つままれたキツネ:前編

 刑事が選んだのは、画面が大きくひび割れ、電源の入らないノートパソコンだった。


 通称、詐欺グループ連続強盗事件。

 2024年4月頃から発生した連続的な強盗傷害事件。犯人はあえて住人の在宅時を狙って室内へ押し入り、住人に過度な暴行を加えたのち、金品を盗みスマホとパソコン等を破壊してから逃走。

 当初は無差別だと思われた事件だったが、捜査の結果、被害者は全員が同じマルチ商法を装った詐欺グループに在籍していた事が明らかになった。

 

 破壊された端末を解析したところ、使用履歴から犯人は被害者のメールなどのデータを確認している事が判明。数珠繋ぎの要領で他被害者宅を調べ、襲撃したと思われる。


「数こそ少ないが、近隣住民から飛蝗戦士バッタマンのマスクを被った不審者の目撃証言があった。被害者の証言も共通している事から、この事件の犯人は飛蝗戦士バッタマンだと断定された。お前が犯人で間違いないか?」


「はい。この件は手間暇掛けた割に、結局少ない数しか退出来なかったのでよく覚えています。たしか最初は――



 

――――――――――――――――――――


 

2024年3月――


【その日、珍しく完全オフの日だった私は、のんびりと最大手動画投稿サイトMeTubeの動画を流しながら部屋の掃除や洗濯をしていました】


「……やっぱりいくら擦っても落ちない。あの人に一度洗い方を聞いてみるか?」


 普段から部屋の整理は最低限しているので掃除自体は早々に終わり、今は洗面台で服に付いたシミを取ろうと躍起になっていた。

 しかしどんなに擦ろうともシミは落ちず、面倒くさくなってきたのでいっそ燃やして捨てようかと悩み始めていると、流し見していた動画が終わろうとしていた事に気付く。


『今回の動画は以上です。チャンネル登録を忘れずに押して下さい――僕は月収二百万の大富豪! 昔は底辺サラリーマンとして毎日必死に働いてたんだけど、ある日このネットビジネスに出会ったおかげで人生が一変! あっという間に――』


 MeTubeに限らず動画投稿サイトでは、収益をあげるために動画の合間に広告が挟まる。

 大抵は実際にプレイすると広告と全く違う内容のアプリゲームだったり、新小学生向け通信教育〇〇ゼミみたく漫画形式で進行するストーリー中に商品を宣伝したりと、くだらないものばかりだったが、最近は詐欺めいた広告が多く辟易していた。


「こんなクソ広告誰が引っ掛かるんだ……? なんだか一周回って気になってきたな」


 いい加減この赤黒いシミにも辟易していた私は、さっきまで擦っていた服を洗濯機に投げ入れると、好奇心の赴くままに画面の広告スキップのボタンではなく、URLをタップした。


「なるほど、やっぱり実態はただのね。なにが“ネットビジネス”だ、全くの別物じゃないか」


 

 マルチ商法――正式名称は連鎖販売取引と言い、商品の販売グループの会員が、会員ではない人に商品を買わせて会員になってもらい、その新規会員が他の非会員に商品を売っていく……というピラミッド型の階層を形成する連鎖販売形式。

 いわゆるネズミ講に近い形態をしているが、実際の商品を取り扱っていて、一応合法ではある。


 実際、売っている商品の品質自体は良い物が多く、非会員でも商品を購入してる者も少なくない。

 しかし、一般的にはマルチ商法ビジネスは危険とされており、忌避されている。

 その理由は仕組みにあり、大多数のグループでは新規会員を獲得したり商品を販売すると、会員とその親会員に紹介ボーナスが支払われるようになっている。更にそれらには大抵ノルマがあるため、それを達成出来ないと違約金を支払わされる。

 

 動画や勧誘の宣伝文句では『稼げる』『簡単に儲けられる』とよく聞くが、それは“アップライン”と呼ばれるピラミッド上位層の人間だけで、ピラミッド下位層は法律で規制されたあくどい方法を取っても大して儲からないどころか、違約金や未達成分の商品を購入させられ損をするばかりである。



