第5話:ブレイク・オン・スルー

船外は激しい雨風に包まれており、まるで世界が黒と銀の2色に塗りつぶされてしまっているようだった。俺は再び暗視ゴーグルをセットし、視界を確保した。


今のところ敵の姿はなし。


「進路クリア。いいぞ」エローナとランサーに合図を送ると、2人は首尾よくブリッジの外階段を駆け降りてきた。


全員が集合したところで俺は手際よく装備をヴァイパーに切り替え「移動を開始するムーブ。各員、死角に注意して進め」


船長が囚われている後部船倉へ向かうには船首ブリッジから甲板を抜け、船尾にまで移動する必要があった。距離にして30メートル程度だが、甲板上に不規則に積まれたコンテナの陰からいつ敵が飛び出してくるか分からない。俺はヴァイパーを目線の高さに構え、いつ敵が現れても即座に撃てるようにしていた。


「映像を見た限り、船長はひどく痛めつけられているようでした」移動しながらランサーがいった。「必要なら担ぎ出す準備をしておいた方がいいかもしれません」


「身代金が支払われないと知ったら、人質はこれまで以上に命の危険にさらされることになります」と、エローナ。


「交戦規則その一、海賊野郎を信じるな。身代金を払おうと払わまいと、どのみち船長は殺されるよ」にべもなくロドリゲスが言った。


そのとき眼前に火花が弾けたかと思うと、凄まじい銃声が雨風の音の中で轟いた。


敵と接触コンタクト!」


ランサーが声を荒げて叫んだ。俺たちは反射的にコンテナの陰に身を隠した。


敵もこちらの存在を察知したようだ。隠密行動ステルスもここまでだ。


「各員、攻撃を許可する。強行突破するぞ」俺は鋭く命じた。


高台プラットフォームに敵2人」ランサーが報告する。


アーチ状のプラットフォームの上から2人の海賊がこちらに向けて立て続けにAKを乱射していた。


「確認した。右の敵は俺がやる」ロドリゲスが応えた。


彼とランサーはヴァイパーを連射しながらプラットフォームに果敢に突進した。銃弾に引き裂かれた海賊たちは勢いよくひっくり返った。そのうち1人は高台から転落し、鈍い音を立てながら甲板上にぶつかった。


「目標を無力化」ランサーが言った。


そのとき俺は右舷コンテナに人影を察知し、すぐさま銃身を横に振った。案の定、陰から敵が飛び出してきた。


俺はすばやくヴァイパーでそいつの頭部を吹っ飛ばし、さらに心臓に向けて必殺の一撃を撃ち込んだ。男は脳みそや肉の破片をまき散らしながらくるりと回って倒れた。


血と火薬の入り混じる匂いが鼻先を刺激し、震えるような高揚感が全身を駆け巡る。アドレナリンでハイになった今の俺の神経は剃刀の刃のように鋭い。


また一人、敵が姿を現した。俺はためらわずに引き金を絞った。その横でエローナも発砲した。海賊の頭部と胸に充分すぎるほどの弾丸が命中し、たちまち仕留めた。


俺たちは一瞬動きを止めた。熾烈な銃撃が止み、つかのま異様な静寂が垂れ込める。


突然、軽機関銃の乱射が始まった。甲板上のあちこちで弾丸が跳ね、その度に火花がさく裂する。チーム全員が瞬時に障害物に身を潜めた。俺は左舷コンテナを盾にしながら、敵の姿を捉えようと甲板を覗き込んだ。


敵は2人。いずれもクレーンの脇の足場に陣取り、一人が軽機関銃、もう一人はAKで武装している。やや当てずっぽうに撃っているようだが、それでも軽機関銃の威力は凄まじい。うかつに身をさらしたらミンチにされかねない。


俺は貨物船上空を旋回中のブラックホークのパイロットに向け無線を開いた。「ヴァルチャー・ワン、こちらブラボー・シックス。現在、敵の攻撃が激しく甲板上で足止めを喰らっている。クレーンごとバラせるか? 」


〈こちらヴァルチャー・ワン、了解。これより交戦する。お漏らしするなよ、派手にいくからな〉


ブラックホークは急降下するやいなや、7・62ミリ弾を毎分3000発近く発射できるM134ミニガンをクレーンに向け容赦なく撃ち込んだ。


海賊たちは急いでその場を離れようとしたが、無駄だった。超高速で連射され、熱を帯びた7・62ミリ弾がまるで赤いレーザービームのように逃げ惑う連中を追い掛け、補足した。


弾丸を喰らった海賊たちの人体は瞬時に爆裂する。同時にものの数秒で鉄くずとなったクレーンは火花をまき散らしながら派手に倒壊した。


〈ヴァルチャー・ワンよりブラボー・シックスへ、脅威を完全排除。繰り返す、脅威を完全排除。なお、ヴァルチャー・ワンは燃料切れのため作戦区域を離脱する〉


「了解。ヴァルチャー・ワン、支援に感謝する」


掃射音が止み、ブラックホークが離脱すると甲板は再び静けさを取り戻した。今は波と雨風の音以外、何も聞こえない。


「全員無事か?」状況を把握するため部下たちに呼びかけた。


「こんな派手なパーティーになると分かっていたら」ロドリゲスは悪態をつくように言った。「ダンス用のズボンを持ってきたのにな」


こちら側に負傷者は一人もいなかった。撃ち合いは終わった。


しかし、まだ生き残っている2人の海賊が人質のダラス船長を連れて後部船倉から出てきた。海賊は何事かわめきだした。アラビア語の辞書がなくとも意味は明白だ。こっちには人質がいる。近づいたら殺すぞ、と。


チーム全員、屈んでコンテナに身を隠した。「あいつの注意をひいてくれ。俺とエローナで仕留める」ロドリゲスとランサーは頷いた。


俺は軍用スマートウォッチを操作し、光学迷彩を作動させる。光学迷彩は、ヘルメットやバックパックなどに取り付けられた複数のCCDカメラの映像をリアルタイムでスーツの表面の有機ELディスプレイに投影することで、あたかも装着者を消えたように見せるステルス技術だ。


ただし、装備や防弾チョッキまで消せるわけではないし、明るい場所では型板ガラスを通してみるように、その存在が目視されてしまう。完全なステルスとは言い難い代物である。だが今は夜な上、雨風で視界も悪い。暗がりに紛れれば、肉眼で俺たちを捉えることは不可能なはずだ。


同じく光学迷彩を作動させたエローナと共に、物陰を利用して海賊たちににじり寄った。


標的と人質まで5メートル手前まで接近した。人質の船長は目隠しされた上、海賊の1人に腕をつかまれていた。さらに、もう1人の――アラビア語で怒鳴り散らしている海賊の――男からライフルの銃口を顔に突き付けられている。海賊たちは貨物船の残りの救命ボートで脱出を図るつもりだ。


「俺の合図で同時に標的を仕留めるぞ」俺はエローナに呼びかけた。「連中の船旅には帰りの切符が用意されていないことを教えてやるんだ」

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WAR LIFE -ウォーライフ- 蒼羽あき @Gunhed2025

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