第2話

「ということで…早速キスを」

「ちょっと待って…流石に駄目。」


異世界に飛ばされた人気配信者のカワワンこと

川井由美かわいゆみと国際指名手配犯の

オード=マーヴェは、天使の決めた神婚システム

(強制的な結婚)により夫婦となっていた。


「なるほど…この異世界で暴れてる13人の勇者

とやらを倒しつつ…この家を拠点に頑張れよっ…てことね。」

「流石、よくお分かりで。」

ベッドを出た二人は、

家の中にあった食材で朝食をとっていた。

神様によれば、この世界ではゲームのようなスキルを

獲得して強化されるシステムが成り立っており、

魔物を狩っていく事でレベルが上がるらしい。

ゲーム好きな私からすれば、多分何とかなるとでも思ったのだろう。

(…でもなぁ。)

不満だけと言われればそうでもない。

だがどうだ?まさかのペアが指名手配犯とは思うまい。

「…あの…オード?さん。」

「どうしました?」

「まず確認したいんですけど…スキル、持ってますか?」


先程目を覚ました時に、眼の前に謎のパネルが現れ、

そこには〈スキル 知略〉と書かれており、

そのまま数秒放置していると消えた。

私にはこの異世界に来た特典としてスキルの〈知略〉

が与えられたらしいが、問題はこの男の方である。



永年ゲームをやっている者から言わせれば、

この状況でのスキルの有無と性能の上位下位は

重要であり、そしてこの先に待ち受ける困難への

対策にもなる。



整理してみよう。

私はただの引きこもり実況者だが、スキルはかろうじて

〈知略〉という、おそらく戦闘系では無いスキルが

宿っている。

しかし、オードは世界でも指名手配されている殺人鬼。

この場合、オードにスキルが与えられていた場合と

与えられていなかった場合での対処が大きく変わる。


それは、服従か、共存か。



スキルがある場合、それはこの異世界でのレベルや

ルール、そしてより細かな詳細を知るには欠かせない

情報が、特典の1つとして神に寄って送ってこられる。


この場合オードは私という情報源を守るために

必死になる。その場合は私有利の条件を出してゴリ押しで

最低限の〝共存〟という罠をくれてやることができる。



オードはナプキンで口元を拭いた後、

コーヒーの入ったマグカップに手を伸ばしながら言った。

「…スキルは持っていませんね。」

「ということは…スキルの代わりに何かが?」


第一関門は突破できたが…


「はい、何やら〈ルームボックス〉というルービックキューブ

のようなモノがありましたね。」

「どういったアイテムかは?」

「説明によりますと…所有者の意思や想像によって

内部の形を変える便利アイテムだそうです。

この世界では基本的に盗賊対策に使われるらしいんですが…

まぁ、人数制限が4人ですので、実用性はあまりないでしょう。」


ここで問題の品が出てきてしまった。



アイテムは基本的に、そこらで魔物を倒してドロップ

するモノ。なので、レア値や高級品だったりするのは運次第。


だが異世界に来た特典としてならば?


説明に書いている以上の性能を見せたり、

逆にアイテムの裏の使い方などがあってもおかしくはない。



「ところで…」

オードがこちらをじっと見つめているのに気づき、

慌てて視線を彼のもとに合わせる。

(まぁ、今はその13人から身を隠す方法を考えないとな…)

