第2話 

 ■



「どうしたの、ヘカティア。食べないの?」


 ランパスの言葉に、ヘカティアははっと顔を上げた。


「それはランパスが食べて。……最近、変な感じしない?」

「そう?」


 ちゅー、と、ランパスは片手で肉を挟んだパンを食べ、もう片方の手で飲み物を持ちながら答えた。


「気のせいじゃない?」

「いや、今日なんか追っ手が倒れたじゃない。バタバタタバタ~って」

「森で変なキノコでも食べたんでしょ。知らんけど」


「ランパス、何か隠してない?」


 じっと、琥珀色の目で見つめるへカティアに、ランパスは肩をすくめる。

 頬にかかる群青色の髪を払いながら、不敵に笑ってランパスは言った。


「アタシが隠していたとして、アンタに正直に言うと思う?」


 その言葉を聞いて、はあ、とへカティアはため息をつく。


「まあ信頼してよ。アンタに不利益になることはしないから」

「そりゃ、信じているけど。あなた以上に信頼できるヒトなんて、この世にいないし」



 何せ、ヘカティアの脱獄を助けたのは、このランパスである。

 ヘカティアはこの妖精のことをよく知らない。種族としては知っているが、なぜ助けてくれるのか、何者なのか、ヘカティアはわからないままランパスと旅を続けていた。

 ランパスは、闇の妖精だと言われ、人間から忌み嫌われている。だがそのらんらんと輝く赤銅色の目は、まるで闇夜を照らす松明のようだと、ヘカティアは思った。実際ヘカティアは、一切光が届かない地下牢で、発狂しかけたところをランパスの光に助けられた。実際は闇を照らす光の妖精だったのが、誤解して広まったのではないか、とヘカティアは考えている。

 光の妖精にしては性格が少々ひねくれているが、天涯孤独の身であり、故郷から追われているヘカティアとしては、道しるべのような存在だった。



「それで、次はどこに行くの?」

「ダンジョンよ」



 ランパスの言葉に、ヘカティアは目を瞬かせる。



「ダンジョンって……四百年前にほとんどなくなったっていう、あの秘宝が眠るダンジョン?」

「そ。なんでも、時を戻す魔法が眠っているらしいわ」


 ふわり、とひし形の羽根をはばたかせながら、ランパスは室内を飛んだ。

 窓のふかし枠に腰をかけて、足を組む。

 月光に照らされて、白い肌がぼんやりと光った。


「うさんくさくない? 時を戻すなんて。ただでさえ魔法なんてものがほとんど存在しないっていうのに、そんなもの」

「アンタがそれを言うの? 無くした身体ですら治してしまうくせに」


 指をさすランパスの言葉に、ヘカティアは黙り込む。

 

「ま、怖いんだったら、アンタ一人で留守番しててもいいのよ」


 ランパスは挑発するように、ふわふわとヘカティアの顔の周りを飛ぶ。

 渋い顔をして、ヘカティアは腕を組んだ。


「……まあ、どうせ失うものなんてないからいいけど」

「そうそう、そうこなくっちゃ」

「でも、何でそこに行くの?」


 飛んでいたランパスは、ヘカティアの肩に乗り、そこからヘカティアの顔を覗き込んだ。


「あら、不思議? やり直したいことなんて、アンタにもフツーにあるでしょ?」

「……そうだね」

 

 ――だからこそ、そんなことができるはずがない。

 無くしたものは元には戻らない。また、そうでなければならない。へカティアはそう思って、諦めている。


「とはいえ、アタシもアンタも、戦闘って点では今一つ決め手に欠ける。だから、もう一人仲間……いえ、用心棒を雇いましょう」

「そんなアテある?」

「どっち? お金? 人材?」

「両方」

「どっちもないわ」


 先ほど襲ってきた追っ手から奪った金は、全部宿代と食事代に消えた。

 

「……じゃあまずは、この髪切って売りますか。このままだと目立つみたいだし」


 ヘカティアは、自分の髪を一房つまんでいった。

 ニヤニヤと、ランパスが笑う。


「珍しい髪だから売れるだろうけど、髪じゃなくて身柄をかもじ屋に売られそうね」


 うぐ、とヘカティアは口をつぐむ。

 一番金になるのは、ヘカティアにかかった懸賞金だろう。


「まあ、安心してよ。そのうち、何とかなるから」


『何とかなる』。

 ランパスの言葉には、何時も確信があった。

 ……というより、どこかで計画しているような気がした。

 

「……ランパス、最近少し軽くなってる?」

「え、嘘。ダイエット成功?」


 ふっくらした頬を両手で挟んで、ランパスは言った。


(……ダイエット?)


 ランパスが食べ散らかした数々をちら、っと見ながら、ヘカティアはこっそり心の中でつぶやいた。

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