 SNSでも情報を漁っていると、驚く事にこの手の詐欺に引っ掛かる若者が大勢いた。

“マルチ”の悪名は広まっているが、それを把握してる業者側は“ネットワークビジネス”などと言い換えてるらしい。『マルチじゃないから大丈夫』といって相手を安心させてからの勧誘は常套句で、数ヶ月で数十万という大金を奪われたという人の話も目に入ってくる。


『――っていう会社は詐欺集団です。親父の退職金が全部取られた。今弁護士と相談中』『最近マルチ以外にも詐欺が流行ってるね、、、みんな気おつけよ!』『珍走団私刑する暇あるならクソマルチも殺れやバッタマソ』『――さん、私の。お金を返して、下さい。妻に、相談したら。貴方に騙されてる、と言ってました。本当、ですか?』『バッタマンさん、恋人を騙した詐欺師を退治して下さい』


【この頃にはバッタマンとしての活動も結構知られていたので、SNSで私に向けた発信も良く流れてきましたね。大抵はくだらない内容や、退治した相手の身内からの批判だったので普段なら無視してましたが……】


 大手SNSアプリトゥイッターにおける投稿トゥイートの流れは、現実世界の情勢とリンクしている。

 当然、デマや誤情報、誰かが考えた妄想話も多いが、それでも上手く使えば日和見ひよりみ主義の報道では、決して知る事の出来ない情報をいち早く知る事が出来る。

 

「直近の詐欺被害関連トゥイートがやけに多いな。社会のクズのくせして派手にやってるじゃないか――良いだろう、そっちがその気ならバッタマンの出番だ」


 他者を騙して金を稼ぐどもを見逃せなかった私は、強烈な使命感に駆られるがまま、詐欺師を退治する事に決めた。


「とは言え、どこから手を付けるべきか……」


 一括りに詐欺師といっても千差万別。何から手を付けるか。悩みながら各種SNSで関連のキーワードで検索を掛けていると、一つのアカウントがやけに被害報告を発信している事に気付いた。

 

『お金ではなく命を返して』『――を名乗る男を探してます。#拡散希望 #捜索願』『バッタマンさん、恋人を騙した詐欺師を退治して下さい』『恋人が詐欺師に殺されました。復讐を望みます#飛蝗戦士SOS』


 そのアカウントの過去の発信を辿ると、一年前に恋人が詐欺に遭った様で、その加害者に強い恨みを持っているらしい。

 最初の方はその詐欺師を探しているだけだったのだが、一ヶ月ほど前にフォロワーにバッタマンの存在を教えられ、直近の投稿は詐欺師への強い怒り、もはや殺意に近い感情が剥き出しになっていた。


 あくまで返金ではなく、報復を望んでいる旨の投稿に興味を惹かれた私は、“特定されないスマホ飛ばしスマホ”を使って、使い捨て用アカウント捨て垢を作成。ダメ元でその人にDMを送ってみる事にした。


『はじめまして、飛蝗戦士です。詐欺被害に遭われたトゥイートを拝見しました。お話を伺いたいのですがお時間ございますか?』


 あくまでダメ元なのは私の経験上、SNSで依頼を受けるにはいくつか関門があるからだ。

 まず第一に、返事が帰ってくるか。本物だと証明する前に偽物だと断定されたり、そもそも相手にすらされないかもしれない。

 しかし、意外にも返信はすぐに返ってきた。


『本当にあの詐欺師を探してるんです。まず本物の証拠を見せて下さい』


 食い付いた。

 普通なら捨て垢のDMなんてスパムか荒らしのどちらかでしかない。なのに疑いつつも証拠を見せろと言ってくる時点で藁をも掴みたいほどに真剣だというのが伝わってくる。


 私は相手を“ツグナノレ”という匿名性の高いメッセージアプリへ誘導して、まだ世間に流れてない“退治”の記録を相手に送った。するとあっさりバッタマンであると信じてもらう事が出来た。


『ご依頼を受ける前に、一度面と向かってお話がしたいです』


 第二の関門、リアルで顔を合わせられるか。

“覚悟”のない大抵の人はここでつまずく『復讐したい』とネットに書き捨てるのと、本当に実行しかねない相手に面と向かって同じ事を言うのは大きな差があるからだ。

 

