然の話だと思うんだが……。
やがてセグインがもじもじとしながら、なにか言い出した。
「な、なぁ、パスカル。おぬしの手伝いをわしにさせてもらえんじゃろうか?」
「え? 手伝いなら既にしてもらってるじゃないか」
「そ、そーじゃなくてだな……、その……、わしと一緒に家庭を持たんか!? シアンも家庭があったほうが安心できると思うんじゃ!」
顔を真っ赤にしてそう言うセグイン。いや、えっとうん……。
薄々そんな目で見られていたことには気づいていたけど。
「セグイン、家庭というのはいささか早計だと思うんだ。お互いの実家もあるし、なによりシアンくんがどう反応するのかわからない」
「そ、そうじゃな! それで……?」
「とりあえず……、プラトニックなお付き合いから初めてみるのはどうだろう?」
別にセグインのことは嫌いじゃないし、美人だと思っている。嫌いか好きかで言えば、間違いなく好きな部類だ。つまり断るほどの意見を持っていないのだ。
健全なお付き合いから始めて様子を見てみるしか無いと思う。
「そ、そ、そうじゃな! よろしく、パスカル……!」
「こちらこそ」
によによと微笑んでいるセグイン。
まぁ――、彼女の笑顔も守りたいと思っているのは確かなのだ。
そうは言っても、僕達の勤務先は違う。
セグインなど軍事局局長だ。そう簡単に転勤は出来ないだろう。
遠距離恋愛になると思うが――、それぐらいが僕らには丁度いいだろう。
ちょうど携帯なんて便利なものもあるしね。
セグインと一通り話すと、僕とシアンくんは空港へと歩いていくことになった。
車で送ってもらう手はずだったのだが、ちょっと歩きたいとシアンくんが言ったため、徒歩に代わったのだ。
オベイロンの町並みは相変わらず美しい。今回の件で環境問題の解決は当分遠のくだろうが、ぜひ魔法少女以外の方法で解決してもらいたいものだ。
「しかしシアンくん、なんで急に歩きたいなんて言ったんだい?」
「やはり自分で守った街並みを確かめたかったですからね」
いつもどおりの透き通るような声。どこ吹く風の無表情。いったい何を考えているのかちょっとわからない、難しい子だ。リリカに似ているその面影は、僕に庇護欲と哀愁を感じさせる。
……仕方なかったこととは言え、姉を撃ち殺させる羽目になってしまったのだ。
この秘密は当然僕が墓穴まで持っていくつもりだが。
「それでえーっと……、アイドルよりも魔法少女っていうのは」
「ええ、私。魔法少女としての力を使って、人々を笑顔にしていきたいんです」
ギョッとした。まるでリリカが言っているかのようだ。まさか……取り憑かれているんじゃ。
「……なんですか? 取り憑かれているとでも思ったんですか? お生憎様です。そんなことは微塵もありませんよ」
「じゃあなんで……」
シアンくんがふふん、と微笑んだ。
「あなたと彼女の絆が羨ましかったからです」
「絆……?」
「ええ、魔法少女の光で繋がる絆。それってとっても素敵じゃないですか?」
幼少のリリカを思い出すような、そんな笑顔に。
僕はこう言うしかなかった。
「ああ、それはとっても素敵な夢だね」
魔法少女《わたし》にアイドルになれって言われても 薄塩もなか @Noumiso_Coneco
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