第7話 修道女がいる町



あの後、即座に薬の家に戻った私たちは、即座に調合を始めた。


と言っても必要な工程はほぼすべて終わらせていたため、残る作業は元凶となる宝石花を加えることだけ。鮮度の問題、時間経過や加工で劣化する性質がこれにも適応されるのかが解らない以上、分けておくという選択肢は取れなかった。持っていたすべてをつぎ込み、薬を完成させる。


後を考えない行為ではあったが……、自身の“記憶”がこれで間違いないことを示していた。


作業の後、出来上がったのはこれまでの薬とは違い、青い色を保った粉の薬。宝石花の強い青の光が、そうさせたのだろう。



「……効能を調べよう。」



ピーの唾を飲み込む声を横に聞きながら、作り上げた薬の一部を水で溶かし、検体へと垂らす。何度も薬の検査に手伝ってくれた、“亡き友”の一部。……私にとっては記憶の一部でしかないが、“彼”にとっては忘れられない友の一人だったのだろう。


そんな思考を飲み込みながら、宝石の様子を眺める。すると……。



「……ジェス!」


「あぁ、成功だ、な。」



宝石が徐々に溶けていき、ゆっくりと元の姿を取り戻しながら、消えていく。


成功だ。


たった一滴で宝石は塵と化した。おそらく死後時間が経ち、また肉体から離れてしまったが故の結果だろうが……。彼の試算であれば、これは完璧な成功。人体を宝石と変える用意を完全に排除し、肉体をもとに戻すという奇跡の薬がここに出来上がった。


これを人体に投与すれば、病は完全に完治できる。私はもちろん、“彼女”もだ。


目の前で人の肉体であった物が崩れ去ったということは、少し恐怖を覚えるでき事であった。しかし彼の“記憶”を信じ、意を決して自身の手に薬を塗りこんでいく。



「……少しずつだが、確実に元に戻っていくな。」



水に溶かした青い薬がゆっくりと体へと吸い込まれていき……、ゆっくりとだが、白い肌が元の色を取り戻していく。この感覚、おそらくだが治療にあまり多くの薬は必要なのだろう。体内に残る毒素を吐き出すのではなく、文字通り時間を巻き戻しているかのような感覚。


“彼”の努力の結晶が、今ここに実を結んだ。



「やった! やった! 良かった! 良かった! ジェスーっ!」



感極まったのか、飛び込んでくるピー。


私が石になってしまうことでも想像してしまったのだろうか、ほんの少しだけ、その目元に涙が見える。



(心配をかけて、すまない。)



改めて薬の結果に安堵し息を吐きながら、思考を回す。


先ほどの宝石。“友”の体に薬を垂らした時、もともと肉体であったそれが塵となって消えたことから、この手も失われてしまうのかという不安があった。だが“記憶の彼”が成功を確信している以上、私にできることはその判断に従うことのみ。


私は記録する者であって、治す者ではない。……やはり専門の人間の言葉を信用しておいてよかった。


少し動かしてみるが、なんの違和感もない。自身の身で確認が済んだため、念のため全身で奴の体液を浴びてしまったピーにも投与を行っておく。これで私たちが病にかかる可能性はなくなったはずだ。


……あとは、彼の心残りだけ、だな。



「ピー、急ぐぞ。この薬が時間経過でどれだけ劣化するかわからん。彼女にも投与してやらねば。」


「あ、そうだね! 急ごー!」



家から飛び出し、私の方に向けてくれた背に乗る。


おそらくだが、この町で同じ病が蔓延する可能性は低いだろう。元凶となっていたバケモノは死んだ。少し町の中を見れば、その影響を見ることが出来る。



(町中に咲いていたはずの小さな花たち、それが明らかに元気を失っている。……数時間もすれば、消えてなくなりそうな勢いだ。)



視線を向ければ、外に咲いている水色と白の花がどんどんを萎んでいき、消えていく姿が見える。推測にはなるが、あの花たちは全て本体。あの大きな宝石花を持つバケモノに繋がっていたのだろう。いわば伸びた触手の先端が、地表に出てきていただけなのだ。故に根元が消えれば、その末端も消えていくというわけだ。


バケモノの生態についての資料はあまり多く残っておらず、私が知る情報も少ない。だがあの大きさと、住んでいた場所。それを考えるに……、“彼”や“彼女”が住んでいた時代にも存在していたバケモノだと推測できる。それゆえに、あれだけ大きくなったのかもしれない。



(大きな宝石花。アレは疑似餌だったのだろうか。)