『分かりました。どこに行けばいいですか?』


 既読が付いてから数時間後、半ば諦めていたところに通知が飛んできた。

 相手の“覚悟”は十分だ。私はそれを確認すると、会うための場所を探し始めた。




 深夜、BAR“ジャックドー”。

 桂琴ケイキン市の中でも工業施設が多く、治安のあまり良くない東区の目立たない場所にある、一軒の営業していない元飲み屋。

 に用意してもらったこの合流場所は、まさにおあつらえ向きな建物だった。深呼吸をしてから、バー唯一のドアを開けると、そこには依頼者である女性の姿があった。


「……遅くなりました、私がバッタマンです」

 

 最後の関門、相手が本物の依頼者か。

 仮に目の前の女性が囮捜査を行っている警察、もしくはバッタマンに恨みを持つ集団だった場合、私は一巻の終わりだ。

 おそらく建物周辺は囲まれており、私が名乗った次の瞬間には背後からや、室内に隠れている大人数の人間が私に迫る。当然、数で勝る相手に敵うはずもなく、呆気なく私は取り押さえられてしまうだろう。


【まぁ、私がここにいる時点で、そんな事にはならなかったのは明らかですけどね。

 そもそも、そんなヘマは絶対にしません。依頼者に場所を教えてからバーの周辺はずっと監視していましたし、いざという時の脱出方法もから聞いてたので。それに――】


 だが、私は依頼者を――彼女を信じていた。SNSに発信していた言葉から伝わる復讐心は、決して普通の人が書けるものじゃない。

 だからこそ、リスクを冒してでもDMを送り、直接顔を合わせたんだ。


「あなたが、あのバッタマン……お願いします。彼の、彼の仇をどうか――」


 依頼者の女性――ここでは仮にNさんとしよう。

 Nさんは憔悴した顔で、私に会うなり涙ながらに頭を下げ始めた。

 私はNさんを落ち着かせて、まずは事情を伺う事にした。そこで聞いたのは、どこにでもある悲劇の話だった。



 

 当時大学生だったNさんには、幼い頃からの幼馴染の男性がいた。彼とはとても仲が良くどちらから告白するでもなく、高校の頃あたりから恋人としてお付き合いをしていたそうだ。

 高校卒業後別々の大学に進学した彼女たちだったが、それと同時期に彼の両親に不幸が重なり、治療費などで生活が苦しくなっていた。


 そんな時、彼氏は大学で男に声を掛けられた。男はビジネスサークルの代表をやっていて、自分は学生起業した社長だと語り彼を勧誘しました。

 金銭面で困っていた彼は、半信半疑ながらもを感じ、お試しのつもりでサークルに入った。

 実態はよくあるマルチ商法だったが、男の巧みな話術に乗せられ商品の販売を行った結果、結構な収入が


【推測でしかないですが、間違いなく彼から商品を買った人はサクラだったんでしょうね。警戒心を解くためにまずは標的を儲けさせる。詐欺やギャンブルでは使い古された手法です】

 

 あげるつもりで男に渡した商品購入費数万円が札束に変わった事で気を良くした彼氏は、あっという間にビジネスサークルに夢中になり……飲み込まれた。

 彼も多少違和感を覚えていたそうだが、男の軽口に転がされ、ずぶずぶと沼にハマって行く。最初は上手く回っていたはずのサイクルが回らなくなっていき、ノルマ未達成で違約金を支払わされる。

 

 そこでやめればいいものを、損失を取り戻すべく在庫を更に増やすが、当然売れる訳もなく……。

 気が付けば罰則でも高額商品を大量にかかえてしまい、負債はどんどんと溜まっていく。負のループにハマった人間の末路はいつも同じだ。

 まともな友人には距離を取られ、遠方に進学したNさんにも打ち明けられず――負債を取り戻そうと更に泥沼へと足を突っ込んでしまい、最期は本当にその身を沼に沈めた。



 