「何ですか?」

「先程から僕のことを疑っているようですが…」

「…気の所為では?」

しかし、これだけはどうしようも無いことが

1つある。


この男、勘が良すぎる。


今更だが、オードはスキルが無くても十分な程に

優秀で、観察眼や記憶力がずば抜けており、

それに加え指名手配犯ながらも逃げ続けている

ことから精神力と体力も申し分ないほどに

ついている。


もし仮にこの男が強硬手段に出るものならば、





私は間違いなく蹂躙されるだけ。



「…それでなんですけど、敬語やめません?」

「…良いのですか?」

「一応、夫婦なので、異世界の人からっていうか、

例の13人に怪しまれにくいでしょうし…」

だからまずは夫婦としての立場を最大限に利用して

信頼関係を少しずつ築き上げる。

これが今私に出来る生存方法。


ゲームでも拠点と食料を確保しないと死んでしまうように

この異世界ではこのオードという男を〝武器〟として

扱っていくことで私にも希望はある。


「分かった…じゃあ、ユミって呼んでいいかな?」

「オッケー。じゃあ私はそのままオードって呼ぶね。」

この選択が間違っていないことを、今はただ願う。






朝食を済ませた二人は家の付近を散策し、

天使から送られてきたマップを頼りに、

街へと向かっていた。

「ここを…あ、あれじゃない?街?」

家の外に出ると、家の周りが謎のつたで覆われており、

うっすらとだが結界のようなものが張られていた。

神からの手配とのことで、所有者にしか目視できない

仕組みだそうだ。

「…ところでオード。」

「…?どうした、ユミ?」

「戦闘の方に自信はある?」

この世界で生き残るには戦いは避けられない。

だが、殺人鬼の名を持つオードならば、戦いには困らない。

「一応あるけど…」

「良かった、私そんなに強くないからさ。」

「へぇ…配信ではあんなに強気なのに?」

「うぐッ…それは忘れよう。」


異世界は不思議なところで、

少し歩いていただけでも、自分の見たことのない景色が

広がっていく。

家で異世界でよく着られている服を着てみたときも、

新鮮な感じがした。

「ユミ、街、着いたね。」

そんなワクワクに踊らせられながらいつの間にか

街に到着していた。

街の入口には、門が建てられており、

門番が二人、そして緑のローブに身を包み、隙間から

ピッと長い耳を出しているエルフらしき者達が5人

立っているのが見えた。


止まっているので何かあったのだろうかと目と耳を

働かせるが、何をしているのか全く見えない。

しかし、その答えはすぐに分かった。

オードがピタリと立ち止まったかと思うと、

いきなり私を抱え、道の端へと素早く移動した。

次の瞬間、先程まで私が立っていた場所に

物凄い速さで矢が飛んできた。

「え_」

「…口元の動きで分かった…もしかしたらとは

思ったけど…間違いない。13人の内の1人の刺客…」

「マジで…⁉」

「街の様子は分からないけど…間違いない。

1人が支配している。おそらく_つい最近のことだ。」

「…逃げるしか」

「いや、この程度なら僕でも殺れる。」

そう言うと、オードはユミに向かってアイテムを起動した。


「〈ルームボックス〉、起動。」

その瞬間にユミはパッとその場から姿を消した。

使ったのは、この世界に来た時に与えられたあの

ボックスだった。

「…さて、前と同じ様に…12秒で終わりにしようかな。」

オードは腰から携帯していたナイフを二本持つと、

門へ向かって一直線に走り出していた。

もちろん向こうも待つだけではなく、

今度はその場にいる門番含めた計7人の矢がオードに向かって

飛んでくる。

しかし、その矢は彼には届かなかった。

彼が持つ、の影響によって。

「スキル、〈アンチハント〉。」

矢が全く効いていない事に焦ったのか、全員が門の中に向かって

走り出した。

攻撃が飛んでこないことに確信を持ったオードは

そのまま距離を詰めていくと、持っていたナイフを一本、

逃げていく1人の門番に投げた。

ナイフはそのまま門番の背中に刺さると、

その場に倒れ込んだ。


しかし、それでは終わらなかったのだ。


門番の1人が倒れた瞬間、

残りの6人が突然その場で倒れた。

彼らは自身の身に何が起こったのかを知らない。

そう、規格外なオードのスキルが彼らを襲ったということに。


スキル〈アンチハント〉。

その能力は、自身の視界に入った者が敵意、または殺意を

向けていた場合、発動したまま攻撃したときに

同じく自身に敵意や殺意を向けていた者全員に、

1人に与えた攻撃を重複することのできるスキル。


オードの投げたナイフには麻痺系の毒が塗られており、

人間の門番に当たった事により、

その本人が麻痺しているという条件が重ねがけされ、

別種族である5人をもろとも動けなくしたのである。



「2秒…記録更新か、流石、スキルの恩恵は違うね。

まぁ、ユミにはまだバレてないよな、このスキル。」

そう言って、機嫌よく鼻唄を歌いながら、倒れた彼らの横を

通り過ぎ、街の中へと一歩踏み出した。



一方そのころ、ユミは。


「なるほど…やっぱり持ってたか、スキル。」

ボックスの中では、基本的に外の様子は確認できない。

だが、ユミはスキル〈知略〉により、

外の様子をアイテムの所有者を一時的に上書きすることで、

確認することに成功した。

そこに映ったのは、オードの最早チートとも呼べる

スキルの存在。

知略での解析の結果、そのスキルの危険性も

この異世界でトップクラスだということも分かった。

「うーん、詰んだな、これ。」

ユミは何も無い真っ白な空間の中、大の字になって寝転び、

そのまま眠ってしまった。



ユミの考えていたプランは完全に崩壊し、

とにかくオードに媚びることでしか、自分を生かせる手段に

ならないと、そう考えたのだ。



だが、その予想を遥かに超える災難が、

彼女にあるとは、誰も知る由もなかった。




               to be continued…

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引きこもりゲームオタクの私、殺人鬼と異世界で建国を目指します ゆきぃ @sarazawa

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