第7話

 獣人を拘束してから暫く経って、メルセデスとフィオラがやってきた。フィオラの背後には十数人の獣人たちがいる。引率の先生みたいだ。

 メルセデスに現状を伝えると、彼は顔を真っ青にして頭を下げてきた。


「申し訳ございません。私の管理不足です」

「い、いいよ謝らなくて。ディーのおかげで何事も無かったわけだしね」

「……アン様のお心遣いに感謝いたします。ですが、アン様に害をなそうとしたことに変わりはありません」


 メルセデスがそう言うと、横にいた獣人二人に声をかける。


「イズミ、カイ。アン様に謝りなさい。」

「……」


 ディーを説得して拘束を解いてもらった。訓練用の刃物も取り上げている。

 ただ……彼等自身は納得していないらしい。

 特に少女のほうは不貞腐れた表情を浮かべて、時折こちらを睨んできている。


「嫌よ。侵入者に間違われる方が悪いわ」

「い、イズミ……!謝ろうよお」


 カイが宥めようとすると、イズミは烈火の如く口を開いた。


「うるさい!カイは黙ってなさい!」

「ひい……」


 完璧な上下関係が叩きこまれている。

 どうしたものかと様子を伺っていると、今度はフィオラが声をあげた。


「おい、イズミ。現状を把握しようとせず先走ったお前にも原因はあるだろう。悪いことをしたら謝るのは当然じゃ。それに……こやつを怒らせると後が怖いぞ」

「……フィオラさんがそう言うなら」


 そう言ってイズミがまっすぐこちらを見てくる。


「侵入者と間違って襲ってしまってごめんなさい」

「す、すみませんでした……!」


 二人は頭を下げた。

 俺は先程の言葉を思い出していた。


(『侵入者』と言っていたし……恐らく二人は、メルセデスやフィオラの為を思ってやったんじゃないかな。まだ十歳かそこらだろうに。誰かの為に動ける二人は、きっと根は凄く良い子たちだ)

(というか、そもそもダンジョンなんだから彼等の対応は正解だし……)


 そう考えているとメルセデスが覗き込んでくる。


「アン様?」

「……ああいや、何でもないよ。二人には申し訳ないことをしたね。ここがダンジョンであることを考えれば、侵入者と思われるのも当然だろうから」


 俺の言葉に、イズミは揚々と頷いた。


「仕方ないわね。許してあげるわ、アン!」

「色々と言いたいことはありますが……せめて様をつけなさい」

「アン様!」



 ◇◇



 そんなやり取りを交わして一件落着となった。

 ふと、イズミのお腹がぐうと鳴る。そういえば、メルセデスが孤児の為にお昼を取りに行っていたことを思い出した。


「お腹減った?」

「う、うるさいわね。アン……様」


 そう聞くとイズミが顔を赤らめる。


「そうだ。親睦を深めるために簡単な料理でも作ろうか」

「アン様が作るのですか?」


 俺の言葉にメルセデスが反応する。


「うん。食材は取って来てくれたんだよね」

「はい、魔物の肉はありますが……しかし、ここには碌な調理場もありません。まともな料理が作れるとは……」


 そう言ってメルセデスが渋い顔をした。


「なら、作ればいいよ」


 俺は売買マーケットでまずはテーブルを購入する。

 虚空から簡素なテーブルが現れて、獣人の子共たちにどよめきが走る。続けてコンロや諸々の調理器具を購入した。テーブルの上にどんどん物が増えていく。


(魔物の肉か……ああ、楽しみだ)


 実は孤児に作ってやりたい気持ちもあるが、本心は自分が肉を食べたかった。

 ここに来てからチョコレートしか口にしていない。欲を満たすためなら幾らでも料理くらいしてやろうじゃないか。


「一瞬でこれほどの……アン様は生成魔法にも長けていらっしゃるのですね」

「防御に回復、おまけに生成魔法にも精通しているときた。流石は我らの主じゃな」


 そんなことを考えていると、傍から感嘆の声が耳に届いた。


「マスターさんなら当然だよな」とディーは何故かしたり顔。

「コアの力を受け継いでいるからね……ほら、魔物のお肉ここに頂戴」


 メルセデスが何もない空間から肉を取り出した。ギョッとするも、コアの記憶に情報が残っていた。どうやら空間魔法のようだ。

 テーブルの上に肉塊がどさどさと出てくる。


 俺はもう一度、売買マーケットを表示させた。


(味付けは……生姜焼きにしようか。生姜多めにすれば臭みも少なくなるだろうし)


