第4話 プレゼント

「それじゃあ私たちは友だちになったんだからさ。やってほしいことがあるんだよね」


「はい、なんでしょうか」


高瀬さんの提案をありがたく受け入れ、恐れ多くも高瀬さんの友達の末席に加えてもらった俺は返事をする。

今なら死んでこいとか言われても忠実にやってみせる自信がある。

あ、やっぱ死ぬのは無理かも……


「敬語とさん付け外してよ」


敬語とさん付けを……外す!?

それって馴れ馴れしくタメ口で喋りかけ呼ぶ時は『高瀬』ってクラスにいる陽キャみたいに呼べってことですか!?

そんなの高瀬さんへの冒涜だと思うのですが!


「俺は敬語がデフォルトなので」


「亀野くんといつも仲良さそうだよね」


「ごめんなさい、敬語がデフォルトじゃないで……ないよ」


健二と話してるのを聞かれていたなら俺に勝ち目はなかった。

だってあいつと話すときに敬語なんて使ったことがないのだから。


「ふふっ、よろしい」


高瀬さんは楽しそうに笑う。

まさか普段の俺が高瀬さんの視界に入っていて認知されていると思わなかった。

ちょっと嬉しいかもしれない。


「それでさ、吉瀬くん」


「は……うん。どうしたの?高瀬さん」


「もう……!また敬語使いかけてるしさん外れてないじゃん」


「さん付けは許してほしい……女子の名字をさん付けないで呼ぶ勇気は俺にはないんだ」


タメ口だけでも結構やばいのに流石にさん付けまで外すのは俺には無理だった。

ここで許してほしいと言うと高瀬さんはコクンと頷く。


「わかった。敬語は外してくれたんだもんね。無理言っちゃってごめん」


「ううん、こっちこそごめん。俺が女子とのコミュニケーションに慣れてないから……」


「そういえば吉瀬くんが女子と喋ってるの見たことないかも。それじゃあ私が一番最初の女友だちだね」


そう言われればそうだ。

世界に推しが初めての異性の友だちになった人はどれくらいいるのだろうか。

そもそも推しと友だちになるということ自体ありえないレベルの奇跡だと思うけど。


「話がそれちゃったね。あのさ、私もスタドリを入れようと思うんだけど……」


「いいね。大歓迎だよ」


「その……フルボイスだし容量はどれくらいなの?」


「15ギガくらいかな?」


「じゅ……15ギガ……」


まあでかいよな。

グラフィックが良かったりストーリーが長かったりフルボイスだったりすると容量は自然と増えてしまう。

ソシャゲとはそういうものなのだ。


「容量もしかして足りない?」


「ちょっと見てみる……あ、思ったより大丈夫そうだった」


高瀬さんがスマホのストレージを見せてくれる。

残りは20ギガで確かに大丈夫そうだった。

高瀬さんは安心したようにほっと息を吐く。


「あ、私もうそろそろ降りる駅だ」


「そうなんだ。じゃあ今度こそ今日は解散かな」


俺がそう言うと高瀬さんはキョトンとした顔をする。

あれ?俺何か変なこと言ったか?


「吉瀬君は家まで送ろうかって言わないんだね」


「え?送ったほうがよかった?俺に家知られるのは嫌かなって思って……」


俺が慌てて聞き返すと高瀬さんは首を横に振る。

そしてニッコリ笑った。


「男子と帰るとすぐそうやって聞いてこようとするんだもの。吉瀬くんがそういう人じゃなくてよかったなって思って」


あぶねぇ……

もし送っていくと言ってたら高瀬さんからの評価が下がっていたらしい。

やはりファンはファン、推しは推しとして線引きをしなくちゃならないと頭の片隅に残っていたのが功を奏したな……


「そんな吉瀬くんには私からプレゼント。はいこれ」


高瀬さんが俺にスマホの画面を見せてくる。

そこにはQRコードが写っておりその真ん中には某チャットアプリのアイコンが。

つまりこれは高瀬さんの連絡先ということだ。


「えっ!?い、いいの……?」


「もちろん。色々お話させてほしいな」


俺はスマホを取り出し恐る恐るQRコードを読み取った。

ピコンとRenaという名前のアカウントが出てくる。

写真が猫の写真ですごく可愛い。

俺は震える指で友達+のところをタップする。


「あ、知り合いに追加されたよ。私も友達追加しておくね」


高瀬さんも追加してくれたらしい。

俺のアイコンはどこかよくわからん空の写真だ……

センスは良くなくても悪すぎることは無いはず……


「あ、もう駅だね。じゃあ私はこれで。また明日ね吉瀬くん」


「あ、うん。ありがとう……」


高瀬さんは手を振って電車を降りていった。

俺は高瀬さんが『また明日』と言ってくれたのが嬉しくて心が温かくなる。

しばらくするとピロンとスマホに通知が飛んできた。


『改めて高瀬玲奈です。これからよろしくね』


目に入ってくる文字が俺が高瀬さんと友達になれたことを実感させてくれる。

俺は小さく拳を握って明日はどんな話をしようか考えるのだった。

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推しと始める推し活は最高すぎました 砂乃一希 @brioche

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