畜殺の飛蝗戦士 〜ダークヒーローになりたくないのになってしまった話〜
山田時裕
再生 (挿絵あり)
諸注意。
この作品はフィクションです。
実在の団体、組織、人物、企業、事件とは一切関係ありません。
また、いかなる類似点も全て偶然の一致で、他者を貶める意図は一切ございません。
【
【再生しますか?】
――2025年7月5日。桂琴中央警察署、第一取調室。
六畳程の殺風景な一室にはスチール製の事務机が二台置かれていた。
一つは部屋の隅にあり、そこで供述調書を作成するために若い男性の警察官が資料の整理を行なっている。
警察官は部屋の中央が気になる様で、準備を進める傍ら幾度も横目でそちらを確認していた。
もう一台の机は警察官の視線の先、部屋の中央にあった。向かい合うパイプ椅子の間にある机の上には、小さなアナログ式時計が置かれており、秒針が一秒一秒を音を立てて刻んでいる。
時間は狂いなく、七時三十二分二秒を指していた。
警察官の準備が終わると同時、取調室の扉が開いた。
警察官は慌てる様子もなく立ち上がると、現れた男に向かって会釈する。
男――刑事は三十代で、スーツ姿に誠実そうな顔付きをしていた。短く刈られた髪型からは清潔感が伝わってくる。特徴的な餃子のように潰れた耳と、横にガッシリと大きい体格から、柔道をやっていた事が伺えるだろう。
「お疲れ様です」
刑事は警察官に返事をしながら、右手に持っていた大型のジェラルミンケースを中央の机の側に滑らせる様に置くと、パイプ椅子に腰掛け、キツく締めていたネクタイを少しばかり緩ませた。
「準備の方は出来てるか?」
「はい、いつでも始められます」
警察官の返事を聞くと、刑事は目の前に座っている被疑者と向かい合った。
刑事の目の前にいる人物は一見、どこにでも居る特徴のない一般市民といった印象だ。
凶悪犯や
しかし、被疑者の両手は背もたれの後ろに回され、手錠を掛けられている。両足も同じく手錠が掛けられており、それをパイプ椅子の脚に固定されていた。
「早速だが取調べを始めさせてもらう……取調室を見るのは初めてか?」
「よろしくお願いします。ええ、お恥ずかしながらこういった経験は初めてでして……想像していたよりずっと丁寧な対応で少し拍子抜けといった感じです」
被疑者は丁寧に会釈をする。
落ち着きのある返事。刑事はベテランと呼ばれるほど長く勤めてはいなかったが、それでも同年代に比べ数多くの犯罪者を見てきた。
心象を良くしようとする者だって少しはいるが、それでもこれほどの
事前情報がなければ、精々万引き等の軽犯罪で捕まったと勘違いしてしまいそうだった。
だが、気を緩めてはならない。
通常、取調べの際は被疑者の拘束は解かなければならない。
何故なら拘束の過度な圧迫によって、自白を引き出した場合、裁判で供述が無効となる可能性があるからだ。
しかし、本件において被疑者の拘束を解く事は許可されていない。
それはつまるところ、手足を縛る拘束がなければ、被疑者が暴れた場合、訓練を積んだ警察官二人掛かりでも容易に取り押さえられない恐れがあると上長が判断したのだ。
刑事は誰にも気付かれない位小さく息を吐き、気を引き締めなおす。
「取調べを始める前に、形式的な事を言っておく」
黙秘権、弁護士の選任権、そしてこの取調べが録音、撮影される事について淡々と説明する刑事。
それを被疑者は質問をするわけでもなく素直に聞き入れる。
「と、そんな感じだ。大丈夫か?」
「はい、わかりました」
被疑者の返事を聞くと、刑事は天井のカメラがしっかりと作動している事を確認したのち、床に置いていたジェラルミンケースを持ち上げると、中に入っている物を一つずつ、被疑者に見せ付けるように取り出していく。
膨大な捜査資料がまとめられた大きなファイル。ドッグタグのようなネックレス。妙な悪臭のする美少女フィギュア。ヒビ割れた腕時計。血の付いた特攻服。桜の栞……。
