第13話 その名はヴァイツ

「……あっ、はあぁぁんっ!?」


 ドスコインは顔に似合わない色っぽい声をあげたかと思うと、耳を押さえて後ずさる。

 その拍子にスカイを離してしまったのだが、頬を羞恥に染めて睨む様は、まるでファーストキスを無理やり奪われた乙女のようだった。


「な……なんてことするんだい! 耳に息を吹きかけるなんて! この、ひきょうもの!」


「戦いに、ひきょうもクソもねーし! マッカレル・ブリーカー、破れたりだし!」


「す……スキルひとつ破ったくらいでいい気になるんじゃないよ! アタイはまだノーダメージなんだ! 戦いはこれからだよっ!」


 垣間見せた乙女っぷりを蹴散らすかのような雄叫びとともに、ドスコインは右手をおおきく振りかぶった。


「シャイニングぅぅぅ……張り手ぇぇぇぇぇぇぇーーーーーーーーーーーーーーーっ!!」


 手のひらが光り輝き、曳光とともにスカイに迫る。

 スカイは足を負傷して素早さを奪われたうえに、さらにまぶしさで「ウッ」と両目を閉じてしまっていた。


 苦悶に歪んでもなお美しい顔が、巨大な手形によって覆い尽くされる。

 いまだかつてこのスキルを破ったものはいない、ドスコインは今度こそ決まったと確信していた。


 しかしのれんを押すような感覚に、「なにっ!?」と目を白黒させる。

 スカイは限界まで身体をのけぞらせ、ブリッジ寸前のような体勢で張り手をかわしていた。


「ば……ばかな……!? あ……アタイの【シャイニング張り手】まで破るなんて……!? なんで……!? どうやって……!?」


「たしかにあぶなかったし、でも……」


 背筋をそらすスカイは、プロポーションがいいのでなにをやっても絵になる。

 張り手をスウェーでかわすその姿も、まるでバレエダンスのワンシーンのよう。

 大きな胸の向こうで、柳眉がニッとつり上がった。


「そんなふうに振りかぶったら、バレバレだし」


 スカイは身体を丸めながら、後ろに勢いよく倒れる。


「今度はこっちの番だしっ!」


 その力を利用してヘッドスプリングのような体勢を取り、揃えた両足をドスコインめがけて力任せに突き出した。


「天空……追放脚ぅぅぅぅーーーーーーーーーーーっ!!」


 張り手の体勢で固まるドスコインのアゴを、厚底ブーツが粉砕した。

 ドスコインはアッパーカットを食らったポーズで浮き上がり、放物線を描いて3メートルほど離れた柱に背中から激突する。


 インパクトの瞬間、ズズン、と倉庫が大きく揺れた。



 ◆  ◇  ◆  ◇  ◆



「あ~あ、もう、背中が汚れちったし」


 制服についた土埃をはたきながら、スカイは倉庫を出る。

 まったく同じタイミングで、隣の部屋の扉から人影が出てきていた。


「スカイじゃないか、こんなところでなにしてんだ?」


「ヴァイツに関係ねーし。ってか、ヴァイツこそなにしてたし?」


「ちょっとヤボ用だよ」


 近くにあった茂みの中にはメガネの男子生徒が隠れていて、「クーップスプス」と笑っていたのだが、倉庫から出てきたふたりを見て仰天していた。


「ええっ!? イキがってるカマセと、格闘科のアイドルのスカイ……! ふたりが夏狂頭の倉庫に入った時点で、保健室送りのスクープは間違いないと思ってたのに……! まさかふたりとも、けろっとした顔で出てくるなんて……!?」


 ろくでもない考えの男子生徒に見られていたとも知らないヴァイツとスカイ。

 ふたりは自然といっしょに歩きだそうとしていたのだが、一歩踏み出したところで背後にあった倉庫が倒壊し、瓦礫の山となっていた。


「「ありゃ?」」と振り返るふたり。


「ちょっと、やりすぎたかな……」「ちょっと、やりすぎちゃったし……」


 茂みが激しく揺れる。


「え……えええっ!? 夏狂頭の倉庫に乗り込んで無傷で出てくるどころか、ブッ壊すなんて……! あ……あのふたり……! や……やばい……! やばすぎるっ……!」


「まぁ、アイツらなら大丈夫だろ」「まぁ、アイツらなら大丈夫っしょ」


 ふたりは気を取り直して歩きだそうとしたのだが、ヴァイツがふと気づいた。


「おいスカイ、足どうしたんだ?」


 スカイは負けず嫌いなので、負傷をしてもそれを悟られないように振る舞うようにしていた。

 それは両親の目もごまかせるほどの域に達していたのだが、ヴァイツには見破られてしまう。


「な……なんでわかったし?」


「わかるよ、ガキの頃からずっとお前を見てたんだから。右のスネをケガしてるな?」


「そ……そんなの、ヴァイツに関係ねーし」


「関係なくないよ」


 ヴァイツはやれやれとスカイを抱え上げた。


「ちょ……なにするし!?」


「ヒビが入ってるみたいだから、歩くのもやっとだろ。保健室まで連れてってやるよ」


「きっ……きたぁぁぁ! あの男嫌いで有名なスカイをお姫様抱っこするなんて! 明日の一面は、フーセンみたいに顔が腫れあがったカマセで決まりだぁ!」


 しかし次の瞬間、男子生徒はメガネが割れるほどに仰天する。


「ヴァイツがあーしをお姫様抱っこするなんて、10年はえーし!」


 なんとスカイはヴァイツの殴るどころか飛びあがって抱きつき、ヴァイツの顔を胸でプレスしたのだ。


「むぐぐっ、な、なにするんだ!?」


「これはあーしの新技、【逆ベアハッグ】だし! これなら耳に息を吹きかけらんないっしょー! うりうり、うりうり!」


「や……やめろーっ!」


「窒息したくなかったら、さっさとあーしを保健室につれてくし! きゃはははは!」


 よろめきなら歩きだすヴァイツに、弾ける笑顔のスカイ。

 茂みの中の男子生徒は、すっかり腰を抜かしてしまっていた。


「夏狂頭を無傷でブッ潰すだけじゃなく、格闘科のアイドルに抱きつかれるなんて……!? う……うそだろ……!? あのカマセ、いったい何者なんだ……!?」


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かませ犬として育てられた少年、戦闘学園で無双する 佐藤謙羊 @Humble_Sheep

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