第12話 スカイvsドスコイン

 ヴァイツvsバクダ、その戦いが行なわれていた倉庫。

 レンガの壁を一枚挟んだその向こうでは、狂い咲きと呼ぶにふさわしい花園があった。


 南国の花のような艶やかな少女を中心に、ドクダミのような少女たちが取り囲んでいる。

 少女たちはみな、同じ色の制服であった。


 この制服は、中心にいる少女にあつえらえて作られたかのような鮮やかな青色をしている。

 天井から差し込む明かりを受けた髪を、雲光る空のように輝かせる少女が言う。


「こんなキモいとこに呼び出して、なんの用だし」


 ドクダミ軍団の一角、タルのような体格をした女子生徒が応えた。


「とぼけやがって! アンタ、スカイとかいったねぇ? 昨日のヘマを忘れたとは言わせないよ! しかも、ばっくれるとはいい度胸してるじゃないか!」


「もしかして、昨日のバトルマラソンのことを言ってるし? ってか、なんでアンタにそんなこと言われなきゃなんねーし」


「まさか、アタイのことを知らないのかい!? 格闘科1年D組の女子をシメてるドスコインだよ! アンタのせいで、うちのクラスはいい笑い物になってんだ!」


「そんなのあーしには関係ねーし。ってかそんなに1位になりたきゃ、アンタが出れば良かったし」


「アタイは服飾の授業だったんだよ!」


 対峙するふたりの少女は対象的であった。

 スカイはメイクバッチリ、緩めたリボンにブラウスのボタンを外すというスタイルで、スカートはヒザより短い。

 ドスコインはノーメイク、さらにノーリボンというスタイルで、スカートはくるぶしより長い。


 まさしくギャルvsスケバンといった風情。

 そしてマイクパフォーマンスについては、ギャルのほうが上手であった。


「ぷっ! そのツラと身体で服飾って、マジうけるし! ……マワシでも縫ってたん?」


 この一言に、ドスコインの手下のスケバンたちは思わず失笑、ドスコインの顔がみるみるうちに赤くなっていく。


「な……ナメやがってぇ! テメェのことはずっと前から気に入らなかったんだよ! アタイの男を誘惑しやがって!」


「へ? 男って誰だし?」


「またとぼけやがって! 男子をシメてるバクダくんのことだよ! バクダくんはアンタの身体ばっか見てて、アタイをちっとも見てくれねぇんだ!」


「それこそ知らねーし! ってか、ぜんぜん嬉しくねーし! ってか、バクダって誰だし?」


「バカにしやがって! その身体をベキベキにへし折って、二度と見られないようにしてやるよぉ!」


 がばぁ、と威嚇するクマのように両手を広げるドスコイン。


「だったらあーしはボッコボコにして、少しは見られる顔にしてやるし!」


 ファイティングポーズで応じるスカイ。


 両者のスタイルは明らかであった。

 ドスコインはパワータイプ、スカイはスピードタイプ。

 スカイはダンスのような軽やかなステップで、さっそく先制攻撃を仕掛けた。


「だしっ!」と右のローキックを放つ。

 ローキックを打った場合、相手のリアクションは主に、【ヒザをあげてガード】【後ろによける】【前に出てカウンターパンチ】の3つに分かれる。


 しかしドスコインはそのどれでもなく、狙われた左脚をわざと前に突きだしていた。

 ローキックはまともにスネにヒットし、ムチで打ったような音が響き渡る。


 ドスコインは何かしたのかといわんばかりに、首をコキリと鳴らしていた。


「なんだいそりゃ……? 名門ハイキック家というから、どんだけ凄い蹴りかと思ったら……! これなら、蚊のほうがよっぽど痒いねぇ!」


 ドスコインは四股を踏むように右脚を大きく振り上げると、スカイを踏み潰さんばかりにズズンと床を踏みしめる。


「次は全力のローキックをみせてみな! それでアタイがなんともなかったら、アンタは終わりだよ!」


 ニヤリと笑うドスコイン。それはわかりやすい挑発であったが、負けず嫌いのスカイはすぐに熱くなってしまう。

 アイシャドウの瞼をこれでもかと見開いて踏み込んでいた。


「なら……終わらせてやるしぃぃぃぃーーーーーーーーーーーーっ!!」



 ――あーしの全力のローキックは、バットを5本まとめてへし折れるし!

 ヴァイツの足なんか、週1で折ってたし!