人を主食とする彼らにとって、効率よく餌を手に入れる方法は世代を超えるごとに洗練されていくはずだ。故にあのバケモノは、人が好む宝石という形をとったのかもしれない。宝石を含めた金銀財宝になんの価値もなくなってしまったこの時代においては意味をなさなかったが……、文明が残っていたころの人類であれば多くの者が惑わされてしまっただろう。



(そして近寄って来た人間を“宝石化”し、動きを鈍らせたところで捕食する。という狩りをしていたのだろうか。)



あのバケモノがなぜあそこに住み着き、この町に病を蔓延させる結果になったのかはわからない。おそらく当時生きていた者たちも理解しえなかった偶然が重なっていたのだろう。私には、推測すること。そして起きた事実を正確に残すことしかできない。もし今私がその“答え”にたどり着けたとしても、それを防止するための策を施すには、多くの時間を費やしてしまうだろう。


……原因の解明は、今後の人類に任せるべきなのかもしれないな。



(そのためにも、すべてを残さなければならない。)



“私”の仕事は“後に残す”ことだ。決して“彼女”を治癒することではない。それは“彼”の仕事であり、“薬師”の仕事。すでに亡き存在となってしまった彼のために、この体を貸しているようなもの。


……あれだけ影響を受ければ気付く。


あの記憶を見てから、彼の残留思念ともいえるものが、私に残っているような感覚は、常にあった。しかしそれを、私が追い出すことはない。


自我を乗っ取られるのは勘弁願うが、体をほんの少し貸す程度、幾らでもしよう。私はいわば“力”を通して、彼らの記憶を無理やり見ているようなものだ。その対価として体を貸すぐらい、何とでもない。むしろそれが私が賛同できる行いであれば、喜んで貸そう。


相棒であるピーも、それを理解してくれているからこそ、あの時指摘しなかったのだろう。今朝の花の採取の際、ピーは確実に私の異常に気が付いていた。だが私がそれを受け入れていると感じ取ってくれたのだろう。……その気遣いに感謝せねば。


そんなことを考えていると、“彼”の待ち望んだ教会が、見えてくる。




「ついた!」


「あぁ、ありがとう。……あぁ、そうだな。」




教会の中へと入り、ゆっくりと彼女の元へと向かう。


依然としてそこに座るキティアは、相変わらず神に祈りを捧げている。その一切生気を感じさせない肌も、そのままだ。元凶である奴が死んだと言えど、病が完治するわけではない。この薬は完全に病を完治させることができるが、死者に通用するかはわからない。


もしかすれば、彼女もあの宝石のように、“友”が遺してくれたその体のように。砕け散り、塵となってしまうかもしれない。……けれど、それでも受け入れよう。彼女が物言わぬモノとしてではなく、人の一人として死ぬために。どんな結果に成ろうとも、私は、“彼”、“僕”は、受け入れる。


何故か重くなる足を進め、彼女の前へ。




「『……待たせて、ごめん。』」




頭から、ゆっくりと薬を垂らしていく。


液体がその肌を流れていき、薬が全身へと行き渡っていく。そして、何かが割れる音。


彼女の顔に、罅が入っている。


薬を流したところから、大きな罅が。一瞬、割れぬようにその体を抑えようとしてしまうが……。


そうなることも解っていたはずだ。受け入れろ、“僕”。


ゆっくりと崩れ落ちていく彼女。……最後まで見るべきなのに。間に合わなかった僕はそうしなければいけないのに。下を、向いてしまう。やっと、やっと“彼”のおかげで作ることができた。こんなに、こんなに待たしてしまっても、僕は君が崩れるところなんか、見たくない。昔みたいに、君の、声が……。





「れ、ピ?」





思わず、顔を上げる。




「そこに、いるのね、レニ。……約束、守ってくれて、ありがとう。」


「『き、キティア……っ!』」


「泣かないでよ、レニ。せっかく、せっかくまた会えたんだから……。」


「『でも、でも僕はっ!』」


「ちゃんと、助けてもらったよ。ほら……。」



彼女の手が伸び、体を包み込んでくれる。感じる人の温かさ、心臓の鼓動。しっかりと、ここに。あの時のキティアが、ここに……。生きて、生きている。彼女が、彼女が……。



「本当にありがとう、レニ。」


「『…………うん。』」



ただ、そう返す。色々言葉が浮かんでくるけど、なんて言ったらいいのか解らない。もう死んでしまって、魂すら残ってない僕には、時間がない。だからこそ彼女に伝えたいことが、伝えるべきことが、たくさんあるはずなのに、何も、何も口から出てこない。