 生姜焼きのたれとチューブ生姜を購入する。見慣れた姿にちょっと安心した。


 一通り揃ったので、コンロに火をつけた。

 どうやらこれは異世界の品物らしい。名称は魔道コンロ。ガスで動くのではなく、魔石という魔力を原動力とするもので火力を出すようだった。


 肉を切り分けてコンロに放り込んでいく。

 こんがりと焼き色がついてから、生姜焼きのたれとチューブ生姜を一気に投入。


 部屋中に芳しい香りが広がった。

「お、美味しそうな匂い」と獣人の誰かが言った。


 少しすると生姜焼きが完成した。

 売買マーケットで買った皿に移す。


「完成したよ。みんなで分け合って食べてね」


 そう言ってフォークと生姜焼きを渡すと、子供たちはわっと色めき立つ。

 一口生姜焼きを頬張ると、みんな幸せそうな顔を浮かべた。


「こんなに美味しいもの初めて食べた……!」「僕も」「私も!」


 正に手が止まらないといった様子で、子供たちは生姜焼きを食べる。一皿目はとんでもない勢いで無くなってしまった。

 呆然とその光景を見ていると、イズミがもじもじしながら近づいてきた。


「その……アン様。おかわりはある?」

「うん。今から作るからちょっと待っててね」

「あ、ありがとう!」


 イズミはパッと顔を明るくして他の子供たちに伝えに行った。

 俺は慌てて二回目の生姜焼きを作り始める。

 完成間近になってお皿に盛りつけていると、横から大人二名が物欲しそうな顔でこちらを伺っているのに気が付いた。


「どうしたの?」

「あ、主殿!儂も食べたいぞ」

「俺も食いたい」


 そう声をあげる二人に首を振った。


「大人は我慢。獣人の子供たちがお腹いっぱいになったら作ってあげるから」

「なっ!?わ、儂も子供みたいなもんじゃろ」

「くっ。なんで俺は子供じゃねえんだよ」


 何を言ってるんだこいつらは。

 落胆の表情を浮かべる二人を放っておいていると、獣人の少女が近付いてきた。


「お姉ちゃんとお兄ちゃんも食べようよ」

「「……っ!」」


 そう言われて二人が期待の眼差しを向けてくる。


「……ほどほどにしてよ」


 生姜焼きが乗った皿を二人に渡した。

 フィオラとディーは目を輝かせ、獣人の子共に混じって生姜焼きを食べ始めた。


「はあ」

「何かお手伝いできることはありますでしょうか」


 呆れの溜息をつくとメルセデスがそう訊ねてくる。


「今のところは大丈夫かな」

「そうですか。お手伝いできることがありましたら何なりとお申し付けください」

「ありがとう」


 そう言って俺は追加の肉を焼き始めた。

 どうせ二回目もすぐに食べ終えてしまうだろう。先んじて作っておくことにした。


 案の定、三回目のおかわりがくる。

 とはいえ流石に腹も膨れてきたのか生姜焼きを食べるペースは遅くなっている。


 食べるなら今の内だ。

 避けておいた数人分の生姜焼きを皿に移して、メルセデスに一人分を渡した。


「はいこれ。メルセデスも食べてよ。美味しく焼けたから」

「い、いえ。私がアン様の作った料理を食べるなど」

「いいからいいから」


 俺の皿にはちゃっかり二人分の生姜焼きが乗っている。

 俺とメルセデスは生姜焼きを口に運んだ。

 生姜の香りと、噛み締めるほどに溢れる肉汁がたれと絡み合って口内に溶ける。


(美味いー……これは米が欲しくなる。後で売買マーケットで探してみようっと)


 メルセデスも何故か驚いたような表情を浮かべて生姜焼きを食べていた。


「お、美味しいです。こんなもの食べたことがありません」

「ならよかった」


 料理を作って美味しいと言ってもらえるのは素直に嬉しい。

 心地よい気分で生姜焼きを食べ進めていると、メルセデスが言葉を漏らした。


「……流石はアン様です。子供たちをこんなにも簡単に笑顔にできるのですから」

「別に、俺が食べたかっただけだよ」


 そう言うと、メルセデスは緩く笑みを浮かべた。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

転生魔王のダンジョン生活。〜最強配下とほのぼの過ごしていたら、厄災のダンジョンと呼ばれるようになっていた件〜 手毬めあ @Emmy

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

フォローしてこの作品の続きを読もう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