第3話

 

 その日は朝から日射しが強く、うっすらと汗をかくような暑さだった。

 市場にある少し汚れた白いテントが、薄い青空の下で、にじむように光を反射していた。


「で、どうするの、ランパス」


 フードを深くかぶったヘカティアは、こっそりランパスに声をかける。


「簡単な話よ。まずアンタが、ふらふら市場を歩くでしょ?」

「うん」

「で、めっちゃガラの悪い男にわざとぶつかるの。あっちはこれ幸いと脅迫して路地裏に連れていくだろうから、ソイツをボコして、有り金全部奪う。どう?」

「え、逆当たり屋?」

 ヘカティアがそう言った瞬間、さっそく前から誰かがぶつかってきた。


「ご、ごめんなさい!」


 とっさにヘカティアが謝る。

 へカティアが顔を上げると、逆光になった巨体の男がへカティアを見下ろしていた。

 ドキドキしながら、へカティアは目を凝らす。


「ああ、こちらこそすまないね! 怪我はなかったかい?」


 その男は、つぶらな瞳をした親切な男だった。怒りはどこにもなく、へカティアの心配だけをしている。

 改めて謝罪を述べて、へカティアたちはそこを離れる。


「チッ」

「舌打ちしないの! 良い人だったじゃない」

「アンタ良い人の基準低すぎ。犬も手を噛まなかったら『お利口さんね~!』って褒めるタイプでしょ」


 などと会話をしていると、今度は小さな男の子とぶつかった。


「わ、ごめんね」


 へカティアが謝る前に、少年は走り去る。

 人混みの中を縫うように走っていく少年に、へカティアははー、と感嘆した。

 

「こんな人混みの中を、よく迷わず抜けられるね、あの子」

「……ね、アンタ、財布ある?」

「え?」


 ランパスに言われて、へカティアは身体を叩いてみる。

 その時だった。


「やめろよ! 離せよ!!」


 耳をつんざくような声が、人混みの向こうから聞こえてくる。その声は、どんどん近づいて来た。

 人々がどよめきながら、端に寄る。その真ん中を、少年を担いだ男が歩いてきた。


 背丈はあるが、そこまで体格のよい青年では無い。

 だが、一人の少年を抱えて真っ直ぐ歩く姿に、へカティアは直感した。


(この人、人を殺せるヒトだ)


 無意識にへカティアの身体が強ばる。

 男は少年を下ろして、手を掴んだまま言った。


「盗まれたものはないか」


 低く掠れた声で、男が尋ねた。


「……財布を、盗まれたみたい。

 けど大丈夫。中身全然ないから。離してあげて」

「そうか」


 男がゆっくり少年を下ろす。拘束が解かれると、少年はあっという間に逃げて行った。

 ふう、とへカティアは息を吐く。

 ここから逃げたい。へカティアが背を向けようとした時だった。

 

「焼けた肉のいい匂いがするわね。そこの男、私たちに供物を捧げなさい」

「ランパス!?」


 突然、ランパスがフードの中から飛び出してきた。

 へカティアが慌てて服の中に入れ込むが、男は目を瞬かせる。


「……先程、チキンを食べたからだろう。今はないが」


 そう言われると、確かに香ばしい香りがする。


「いえ、お気になさらず! 連れが大変失礼いたしま、」


 グゥ、とランパスの腹が鳴った。

 カアー、と顔を赤くするへカティアに、男は静かに言った。


「まだ、材料は残っている」


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