第3話 休息と絶望


 クレアは屋敷へと向かったがそこにミツキの姿はなかった。

「どこに行ったのだ……」

 ポツポツと雨が降り始めたがすぐに強い雨へと変わった。

 バチバチと地面を叩く音が響く。


「お前達、この周辺を探してくれ。」

「はっ!」

 引き連れてきた兵士に屋敷の周辺を探索するよう言いつけ、クレアは屋敷から借りた傘を差して走り出した。


 この雨だ、流石に屋敷に戻ってきても不思議はない。

 しかしすれ違わないところを見ると、嫌な予感がクレアに走る。

「無事でいろ、ミツキ……」

 屋敷から10分程走ったところで足を止めた。


「あれは……」

 地面に何かが落ちて……いや、倒れている。

 見覚えのある服が目に入る。

「おのれ、嫌な予感ばかり当たるな。」

 うつ伏せに倒れたミツキに歩み寄ると、所々焦げたような跡が身体に見えた。


 手首からはシルバーのアクセサリーがなくなっている。


 倒れたミツキへと傘を差してやる。もう身体は雨でぐちゃぐちゃに濡れてしまっていた。

 首筋に手を当てると、小さく鼓動を繰り返している。

 どうやら気絶しているだけのようで安心した。


「ミツキ、負けたのか……」


 顔にかかった髪を人差し指で避けてやると、まつ毛に水滴が付着しており涙なのか雨なのかはわからなかった。

 手首のアクセサリーが消えている以上、誰かに持ち去られたと考えるのが無難だろう。

 レインが言っていた家臣に違いない。


「悔しかったろう。」


 聖剣を奪われたら絶望に打ちひしがれるだろう。

 しかし、ミツキもただで奪われるはずがない。

 不意打ちを受けた可能性は高いだろう。

 クレアはミツキを抱き上げると屋敷に向かって歩き出す。


「エルメリア……この借りは必ず返すぞ。」


 背後でゴロゴロと雷鳴が聞こえる。

 そして一瞬蒼白く光った。

 クレアの逆光になった双眸は鋭く輝き、体内では復讐の炎が赤黒く燃え上がっていた。



 目を覚ますとそこには見慣れた天蓋があった。

 自分のベッドで目を覚ましたのだと気づいた。

 頭が痛い……一体、どれくらい寝ていたのだろう。

 そして、はっと思い出す。


 右手が、軽い。

 そこには、いつもいたはずの相方がいなかった。


「……レヴィ……」

 涙が再び溢れそうになり両手で顔を覆う。

 その時、コンコンと扉がノックされゆっくりと開いていく。

 そこにはクレアが立っていた。


「ミツキ、もう起きたのか。起こしてしまったか?」

「ううん、そんなことないよ。」

「それは何よりだ。もう少しゆっくりするといい。傷もまだ癒えてないだろう。」

「……ゆっくりできる心境じゃないよ……」

 明らかに落ち込んでいる私を見て、クレアはベッドに腰掛けた。そして、私の頭をゆっくりと撫でてくれた。


「案ずるな……必ず、取り返す。」


 そうだ。レヴィを取り返さなければならない。

 しかし、私にはもう力がない。

 唯一の力であったレヴィの力はもう使えないのだ。

 念じてみても右手から炎は出てこない。


「ミツキ、今は休め。」

「でも、早く行かないと……あれ?」


 立ち上がろうとするが力が入らない。まだ、身体が痺れているように感じる。

 思っているより身体は悲鳴を上げているようだ。

「だから言っただろう。ゆっくり休むんだ。」

「でも……」

「お前にはやることがある。その為に休め。戦いはこれから始まるのだ。」


 クレアの言うこともわかる。

 何度力を入れても身体が動かないのだから、このままでは何も出来ない。

 クレアは私を戦いの頭数に入れてくれているのだ。

 それならば、私のすることは……


「わかった、休むよ。」

「うむ。エルメリアの奴らもすぐに動くことはあるまい。体調万全となれば王宮まで来て欲しいのだ。」

「うん。そしたら、身体が動くようになったら行くよ。」

「ありがとう。さて、私は少々準備があるので先に帰っておこう。」


 クレアはそう言うと手を振りながら部屋を出ていった。

 大きな部屋には私一人になった。

 私の今やるべき事は一つしかない。


「しっかりと寝て、体力を万全にすること。」


 そうと決まれば寝るだけだ。

 部屋は明るいが身体は悲鳴を上げ続けているままだ。すぐにでも寝れるだろう。

「レヴィ、すぐ行くからね。」

 気絶するように視界がブラックアウトした。



 数日間じっくりと眠った私は早朝から王宮に向かって歩いていた。

 隣にはミアとエレーラ、ユウリも一緒だ。

「ミツキ様が二度と目を覚まさぬかと心配致しました。数日も部屋に入ることすら許されぬとは、辛いものです。」

「あはは……ごめんね……」


 ミアから発せられる呪詛のような言葉は一緒に連れている人形のリンネに似てきている。

 もうこうなると謝るしかない。

「それにしても、王宮に来いだなんて一体何の用なのかしらぁ。」

 至極面倒くさそうにエレーラがホウキに腰掛け飛んでいる。


「お姉ちゃん達はわからなくもないけどー、何で私まで呼び出されるのよ。」

 ユウリも嫌そうな顔を浮かばせながら言った。

「まぁまぁ、そう言わずに……用があるんだよみんなに。」


 一行が王宮に到着すると二人の門番が出迎えた。

「クレア様から話は聞いている。通っていいぞ。」

 クロスに交差した槍を垂直に戻すとギィと音を立てて扉が開いた。

 長い廊下を進んでいく。


 奥にある王室への扉を開くと、そこにはクレアが玉座に鎮座していた。

「ごめん、遅くなっちゃった。おまたせ。」

「案ずるな。万全ならば良し。」

 クレアが立ち上がり階段を降りてくる。


「こっちだ。見てもらいたいものがある。」


 クレアが側面の壁に描かれている魔法陣に触れると、魔法陣が光輝き壁が消失し人一人が通れるほどの狭い通路が現れたのだった。

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社畜転生~令嬢に転生した私が魔剣使いになって世界を救うまで~ @rise_tsukishiro

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