第3話 俺の推しはギャップの魅力に気づいてる

高瀬さんがストーリーを見始めて30分ほど。

そろそろ最終下校時間が迫ろうとしていた。


「高瀬さん。もうすぐ最終下校時間ですよ」


「へっ?え!?もうこんな時間!?」


高瀬さんは相当集中して見ていたらしく時計を見て驚いていた。

俺はスマホを覗き込むとまだストーリーの3分の1といったところだ。

多分高瀬さんはボイスを最後まで聞いてから話を進めるタイプなんだろう。

俺もソシャゲというものに触れたてはそんな感じだったが二回目からはタップして流し読みしたりスキップしたりしてしまっている。


「そろそろここらへんで解散しましょうか」


「き、気になっちゃう……唯ちゃんはどうなっちゃうの……!?」


確かストーリーはちょうど唯ちゃんが壁にぶち当たって挫折を味わっているところである。

ここから少しずつ希望と夢を持ち直して再スタートを切るんだよなぁ……

いわゆる王道というやつだけど言うとネタバレになるから絶対に高瀬さんには言わない。

ネタバレは許さない勢なんで。


「楽しんでいただけたようでなによりですよ」


「も、もうちょっとだけ見させて……!今いいところなの……」


「駄目です。まだ3分の2も残ってるんですよ?」


「うっ……わかった……」


高瀬さんは渋々、といった様子だが首を縦に振った。

いくら相手が推しといえども、いや相手が推しだからこそ先生に説教させるわけにはいかない。

俺は高瀬さんからスマホを受け取ってポケットにしまった。


「それでは俺はここらへんで失礼します」


「あっ!ちょっと待って!」


俺がそそくさと帰ろうとすると高瀬さんに呼び止められる。

何か忘れ物でもしたかな、と振り返ると高瀬さんが自分の席に戻ってかばんを持ってきた。

そして俺の隣に立つ。


「せっかくだし一緒に帰ろ?」


「いやいやいやいや!」


なんでそんなことになったんだ!?

推しと一緒に帰るなんてことになったら俺の心臓爆発するぞ!?


「え?そんなに嫌だ……?」


「そ、そうじゃなくてですね!」


高瀬さんが悲しそうな顔をするので俺は慌てて首をブンブンと横に振る。

もう感情の振れが大きすぎて訳わかんなくなってきた。

そもそもこうやって会話できていること自体昨日の俺では信じられないような奇跡なのだから。


「その……噂になったら困りますよね?高瀬さんはモデルさんとして芸能界で活躍してらっしゃいますし……」


「ふふ、そんなに気にしなくても大丈夫だよ。モデルはアイドルと違ってそこらへん厳しくないしうちの事務所は恋愛OKだから」


だからといって噂されていいわけじゃないと思うんですけど!?

相手が何でもできちゃうハイスペックイケメンとかならまだしも俺はただのクソ陰キャだしなぁ……


「冗談だからそんな難しく考えないで。今帰れば部活の人はいないしこんなギリギリまで残ってる生徒もほとんどいないから。だからそこまで気を使いすぎなくて大丈夫だよ」


「そ、そうなんですか……」


芸能歴が数年ある高瀬さんがそう言うんだから本当に問題は無いのだろう。

でも俺の心臓の安全は別だ。

間違いなく緊張のあまり何を言ってるかわからなくなって挙動不審になり意識を失って倒れるに違いない。


「だめ……?一緒に帰りたいな……」


「いえ!一緒に帰りましょう!」


もう倒れようが死のうがなんでもいいや!

推しに上目遣いで『だめ……?』なんて聞かれたら断れるはずがないんだ!

