狂ったお茶会(10)
結局、フランツ氏の求婚は丁重にお断り申し上げた。
将来ナチスの高官として出世するであろう人物を袖にするのは、少々もったいないとも思ったが、やはりお断りするのがよかろうということになった。
そういうわけでお見合い騒動も終わり、日常が戻ってくる。暁子は日中は学習院へ通い、夜は父のパートナーとして社交の場に赴き、休日には菊野の目を盗んでクニと宝塚へいってみた。むろん貢に運転させて。
たしかに多くの女子が夢中になるだけあって(学習院にも宝塚ファンはけっこういる)、男役も女役も女優が演じる舞台というのは、なかなかに魅力的だった。歌舞伎の女形が女よりもなまめかしいように、男役スタアは現実の男よりも雄々しくて凛々しい。
いつもはおとなしいクニが、ショーにあわせて慣れたふうに手拍子を打ち、最後には立ち上がって拍手をするのにびっくりした。丸顔を紅潮させ、目がきらきらと輝いてる。こんなに生き生きとしたクニを見るのは初めてだった
一方、クニを挟んで反対側の座席に座っている貢は、周囲の女性客たちの盛り上がりぶりに、どこか居心地悪げな様子である。ぎこちなく拍手しているのを盗み見ては、暁子はくふふと笑った。
この年の秋から冬にかけて大なり小なり事件が起きた。日本海で大型定期船がソビエトの機雷にあたって沈没し、人気マンガの『のらくろ』は突然連載が終了してしまった。なんでも軍部の圧力で打ち切りにされたのだとか。
ある晩。例によってパーティーに出席し、その帰りの車のなかで父がふと、こんなことを口にする。
「そういえばクニと、黒田の息子の件はどうしようかね」
父は貢のことを“黒田の息子”と呼んでいる。他意はないと思うのだが、父にとって黒田とは今なお父親を指していた。
「年末はなにかと慌ただしいし、やはり年が明けてからの方がいいかねえ。とはいえ黒田の息子も、いつまた応召されるか知れんしなあ」
「なんのことですか」
首をかしげる娘に、おや、というふうな目を父は向ける。
「まだ聞いていないの? ははあ、クニのやつ、恥ずかしがっているんだな」
「ですから何を」
父はちょっぴりじらすように間をとって、にやにやと笑みつつ言う。
「あの二人、結婚するんだよ」
え。
小さく口を開けたまま身体が固まる。けっこん。誰が? あの二人が? まさか、まさか……まさか。
「どうかしたの?」
父の声で現実に引き戻されて、
「そうなんですか」
びっくりしたように笑ってみせる。うまくできたと思う。父も笑っているから。
「クニったら、どうしてわたしに内緒にしてるんだろう。もう」
軽く怒った口ぶりすらできた。
「いやまあ。きっと正式に
父は鼻ひげを撫でながら「あの二人ならうまくいくだろう」とつぶやく。
「そうですね」
と相づちをうって窓に目をやると、茫然とした自分の顔が映っている。
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