決戦! バルカイン(3)

「オーフレイム、大丈夫か!?」


 ロセアが駆け寄り、倒れるレベッカを抱き起こして肩を貸す。怪我らしい怪我はなさそうではあったが、唇を浅く切ったようで、血が少しだけ滲んでいた。


「ケホッ、ケホッ……なんとかまだやれる。ただ、ブロードソードが折れて武器が無くなっちまった。素手じゃもうどうすることも出来ないぜ」

「武器か……」


 ロセアもレベッカも、同じものを見ていた。

 バルカインの長大な脚や巨大な鋏をクラウザーソードで何度も斬りつけるアシュリンの勇姿だ。もちろん、アシュリンはカタチだけの騎士団長なので、非力なためにどれも決定打にはならない。それでも、刃こぼれひとつしないで攻撃が続けられるのは、聖剣だからこそか。


「なあ、オーフレイム。細腕の姫君から聖剣を拝借は出来ないのか?」


 そんなロセアの提案に、レベッカは八重歯を噛み締めて小声で吠える。


「あたしも考えてはみたけど、姫さまはヤル気満々だから、そいつはちょっと難しいかもな」

「そうか。困ったお姫さまだ……ムッ?」


 ふと、ロセアは気がついた。

 アシュリンに向けられるもうひとつの熱視線に。

 ハルだ。

 その眼差しは、王女を心配しているようには見えなかった。百戦錬磨の戦闘員でもあるロセアには、ハルがなにかを狙っている・・・・・・・・・ように見えた。

 狙う? この状況で、なにを?

 バルカインを──邪神を前にして、いったいなにを狙うというのか。

 そもそも、ハルは亡きリディアス女王が存命の頃から仕えるただの侍女でしかない。〈世界同盟〉から与えられた情報資料には、そう書かれてあった。

 それなのに、あの鋭い眼光はなんなのか?

 とりあえずロセアは無難な選択として、おとなしく様子を見ることにした。


「てりゃぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ! ていッ! せりゃ!……はぁ、はぁ、はぁ」


 見様見真似の、大振りな斬撃の数々。

 アシュリンは息も絶え絶えに攻め続ける。

 だが、それも限界が近い。

 なんとか聖剣クラウザーソードを両手に前へと握り締めるも、自らの意思に反して数歩うしろへ後退してしまう。


「め……女神……デア=リディアよ……わ、我にチカラを……」


 止めどなく額から流れる出る汗。

 歩一歩、前へ、アシュリンは進む。


「邪悪に打ち勝つ、聖なる光りを……このつるぎに……宿したまえ……!」


 たとえ敵わぬ相手でも、決して歩みを止めないその姿は賞賛に値する。だがしかし、相手が悪過ぎる。英雄の子孫とはいえ、病弱な姫君が暗黒神に刃向かうのは無謀極まりない愚策だった。

 バルカインの巨大鋏が空を斬る。

 その風圧だけで、アシュリンは後方へと大きく飛ばされてしまった。


「きゃぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!?」


 砂塵にまみれた床の上を無様に転がる。

 しかしそれでも、クラウザーソードはしっかりと利き手に握られていた。


「駄目だ、このままじゃ姫さまが殺されちまう!」


 レベッカは堪らずにロセアの腕を振り払い、アシュリンのもとへと走りだす。と、同時に、視界の隅で見知った顔が映り込む。


「レベッカ、わたしが引きつけるから、そのあいだにクラウザーソードを使って!」


 ハルは返事を待たずに加速し、鉄槌を軽々と頭上高くまで持ち上げると、バルカインの無防備な脚めがけて全力で撃ちつけた。


「うりゃあああああああああああああああッッッ!!」


 ──スカッ。


「クッ?!」


 どしーん!

 盛大に空振りをして尻餅をつくハルを振り返ることなく、レベッカは横向きに倒れたままのアシュリンへ駆け寄る。


「姫さま! しっかりしてくれ! このクラウザーソード、あたしが借りるぞ!」


 切羽詰まって早口になるレベッカとは対照的に、アシュリンは気絶しているのか、目を閉じたまま無言だった。

 そんな様子に致し方なしと判断したレベッカは、固く握られた指を解いてクラウザーソードを受け取る。

 レベッカは、名剣と呼ばれる業物に何度か触れたことはあった。だがこのとき、初めて手にする聖剣にどこか違和感を覚えていた。


(んんん? 伝説の聖剣って、こんなもんなのか……?)


 いずれにせよ、武器は手に入れられた。しかも、伝説の聖剣を、だ。

 しっかりとクラウザーソードを両手に握り締めながら、超巨大な敵を見上げる。蟹そのものの邪神の口からは、泡がブクブクと溢れてはこぼれ落ちてゆく。


「ヘヘッ、やっぱりでけーな」


 レベッカは考える。

 さあ、これからどうしてくれよう。

 神に戦いを挑むのだ。常識なんてものは通用しない。人間や魔物を相手にする、並の剣術では太刀打ち出来まい。

 深呼吸をひとつする。

 レベッカには、最後の、とっておきの、究極の奥の手がある。

 それは、剣聖と名高いオーフレイム家に伝わる一子相伝の究極奥義。現在の正当な後継者は長兄のジェイラスであり、末妹のレベッカは剣技すらも正式に教えられてはいない。レベッカが剣を振るえるのは、ジェイラスが特別にこっそりと教えてくれたからだ。

 究極奥義も、父親と兄との練習風景をほんの一度盗み見ただけで会得は出来ていない不完全な技で、再現できる自信は半分もなかった。

 だが、自分がやらねばならない。

 倒せなくていい。ただ、もとの異次元空間まで押し戻せれば上出来。


「……ご先祖様、どうかあたしにチカラを」


 つるぎを握る手が、ほんのわずかだけ小刻みに震えた。


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PRINCESS SWORD SAGA 黒巻雷鳴 @Raimei_lalala

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