第10話 がんばれガンバンビー
トゥエルバ王立戦闘学園の校舎は敷地内の中央にあり、そこから1キロほど離れた場所に寮はある。
12ある寮は校舎をアナログ時計の文字盤のように等間隔にあって、放射状に伸びた並木道の大通りによって繋がっていた。
それらの通りは朝から多くの生徒たちが行き交うのだが、彼らにとってのちょっとした散歩道や社交場になっている。
レンガで舗装された道の脇にはちょっとした休憩所のほかに、運動部のコートや建物などが並んでいた。
登校前の雑談に花を咲かせる生徒たち、朝練に打ち込む生徒たち、そして朝もはよから不良行為にいそしむ生徒たち。
格闘科の生徒たちが占有する通学路、その傍らには廃工場のような建物がある。
落書きだらけのレンガ塀、金属のおおきな両扉には太陽のイラスト、その上に【夏狂頭 1年D組支部】と書かれていた。
その扉を揺らすほどに、「す……すいませんでしたぁーーーーっ!」と謝罪の声が響き渡る。
ほこりっぽい室内には、4人の男子生徒がいた。
ひとりは身長2メートルに太鼓腹の大男、腹が大きくなりすぎて制服がはちきれんばかりになっている。
大男は足元でひれ伏す3人の男子生徒をウジウジといじめていた。
「ワシがシメてる格闘科1年D組は、【
「すいませんでしたぁーーーーっ!」
「昨日のバトルマラソンは素手だったから格闘科のほうが有利だってのによぉ……。剣士科、しかもカマセがたった1匹しかいねぇ女に1位を取られるなんて……2年になんて報告すりゃいいんだよ……このダボがぁ……」
「すいませんでしたぁーーーーっ!」
「雁首そろえて同じことしか言ぇねぇのかよぉ……。どっちにしろ、ケジメだけはつけてもらうぜぇ……。お前ら、名前なんつったっけ……?」
3人の中心で土下座していた男子生徒が顔をあげる。
「へ……へい! アッシはガンで、こっちのノッポがバンで、こっちのちっこいのがビーでさぁ!」
「ガンバンビーってか……。おいガンバンビーども、スカイをさらってこいよ……」
これにはガンだけでなく、バンとビーも「ええっ!?」と顔をあげた。
「そ、そんな、バクダくん! 姐さんをさらうなんて、そんなこと……!」
「つべこべ言ってんじゃねぇよぉ……それで手打ちにしてやっからよぉ……。あれだけいい女をコマせば、ワシは1年幹部に出世できるぜぇ……」
バクダと呼ばれた大男は、ごちそうの味を想像するブルドッグのごとく嫌らしく舌なめずりをする。
「これぞまさに、二度おいしいってやつよぉ……!」
「い……いくらバクダくんでも、そんなことはさせねぇ! アッシらは、姐さんについていくって決めたんだ!」
立ち上がる3人。バクダは「あぁん?」と眉を吊り上げる。
「テメーら、このワシよりも女のいうとこを聞くってのかぁ……? ダボがぁ……!」
「ち……違う! 野郎をぶちのめせっていうなら、いくらでもやる! でも女を襲うなんて、そんなこと……!」
「じゃあ、選びな……! いまここでワシにぶちのめされるか、女をぶちのめすか……!」
拳を構えズンと歩み出るバクダ。3人はそれだけで気圧されてあとずさる。
山のような大男に凄まれてガンは思わず泣き出しそうになっていたが、その脳裏にある少年の顔がよぎった。
「うっ……うぐぐぐっ……! がっ……がんばんびぃぃぃーーーーーーーーっ!!」
ガンは蛮勇を振り絞ってバクダに殴り掛かった。渾身のボディブローが太鼓腹にヒットしたが、ぽよよんと揺れるばかりだった。
驚いて固まってしまったガンを、大いなる影が覆う。それはがばぁと振りあげられた、バクダの丸太のごとき腕だった。
「ダイナマイト……パァァァァーーーーーーンチ!!」
巨槌の一撃が顔にめりこみ、ガンは床に叩きつけられるようにして強制的にノックダウン。
勢いを殺しきれず、水切り遊びの小石のように床をバウンドしながら転がっていった。
「わっ……わぁぁぁぁぁぁーーーーーーーーっ!?!?」
恐怖で半狂乱になったバンとビーは両脇からバクダに襲いかかったが、彼らのパンチはポコポコと音がしていそうなほどに効いていない。
ワンツーのダイナマイトパンチが炸裂し、バンとビーはガンの身体に積み上がるように死屍累累のダウンをキメる。
勝負は決した。しかしバクダは倒れたところを容赦なくストンピングで蹴りまくる。
「このダボがぁ! ワシのダイナマイトパンチをくらって立ってられるヤツはいねぇんだ! 死にたくなけりゃ、スカイをさらってこいやぁ! おらっ、おらっ、おらぁ!」
血ダルマになるビー、骨が折れて糸が切れた人形のように横たわるバン。
すでに命の危機を感じていたガンの頭には走馬灯が走っていた。
薄れゆく意識を繋ぎ止めていたのは、あの少年の顔。
「トドメじゃぁ!」と顔面めがけて飛んできたつま先を、ガンは大口をあけてガブッと噛みついた。
「お……俺たちは……ヒーローになるんらっ! だからこの拳は……女を悲しませることに使っちゃダメなんらっ!」
「なにがヒーローだっ! ザコのくせしてよぉ!」
「く……悔しいけど……いまの俺たちはザコらっ! ひとりの女すら笑顔にできねぇ! でもいつか……ヴァイツみてぇになってやるんらっ!」
「はぁ!? ヴァイツだぁ!?」
「崖から落ちかけた俺らを助けてくれたすげぇヤツれ、姐さんを一発で笑顔にしたとんでもねぇヤツらっ! 悔しいけど……認めたくねぇけろ……アイツはヒーローらっ! アイツならきっと、こんなことされても屁でもねぇって顔するのらっ!」
ガンは最後の力を振り絞り、バクダの身体をつかんで這い上がった。
「だから俺も、屁でもねぇんだぁぁぁぁーーーーーーーーーっ!!」
血を撒き散らしながら拳を振り上げたが、カウンター気味の平手をくらってまた倒れる。
めげずにまた足に食らいついたが、自分はこの程度の力しかないのかと、とうとう泣き出してしまった。
「ヴァイツみてぇになりてぇ……! ヴァイツみてぇになりてぇよぉ……!」
「ヴァイツヴァイツうるせぇぞ、ダボがぁ! いい加減、死にやがれぇぇぇぇーーーーーーーっ!!」
頭めがけて振り下ろされたゾウのような足に、ガンは悟る。大いなる力に逆らった、小さき者の末路を。
しかしそれでも血の涙を振り乱し、力のかぎり叫んでいた。
「うっ……うぉぉぉぉぉーーーーんっ! ヴァイツぅぅぅぅぅぅーーーーーーーーーっ!!」
「呼んだか?」
その声に、バクダの足はガンのは鼻先でピタリと止まる。
見やった先は倉庫の通用口。そこには朝日を背に、戸に寄りかかるようにして立つシルエットがあった。
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