俺は先程と同じように一瞬で掌返しをする。


「ふふっ、ありがと。それじゃあ帰ろうか」


「はい」


俺達は靴を履き替え校門を抜ける。

確かに高瀬さんの言っていた通り部活が終わるにはまだ少し早く用事のない生徒にとっては遅い時間のため周りに生徒は見受けられなかった。

俺はそのことに安堵しほっと息を吐く。


「せっかくだしスタドリ談義しようよ」


「い、いいんですか……?」


「うん。そのために一緒に帰りたかったんだもの」


俺にはネットしかスタドリを語り合える同士はいない。

まあ元々友達が少ないんだが一度はリアルで推しを語り合いたい、というのがオタクというものである。

まあ同じ人を推すのを嫌がる同担拒否や他の人を推すのを嫌がる他担拒否というものもあるので一概にそうとも言い切れないかもしれないが。

ちなみに俺は誰が誰を推そうと自由だと思っているので同担、他担大歓迎である。


「本当にびっくりしちゃったよ。最初すごくかっこよさそうって思ったのにちょこちょこおっちょこちょいなところとか子供っぽいところとか天然っぽいところも出てくるんだもの」


「唯ちゃんはギャップが魅力の子ですから。それこそストーリーを見てみないと魅力が伝わらないタイプのキャラクターだと思いますよ」


「本当にそうだと思う。普段はすごく優しくてとか抜けてるところもある女の子なのに戦うとあんなに凛としてカッコよくなって……女の子なのにキュンってしちゃった」


どうやら高瀬さんは唯ちゃんがかなりお気に召したらしい。

楽しそうに笑いながら感想を伝えてくれる。

その一つ一つの感想がストーリーをしっかり見ていないとわからない部分も多くて俺もたくさん共感した。

やっぱり推しについて語り合うのは楽しい。


気づけば駅まであっという間に着いていた。

これでもまだまだ語り足りないくらいだけど。


「吉瀬くんって上り?下り?」


「上りですよ」


「私も上りだよ。それじゃあ一緒に乗っちゃお」


流石にここまで来て電車の時間をずらしたり別々の号車に乗るのもおかしいので俺は首を縦に振る。

緊張で何も話せないと思っていたけど推しについてはやはり別でいくらでも話せた。

楽しかったのでまだ離れたくない自分がいて自分でも少し驚く。


ホームで待っていると数分で電車がやってきた。

15分に一本のペースなのでなかなか早くきてラッキーだ。

俺達は電車に乗り込む。


「あ、あそこちょうど2つ席が空いてるね。座っちゃおうよ」


高瀬さんが指さした方には確かに二席空いていた。

他に立っている人も見受けられない。

高瀬さんが先にぽふっと席に座る。

そこで俺は気付いた。

あれ……?これ隣に座っちゃっていいのか……?

下手したら肩とか当たっちゃう距離だぞ……?


「……?どうしたの?早く座りなよ」


高瀬さんが不思議そうに首をかしげてぽんぽんと軽く隣の席を叩く。

俺はごくんとつばを飲んで恐る恐る座る。その瞬間横からふわっとさっきも感じた甘い匂いが鼻腔をくすぐる。

これ香水の匂いって感じじゃないよな……


「座れてラッキーだね」


「そ、そうですね。この時間なら埋まっていてもおかしくないのに」


さっきまで自然体で話せていたのにまた少しぎこちなくなってしまう。

すぐ隣、もう5センチくらい隣に推しが座っているこの状況に心臓がドキドキする。

嬉しいというのもあるがなによりも緊張だ。


「うーん……」


「ど、どうしたんですか高瀬さん」


突如、高瀬さんは考え込む素振りを見せる。

そして数秒後、ぱっと顔を上げた。


「ねえ吉瀬くん」


「は、はい」


「私たち友達になろうよ。スタドリ仲間」


「へっ!?」


高瀬さんから持ちかけられたのは思いもよらないことだった。

友達……?

俺と高瀬さんが……?

もはや夢の中ですと言ったほうが現実的なんじゃないかという甘い提案に俺の頭は固まる。


「い、いいんですか……?その、俺みたいなやつが高瀬さんと友達になるのは少々おこがましいような気も……」


「ふふっ、なにそれ。友達になるのに資格なんていらないでしょ。友達になりたいってお互い思えば友達でいいの。ちなみに私は吉瀬くんと友達になりたいって思ってるよ?」


そんなことを言われてしまえば俺に断るという選択肢はなかった。

俺がコクリと頷くと高瀬さんは嬉しそうに笑った。


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