 少女の脳裏に、幼い少年がヒザを抱えてうずくまっている姿がフラッシュバックする。



 ――あーしはこの蹴りで……ヴァイツをものにしてみせるしっ!



 恋する乙女の全身全霊のローキックが炸裂。

 インパクトの瞬間、スカイとドスコインはその体勢のまま彫像のように固まった。


 周囲にいた手下のスケバンたちは、固唾を飲んで結果を見守る。

 先に動いたのは……。


「うううっ!」


 弾かれるように足を引いて飛び退くスカイであった。

 そのスネは赤く腫れ上がっている。


 かたやドスコインは根を生やしたようにその場から動かない。

 ニタアと笑ってスカートつまんで持ち上げる。

 これほど嬉しくないたくし上げも珍しいが、その場の視線は釘付けになっていた。


 そして現れたものに、スカイは「なっ……!?」と目を剥く。

 なんとドスコインの右脚には、トゲ付きの鋼鉄製のすね当てがあったのだ。


「アンタがローキックを得意としてることはみんな知ってるよぉ! まさか、ここまで見事に引っかかってくれるとは思わなかったけどねぇ!」


「ひ……ひきょうだし!」


「戦いに、ひきょうもクソもあるかいっ! さぁ……今度はこっちの番だよっ!」


 ドスコインは前傾姿勢のまま両手を広げ、スカイにタックルをかます。

 片足を負傷してしまったスカイは逃げ遅れ、高々と持ち上げられてしまった。


「マッカレル・ブリーカーっ!」


 ドスコインのスキル、【マッカレル・ブリーカー】。

 相手を高々と持ち上げて抱きしめて背骨を圧迫するという、ベアハッグの一種である。

 女ながらもクマを素手で倒すほどのドスコイン、その腕から繰り出されるハグの威力はすさまじく、スカイの背骨が軋む音が倉庫じゅうに響き渡るほどであった。


「ぐっ……はっ……!?」


 肺が潰され、苦悶の吐息を強制的に絞り出させられるスカイ。

 飛びそうになる意識を捕まえたまま上半身をよじり、ドスコインの頭めがけて肘打ちを振り下ろす。


「効かん効かん! そんな腰の入ってないヒジが効くとでも思ってるのかい!? 腰をへし追ってババアみたいにしてやりゃ、もう誰もアンタを見向きもしなくなるよっ!」


「あ……あーしは、誰からも……見られなくていいしっ……ただ……! ただ……!」



 ――ヴァイツだけに見てもらえれば、それでいいしっ……!



 暗くなっていく視界、走る走馬灯、まっさきに浮かんできたのはあの少年の顔であった。



 ――そういえば……昔はよくあーしも、ふざけてヴァイツをベアハッグしてたし……。



『や……やめろっ! やめろよ、スカイ!』


『悔しかったら振りほどいてみせるし! 弱っちいヴァイツじゃ無理だし! きゃはははは!』


『く……くそっ、こうなったら……!』



 ――そういえば1回だけ、ヴァイツがあーしのベアハッグから逃げたことがあったし……。

 その次の日に、ヴァイツはいなくなっちゃったし……。


 オヤジが言うには、どこか遠くの家にもらわれていったとか……。

 あーしは納得できなくて、オヤジに何度もヴァイツを取り戻してってお願いしたし……。


 でもけっきょく、ヴァイツは戻ってこなかったし……。

 もう……もう……二度と……アイツに会えないかと……思ってた……し……。



 糸の切れた操り人形のように、全身の力がガクンと抜ける。

 薄れゆく意識の向こうで、嘲笑がきこえてくる。


「……とうとうあきらめたか! これでアイツはアタイのもんだ!」


 その一言が、少女の内で消えかけていた灯を、ふたたび燃え上がらせた。



 ――やっと……やっとアイツに会えたのに……!

 もうぜってー離さねぇって誓ったんだし……!


 だから……だから……! 誰にも……アイツはっ……!



 不死蝶がふたたび羽ばたくように、瞼がカッ……! と見開かれた。


「わたさねぇしぃぃぃぃぃぃぃぃぃーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーっ!!!!」


 絶叫とともにスカイはドスコインの頭をわし掴みにすると、全身を弓なりに反らした。


「ま……まだそんな元気があるなんて、しぶといヤツだねぇ! 今度は頭突きかい!? でも腰の入らないこの体勢じゃ、なにをしたって……」


 しかし次の瞬間、誰もが目と耳を疑いたくなるようなことが起こった。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る