それらは逮捕時に被疑者が所持していたものや、過去の事件の証拠品であった。多種多様な物品が次々と机の上に並べられていくが、ケースの中身が尽きる様子はなかった。
そのうち机の部分が見えなくなったが、未だ証拠品を出し切れておらず、刑事はわずかに
「……それでは取調べを開始する。まずは、氏名、職業、住所を言ってもらおうか」
「はい、私の名前は
視線を手元の資料へ落とす。
事前に裏を取っていた情報と見比べるが、被疑者の発言に
刑事は被疑者の言葉を聴き終えると、机の上にある、返り血が付着したシリコン製の安っぽいマスクを持ち上げた。
低学年の子どもをターゲットとした、ヒーロー番組“
刑事が手に持っているマスクは、バッタマンシリーズでも名作と名高い“
人気の高いこのマスクは非正規品が大量に生産され、今でも通販サイトで検索すれば【〇〇最新版】と銘打って、見たことのない漢字が書かれた説明書と共に一つ数百円で売っているような劣化コピー品が簡単に手に入る。
「2023年8月から始まったとされる、同一の
――率直に言う、お前が
刑事は相手の眼を強く睨みつける。
人の感情は、まず眼に出る。
動揺すれば瞬きが増えたり、思い出したり嘘を考える時は左右のどちらかを向いたりと、そういった無意識的な反応だ。
だが、
見つめ返す。
それも力強く、迷いのない眼で刑事を見た。
「そうです。正確には2023年よりも前からですが、少なくともニュースになった大体の事件は私がやりました」
呆気なく、罪を認めた。
そこで他の犯行も認めるとなれば当然、刑罰――懲役も重くなる。判決によっては死刑にさえなりかねない。
そんな事は重々承知しているはず。
だが、まるで何でもないかのように被疑者は平然と犯行を告白した。
「……不思議そうな顔をしていますね? 言っておきますが、私は自分がやった事が犯罪だと認知しています。もちろんそれに伴う刑罰についても理解した上で認めました」
「なら何故――」
刑事のこめかみから、一筋の汗が流れ落ちる。
彼にとって目の前の人間が、全く理解できなかった。
「何故、ですか。それは少し説明が難しいんですが……」
被疑者は少し悩んだ表情を見せたが、すぐに何かを閃いた様で、机の上に置かれた証拠品を一瞥した。
「そうですね、それでは一つ提案があります」
「提案?」
「そうです、刑事さん。貴方がここにある証拠品のどれかを指差して下さい。私はそれにまつわる事件について語りましょう。
それを何度か繰り返せば、何故私がこのような事をやってきたのかが分かると思います。
随分と前の事もありますし、私の主観なので事実と異なる点もあるかもしれませんが、まぁそこまで支障はないでしょう」
刑事は少なからず動揺していたが、実はこの状況はある意味好都合とも言えた。
本来なら本件の取調べを行なったのち、被疑者に対して、過去の事件の証拠や犯行日時を提示し、一つ一つ確認していくつもりだったのだが、むしろ自発的に話してくれるのは楽で助かる。
「分かった。時間はある、そうしてもらおう」
この時の刑事は、そんな風に楽観視していた。
被疑者は「そうですね……あっ、これもあるのか――」と証拠品を眺めている。
それを横目に刑事は悩みながらも、一つを指差した。
「分かりました。ではお話しましょう。そうですね、もし題名をつけるなら――」
そう言って
彼に喫煙の習慣はなかったが、不意にタバコに火を付けたくなった。
視線だけを動かして時計を見ると、時間を示す針は、七時五十三分を指していた。
挿絵
https://43603.mitemin.net/i836700/
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます