観察者達

雅 清(Meme11masa)

【log:No.GHD35489 観察対象の思考の言語化の記録】 


 語るにあたってまず、我々は孤独である。だから観察している。我々はとどまり続ける。だから観察している。

 我々の周りはいつも騒がしい。変化がない日は一瞬たりともない。雨が降り、水が流れ、隆起した山はいずれその肌をとがらせ、あるいは滑らかなものに。茂った木々は滑り、川を下る。

 川はくねっている。形を変えていく。流れは我々の体さへも削り、分割するほどだ。あの湖を見ろ。もう干上がっているではないか。

 忙しない変化の中で木々の移ろいは少なく、経過を追いやすい。といっても比較的に少ないという程度の違いでしかない。少し気をそらすと、芽吹いた巨木、地に転がり、また別の巨木へと。

 

 生き物。我々のもっと理解の及ばぬ存在である。なにしろ山や川。木などよりもはるかに忙しない。一つところに留まったかと思えばすでにいない。集まったかと思えば、地に伏し沈んでいく。一瞬たりとも落ち着くことのできない性分であり、慌ただしい。まるで観察しないでくれといっているかのように動き続けている。とどまり続ける我々とは真逆の存在といえる。

 そして多様である。巨大なものから小さなものまで。そして我々同様にいたるところにいる。地上も水中にもだ。空にもいるらしいが。というのは状況証拠からそう推論せざる負えない。なにせ早すぎるために反響を確実にとらえることができないからだ。何年も観察を続けている中でようやく、周期的に地球を回っている種がいることが分かった。だが、それだけだ。


 多用途と表現したが。種、という概念が存在することがわかったのも最近のことだ。だが、それも「分かった」というだけに過ぎない。すぐに意味がなくなる。種の入れ替わりが早すぎるために観察が追い付かないからだ。我々と同じような状態になったものを観察できたが、それも少ない。不十分だ。生き物は我々を【翻訳中、私たちの「食べる」または「使う」に相当するもの、あるいは建材として使っていることを指していると思われます】するのだが。こちらについても今のところ不十分である。今後、より観察できることを願うばかりだ。


 彼らは我々の呼びかけには答えない。彼らは【翻訳中、私たちの声帯に相当するもの】を持たないことがわかったからだ。何もかもが彼らと我々では隔たりが大きすぎる様だ。我々の言葉は彼らには遅すぎるのかもしれない。

 非常に忙しなく、落ち着くことを知らない彼らだが、非常に興味深くもある。ある時、我々に――。


 「以上が私達が彼らの放つ独特な振動を観察、記録し、私達の言葉に訳しなおしたものログになります」

 壇上に立った若者が手元の端末を操作すると窓から光が差し、暗い室内に光が入り始めた。漆黒の空にきらめく星々、巨大な惑星と輪がこちらを覗いていた。

「ここまで記録をまとめるのにかなりの時間がかかりました。いくつかの家名と何代にものぼる人々のかかわりでやっとこの文字数です。代々にわたって交信を試み。観察を続けてきました。この研究は無駄である。はやくやめてもっと有意義な研究を。先祖のそのまた先祖、もっと前の……ずっと言われてきましたがようやくこうして発表するにいたりました。もうおわかりでしょう。彼らには意志がある。そして私達が動物を観察するように、彼らもまたこちらを観察していたと」

若者が壇上のテーブルから一つある”もの”を手にもって掲げた。それは野球ボールほどの大きさの石だった。

「この石や岩。それに小石。果ては海底のプレートに至るまで環境を観察してきたということです」

若者は石をそっとテーブルに戻した。

「はるか昔。写真とは何分にもわたってじっとしていなければならない物でした。つまり彼らの見ている世界はそれなのです。彼らを理解するにはこちらが合わせるほかに方法は無かったということです」

壁の時計に目をやると所定の時間を過ぎてしまっていた。ホールの奥では時間が押していると、左腕で右腕を叩く仕草をする男の姿が見えた。いつの時代も変わらないジェスチャーだった。

「ああ、すみません。つい熱が入ってしまって。時間ですね。なごり惜しいですが、最後に質問を一つだけ……はい、どうぞ、そちらの窓際の方」

 若者が指名すると、子どもがおずおずと立ち上がった。幼い顔つきの子どもだ。このような研究発表の場ににつかわしくないが隣の男性が父親につれられてきたのだろうか。いずれにしても、こうした質問は嬉しくあった。

「その……」

子どもの緊張をほぐそうと隣の男性が背中をやさしく叩いた。

「もっと、石のお話を聞きたいです。続きはどこで聞けますか?」

「残念ながら、今のところはこれで全部なんです。会話ともいえない状態です。まだこちらが一方手的に独り言を聞いているだけですからね。私たちの質問が彼らの耳に届くのはもっとさきでしょう。また何代もかかるでしょうね」

「答えがすぐに分からないのに、それでも知りたいのはどうしてなんですか?」

「だって宇宙の始まりを見てきた者がそばにいるんだ。知りたくなるは避けられないさ」

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