「私が、私がもっと彼の話を聞いていれば……」


 俯きがちにそこまで語ると、Nさんは両手で顔を覆った。


「彼の死後、彼のスマホに残っていた手掛かりを頼りに男を探しました。ですが電話番号は既に変えられていて、男が所属していたというサークルは実在しませんでした」


「男が社長だと言っていた会社は確認しましたか?」


「はい、ですが会社名を勝手に使っていたみたいで――すぐに警察に相談しましたけどこの一年なんの進展もなく……」


【全く関係ない企業や代表の名義を名乗るのも、詐欺師がよく使う手口です。

 自分は詐欺に引っ掛からないと思い込んでる人間は、大抵相手が名乗った名義をとりあえず調べ、その会社が実在していると分かった時点で警戒を解いてしまう。

 ひどい場合は誰もが知ってる大企業の名前を名乗られただけで信じてしまう事もあるそうですね】


あなたバッタマンの噂はよく調べました。あなたからDMがきた時、だと感じました」


 そう言ってNさんはお金の入った封筒を取り出し、再び私に頭を下げた。持っている金をかき集めたのか、紙幣だけではないらしく、封筒は歪な膨らみ方をしていた。

 

「お願いします。こんな事は間違っているのかもしれない。警察の進展を根強く待った方が正しいのかもしれない――それでも」


 震える封筒に水滴が零れ落ちる。私は封筒――でなく、Nさんの手をそっと取った。


「お金なんて必要ありませんよ。あなたのお気持ち、それだけで十分です」


「ありがとう、ございます――」


 Nさんはせきを切ったように泣き始め、涙と鼻水が私の手を汚した。だがそんな事はどうでも良かった。

 

 ハッキリ言って、これはNさんの彼氏の自業自得だ。大学生にもなって、くだらないマルチ商法に引っ掛かった事に加え、破綻しても救済手段をろくに調べず、小さな失敗だけで自ら命を絶った。

 

 私はこのを仕事だと思った事は一度もない。なので他人から金銭を受け取った事も、もらうつもりもなかった。

 だというのにどんな噂を見聞きしたのか、報酬を用意したり、そもそも私がバッタマンだと簡単に信じるあたり、幼馴染の彼氏がどれだけカモだったか想像に難くない。

 

 多分彼が事前にNさんへ相談したところで、何も解決しなかったどころか彼女自身も巻き込まれて、もっと最悪な事態になっていたかもしれない。

 

 だが、それでも決して人を陥れていい理由にはならない。


 無知な子供を食い物にしておいて、のうのうと今も生きているであろう詐欺師キツネ。そんなバケモノには生涯続く苦しみを与えなければならない。私はそうした。



――――――――――――――――――――


「あ、先に言っておきますが、彼女についての情報はこれ以上何も言うつもりはありませんよ。

 彼女はただの無知な被害者。復讐を望んでいたとして、計画も実行は全て私一人で行った事。それだけは絶対に譲る気はないので」


 突然話が切り替わった事で刑事は多少面食らったが、彼も被疑者の言う“Nさん”の事について追及する気は初めからなかった。

 

 なぜなら捜査ファイルには彼女の情報は一切載っておらず、そもそものだ。

 仮に“Nさん”とやらが実在して、被疑者バッタマンにマルチ商法グループへの強盗を依頼したとしたら彼女を教唆きょうさ罪で立件出来るかもしれない。

 だが被疑者バッタマンの事だ、連絡に“飛ばしスマホ”を利用したと言っていた辺り、証拠は何も残っていないだろう。


 ただでさえ膨大な数の事件について取調べが残っている。被疑者本人が話す気がない以上、彼女についての詮索は時間の無駄と言える。

 それに何より、恋人を亡くした彼女に刑事は同情をしてしまっていた。もし被疑者の気が変わり、依頼者の本名が明らかになったところで彼は何もしないだろう。


「分かった、“Nさん”については追及しない。さぁ話を続けてくれ」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

畜殺の飛蝗戦士 〜ダークヒーローになりたくないのになってしまった話〜 山田時裕 @tokihiro_yamada

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

フォローしてこの作品の続きを読もう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