第11話 ボスすら一撃

「なんじゃあ、テメェ!?」


「いや、前を通り掛かったら呼ばれたような気がしたんだが」


 暗闇の向こうから歩いてきたその声は、穴の開いた天井から差し込んでいる光の下で足を止める。

 スポットライトのような光に照らされたその姿に、驚愕のハーモニーが奏でられた。


「「「……ヴァイツっ!?」」」


「なんで俺の名前を知ってるんだ? ……なんだ、よく見たらガンバンビーじゃないか、スカイはいっしょじゃないのかよ」


「そ……それが……がはっ!」


 バクダは足元の3人組を倉庫の端に蹴りのけると、不良特有の舐め回すような視線でヴァイツに歩み寄った。


「あぁん……!? おめぇがウワサのヒーローか! どんなヤベェヤツかと思ったら、カマセじゃねぇか!」


「どれも違う。面倒だから、ひとつだけ訂正するぜ。俺はカマセじゃない」


「ふん、ダボがイキがりやがって!」


「お前ほどじゃないさ」と肩をすくめるヴァイツ。


「そんなことより、なかなかの拳みたいだな。お前はソイツを使って、この学園でなにをするつもりだ?」


「あぁん? なにをワケのわからんことを! 男の拳の使い途なんて、ひとつしかなかろう! 気に入らねぇ男はぶちのめし、気に入った女はねじふせるためにあるんじゃ!」


「つまんねぇ拳だな」


「なんじゃとぉ!?」と威圧してくるバクダを気にもとめず、ヴァイツは血だまりに視線を落とす。


「たとえ弱くても、コイツらの拳のほうがよっぽどいいぜ」


「ふん! 弱くちゃ意味がねぇだろうが! だったら、お前の拳はなんだってんだよ!?」


 ヴァイツは返事のかわりに、ズボンのポケットに手を突っ込む。

 これはノーガードを意味するポーズであるが、彼にとっては真逆。


 宣戦布告のポーズであった……!


「聞きたきゃ俺の身体に直接聞いてみな。だけど、会話は成立しないと思うけどな」


「ワンパンじゃ、会話のうちに入らねぇものなぁ……! ダイナマイト……パァァァァーーーーーーンチ!!」


 直後バクダは「なっ……!?」と泡を吐く。

 完全なる不意打ちのはずだったのに、ヴァイツは紙一重、皮一枚でかわしていたのだ。


「言ったろ? 成立しないって」


「しゃ……しゃらくせぇっ! ダイナマイトパンチっ! ダイナマイトパンチっ! ダイナマイトパンチっ! ダイナマイトパンチっ!」


 ムキになって両手を駄々っ子のように振り回し、パンチの雨を振らせるバクダ。

 それらはどれも風を起こすほどの豪拳であったが、ヴァイツは上半身のスウェーだけですべてをかわしている。


「なっ……なんでだ!? なんで当たらねぇんだ!? ダイナマイト、ダイナマイト、パンチ! パンチっ! パンチぃぃぃぃぃっ!!」


 少年は懐かしいそよ風を浴びているような、遠い目をしていた。



 ◆  ◇  ◆  ◇  ◆



 ヌルっとした血飛沫が血風けっぷうとってなって少年の目に入る。

 少女もアイシャドウが引かれた瞳をしょぼしょぼさせていたが、それでも殴る手を止めなかった。


「ヴァイツってばマジで激ヨワだし! 何度やってもあーしの圧勝! いつでもフルボッコだしーっ! きゃははははは!」


 ガードも許さないタコ殴り。

 いいように打ちのめされる少年は、傍から見れば立っているのもやっとのように見えたが、そうではなかった。


 血反吐を吐いたその唇が、誰にも聞こえない言葉を結ぶ。


「そんなふうに振りかぶったら……バレバレだぞ……」


 少年は、少女のパンチを完全に見切っていた。

 かわすことも、なんなら反撃することも容易であった。


 でも、それはしなかった。

 いや……させてもらえなかった。


 親たちがカマセに望んでいたのは、いい練習相手ではなく、ただのサンドバッグ。

 少女を不機嫌にするようなことをしたら最後、離れの小屋に連れて行かれ、まわりにバレないようにお仕置きをされるのだ。


「調子に乗るな、ヴァイツ! スキルもないお前はどうせ勝てっこないんだから、ムダな抵抗はやめて一方的にやられてりゃいいんだよ!」


「スカイがお前のようなカマセに苦戦したとわかったら、立ち直れなくなるだろ! 近所の笑い物にでもなったらどうするんだ!」


 お仕置きされることに比べたら、組手という名のリンチで殴られているほうがマシだった。

 なぜならパンチの軌道はすでに見切っているので、なるべく痛くないところで受けることができたからだ。



 ◆  ◇  ◆  ◇  ◆



 風が弱くなったことで、ヴァイツは我に返った。

 目の前には、打ち疲れていまにも倒れそうなバクダがいる。


「な……なんで……だっ……!? なんで……パンチが……当たらねぇ……んだっ……!?」


「そんな見え見えのパンチ、家族以外に当たってやる義理なんてないだろ」


「だ……ダボが……っ! す……すこしは、反撃してきやが……れっ!」


「悪い、ちょっとボーッとしてたんだ」


 言葉はノンキであったが、次に繰り出された動きは霹靂のようであった。

 ヴァイツはダンスを思わせるクルリとした軸回転とともにローキックを放つ。


 スネにヒットしたそれは落雷じみた音をたて、バクダは氷の上で滑ったように倒れかける。

 しかしそれは許されない、続けざまの蹴りがバクダのアゴを突き上げていたからだ。


「がはっ……!?」


 バクダは悲鳴をあげることすらも許されず、首が取れんばかりに上を向きながら天高く舞い上がる。

 人間大砲のごとく射出されたあと、5メートルほど離れたところに立っていた石の柱にめりこんだ。


 インパクトの瞬間、ズズン、と倉庫が大きく揺れる。

 ポケットに手を突っ込んだままハイキックのポーズを決めるヴァイツは、ちょっとスカしたヒーローのよう。


「す……すげぇ……すごすぎる……! それにいまの技は、まさか……【天空追放脚てんくうついほうきゃく】……!? 姐さんの家に伝わる奥義を、なんでカマセが……!?」


 その姿を見るガンの顔は、ヒーローショーを見る子供のよう。

 ヴァイツから「大丈夫か?」と手をさしのべられて思わず取りそうになっていたが、相手がカマセであることを思いだして振り払った。


「な……慣れ慣れしいんだよ! 俺は、助けてくれって頼んだ覚えはねぇぞ!」


「呼んどいて、それはないだろ」


「でも……なんで、俺たちを助けてくれたんだ……? 剣士科1年D組のことで、お前にゃ関係ねぇのに……」


「そんなの、当たり前だろ」「当たり前?」


「お前らは、俺の家族のスカイを守ろうとしてくれたんだろ?」


 捨て猫のように警戒するガンの前に、しゃがみこむヴァイツ。

 そして心を許しきったような笑顔を向ける。


「家族を守ってくれるヤツは、みんな家族だ」


 ガンは我を忘れるほどのショックを受けていた。


 強く、カッコよく、心が広い……!


 自分の理想としていた男が、目の前にいたからだ。


 頑なな想いが氷解し、熱い涙となってあふれだす。

 それはガンだけでなくバンとビーも同じだったようで、3人はまったく同じタイミングでヴァイツに飛びかかっていた。


「「「あ……兄貴ぃぃぃぃぃーーーーーーーーーーーーっ!!」」」


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