第2話
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「どうしたの、ヘカティア。食べないの?」
ランパスの言葉に、ヘカティアははっと顔を上げた。
「それはランパスが食べて。……最近、変な感じしない?」
「そう?」
ちゅー、と、ランパスは片手で肉を挟んだパンを食べ、もう片方の手で飲み物を持ちながら答えた。
「気のせいじゃない?」
「いや、今日なんか追っ手が倒れたじゃない。バタバタタバタ~って」
「森で変なキノコでも食べたんでしょ。知らんけど」
「ランパス、何か隠してない?」
じっと、琥珀色の目で見つめるへカティアに、ランパスは肩をすくめる。
頬にかかる群青色の髪を払いながら、不敵に笑ってランパスは言った。
「アタシが隠していたとして、アンタに正直に言うと思う?」
その言葉を聞いて、はあ、とへカティアはため息をつく。
「まあ信頼してよ。アンタに不利益になることはしないから」
「そりゃ、信じているけど。あなた以上に信頼できるヒトなんて、この世にいないし」
何せ、ヘカティアの脱獄を助けたのは、このランパスである。
ヘカティアはこの妖精のことをよく知らない。種族としては知っているが、なぜ助けてくれるのか、何者なのか、ヘカティアはわからないままランパスと旅を続けていた。
ランパスは、闇の妖精だと言われ、人間から忌み嫌われている。だがそのらんらんと輝く赤銅色の目は、まるで闇夜を照らす松明のようだと、ヘカティアは思った。実際ヘカティアは、一切光が届かない地下牢で、発狂しかけたところをランパスの光に助けられた。実際は闇を照らす光の妖精だったのが、誤解して広まったのではないか、とヘカティアは考えている。
光の妖精にしては性格が少々ひねくれているが、天涯孤独の身であり、故郷から追われているヘカティアとしては、道しるべのような存在だった。
「それで、次はどこに行くの?」
「ダンジョンよ」
ランパスの言葉に、ヘカティアは目を瞬かせる。
「ダンジョンって……四百年前にほとんどなくなったっていう、あの秘宝が眠るダンジョン?」
「そ。なんでも、時を戻す魔法が眠っているらしいわ」
ふわり、とひし形の羽根をはばたかせながら、ランパスは室内を飛んだ。
窓のふかし枠に腰をかけて、足を組む。
月光に照らされて、白い肌がぼんやりと光った。
「うさんくさくない? 時を戻すなんて。ただでさえ魔法なんてものがほとんど存在しないっていうのに、そんなもの」
「アンタがそれを言うの? 無くした身体ですら治してしまうくせに」
指をさすランパスの言葉に、ヘカティアは黙り込む。
「ま、怖いんだったら、アンタ一人で留守番しててもいいのよ」
ランパスは挑発するように、ふわふわとヘカティアの顔の周りを飛ぶ。
渋い顔をして、ヘカティアは腕を組んだ。
「……まあ、どうせ失うものなんてないからいいけど」
「そうそう、そうこなくっちゃ」
「でも、何でそこに行くの?」
飛んでいたランパスは、ヘカティアの肩に乗り、そこからヘカティアの顔を覗き込んだ。
「あら、不思議? やり直したいことなんて、アンタにもフツーにあるでしょ?」
「……そうだね」
――だからこそ、そんなことができるはずがない。
無くしたものは元には戻らない。また、そうでなければならない。へカティアはそう思って、諦めている。
「とはいえ、アタシもアンタも、戦闘って点では今一つ決め手に欠ける。だから、もう一人仲間……いえ、用心棒を雇いましょう」
「そんなアテある?」
「どっち? お金? 人材?」
「両方」
「どっちもないわ」
先ほど襲ってきた追っ手から奪った金は、全部宿代と食事代に消えた。
「……じゃあまずは、この髪切って売りますか。このままだと目立つみたいだし」
ヘカティアは、自分の髪を一房つまんでいった。
ニヤニヤと、ランパスが笑う。
「珍しい髪だから売れるだろうけど、髪じゃなくて身柄をかもじ屋に売られそうね」
うぐ、とヘカティアは口をつぐむ。
一番金になるのは、ヘカティアにかかった懸賞金だろう。
「まあ、安心してよ。そのうち、何とかなるから」
『何とかなる』。
ランパスの言葉には、何時も確信があった。
……というより、どこかで計画しているような気がした。
「……ランパス、最近少し軽くなってる?」
「え、嘘。ダイエット成功?」
ふっくらした頬を両手で挟んで、ランパスは言った。
(……ダイエット?)
ランパスが食べ散らかした数々をちら、っと見ながら、ヘカティアはこっそり心の中でつぶやいた。
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