第4話
川辺でじっくり焼き上げた串肉の下には、ジャガイモがあった。落ちていく肉汁を吸い込んでいるのだ。匂いとその様子に、へカティアの口は唾液でいっぱいになった。
「どうぞ」
男が手渡してきたジャガイモとローストチキンを受け取って、「ありがとうございます」とへカティアは返す。
「へえ、まあまあじゃない」
すでにランパスは盛大に肉を食いちぎり、口周りをタレで汚していた。
へカティアも口を開くと、炭火で焼かれた肉の匂いが口いっぱいに広がった。塩味が疲れた身体に染み渡る。
「……おいしい」
久しぶりに、美味しいと感じられた自分に、へカティアは驚いた。
今までも食事はしていたが、へカティアは何を食べても砂を噛んでいる気持ちだった。それが今、身体が欲しているのだとわかるぐらいに満たされていた。
塩の味が身体に染み込んでいく。
「あ、ありがとうございます。差し上げられるようなものは何も無いのですが……」
「気にしなくていい。ただの気まぐれだ」
男が腰を下ろす。
男は何も言わなかった。人々に忌み嫌われている闇の妖精を連れていることも、ランパスが高飛車に声をかけたことにも触れない。
へカティアはランパスを見る。いつもは人前には姿を現さないのに、どうしてわざわざ自分から姿を見せたのか、へカティアにはわからない。尋ねても、ランパスは「気まぐれ」と答えるだろう。
理由がわからない行動に戸惑う反面、一貫性や動機を求めない関係が、へカティアにとって気楽だった。
パチパチと、まだ明るい空の下で、火の音が響く。
「ねえ、ところでアンタ、名前はなんていうの?」
興味無さそうな体でいたランパスが、口を開く。
男は「ボルテだ」と答えた。
「ボルテ。アンタ、傭兵か用心棒かだったりしない?」
「ランパス!」
へカティアが止めようとしたのと同時に、ボルテは「一応、用心棒の仕事をしている。傭兵は任期切れだ」と返す。
「アンタ、私たちを雇わない?」
「……何?」
「私たちね、『時を取り戻す』ダンジョンへ行こうと思ってんの。でも見ての通り、用心棒の雇うお金はない。
だからアンタがもし行きたいなら、私たちを雇いなさい」
(無茶苦茶だぁ……!)
へカティアは固唾を飲んで二人を見る。
さほど長い付き合いというわけではないが、ランパスがここまで傍若無人な振る舞いをへカティアに見せたことは無い。初めて見るランパスの姿に、へカティアは困惑していた。
「……日程はどうする」
ボルテの言葉に、へカティアは思わず目を見開いた。
「何時でもいいわよ。でも、早いほうがいいわ」
「なら、明日にでも出発しよう」
ボルテの言葉に、にんまりとランパスは笑った。
「決まりね。じゃあ今から昼寝するわ。お休み」
そう言って、岩の上でランパスは寝始めた。
「き、気まますぎる……」
思わずへカティアは空を仰ぐ。
「あの、本当にいいんですか?」
「構わない」
「いやでも、あなたには何の旨味もない話ですよね!?」
「……人に、必要とされたいんだ」
ボルテは、へカティアの方を見た。
男の皮膚は日焼けしているが、へカティアの銅色の肌よりは薄かった。
ボルテという名前は、確か東の遊牧民の名前ではなかっただろうか。だとしたら、彼は移民なのかもしれない。
そう思った時、へカティアに苦い気持ちが広がった。
「……必要とされたい、ですか」
「ああ」
それ以上、ボルテは何も言わなかった。
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