こんな時もっと気の利いた言葉を紡げればいいのに、頭が回らない。ただ、彼女の体を、抱きしめてしまう。



「『会いたかった、もっと君と一緒に、言葉を交わしたかった。本当に、本当に……。良かった。』」


「うん、私も。」



……ありがとう。


ほんとはもっと、ずっとこうしていたい。でも、“僕”はもう死んでいて。この体は“彼”が好意から貸してくれたものだ。……もう僕は十分すぎるほどに生きてしまった。今を生きる人たちの、邪魔はしちゃいけない。


“君”にはちゃんと言葉を残せないけど、本当に感謝している。僕ができなかったことを、形にしてくれてありがとう。病の元凶を倒してくれてありがとう。彼女を救ってくれて、本当にありがとう。



『“僕”はあっちから、君たちの旅の無事を、祈らせてもらうよ。』


(……あぁ。)



ゆっくりと体から、“彼”の記憶の残滓たちが抜けていくのが感じ取れる。彼の強すぎる想いを汲み取り、調合のため何度も読み取ったからこそ彼の意識が“私”の中に生まれたのだろう。満足してくれたのなら、私から言うことはない。……全て解決し、本当に良かった。



「……行っちゃったのね。」


「…………はい。」


「ふふ、お別れぐらいちゃんと言ってくれたらいいのにね。……でも、レニらしいや。」





















あれから、数日後。



「ピー、もう手を振らなくてもいいのか?」


「うん、ずっと降ってたら疲れちゃうでしょ。それにもう“忘れられない”ぐらいたくさん振ったから。」


「……ふ、そうか。」



少し振り返れば、未だこちらに向かい手を振ってくれているシスター服の彼女、キティアの姿が見える。


彼女はあの町に残る、という選択をした。崩壊した世界に於いて、一人でどこかに定住するということは難しいのだが……。彼女からすれば生まれ育った場所、そして“彼”が眠る場所を守る以外の選択肢など最初から存在しないようだった。私には選べない選択ではあるが、理解はできる。


彼が去った後、私たちはこの世界の現状を彼女に伝えた。最初は文明が崩壊し、人類の数が大幅に減ったことに驚いていたようだったが……、適応力が高いのがすぐに一人で生き残る術を考え始めていた。



(私たちもこの世界に順応していると思っていたが……、彼女の方が上だったかもしれないな。)



文明が発達していた時代を生きていた彼女、その記憶はまさに値千金であり、おそらく失伝してしまっていただろう知識を多く教わることができた。“記憶”だけでは読み取れない多くを知ることができ、私としても非常に収穫のある時間だったといえよう。


そのお礼として、こちらもできる限りのことをした。私の“仕事”である、後の者のために防壁に今回の出来事を深く彫り込んだ後は、彼女の生活基盤を整えるのに時間を使った。井戸の再建や畑の設置、荷物を運ぶときに使う台車の製作や自衛用の武器の用意など、思いつく限りの用意を行った。


その後、もう一度。私はここに残るのではなく、自分たちと旅に出るという提案をした。いくら手を尽くしたとしても、一人で生き残るには心もとない。定住し畑を得たとしても、いずれ限界が来てしまう。そう判断してのことだったのだが……。



(死んでしまった者たちのため、今を生きる者たちのため、祈り続ける、か。)



彼女は、彼女の意思だけでなく、聖職者としての意思でそう言った。


あの地に残ること、を選んだのだ。


……私も、自身の仕事には誇りがある。彼女がそう選択するのなら、それを応援することしかできない。選別として自分たちの物資を可能な限り送り、私たちも“仕事”をするために旅立つことにした。



「にしても……、ジェス。キティアさんに『ぎゅー』ってされてたね!」


「ん? あぁ、“レニ”がな。正確には私ではない。」


「ふ~ん、そっか。……じゃあピーが代わりに『ぎゅー』ってしてあげよっか!?」


「ふふ、じゃあまたの機会にな。」



なんではぐらかすのさ~! と怒る相棒を無視しながら、足を進める。


……やはりこの世界には、まだ多くのものが残っている。想像もつかないような出来事は、大量に。中には悲劇もあるだろうが、今回のように奇跡もあるだろう。私はただ後に残すだけの人間だが……。



「ちょっとジェス! 聞いてるの!」


「あぁ、聞いているとも。次の目的地はここから二日ほどだ。近くの川で水を補給してから行くぞ。」


「ちがう~っ!」



こんな経験なら、またしてみたいものだ。……次の町では、何が待っていることやら。


少し、楽しみだな。

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