第12話 自由

 レジーナの宮殿の姿が近付いてくる。

 セナは後部座席から焚書用の灯油ポリタンクを掴み取ると、キャップを開けてアクセルの踏み台に置いた。


 足元が灯油に浸っていくのを見た後、セナはモービルか飛び降り、そのまま車体に向けてトリガーを引く。

 灯油で満たされたモービルに火が燃え移り、炎を纏ったまま加速していく。

 無人の燃え盛るモービルは、やがて宮殿の階段を駆け上がり、入り口前でエンジンに引火して爆発した。

 耳をつんざくような爆音──降り注ぐ砂埃と瓦礫を避けながら、セナは大穴の空いた宮殿内部に足を踏み入れる。


 白と金で構成された宮殿内は、爆発により真っ黒な瓦礫に溢れ、酷い有様になっていた。

 入り口前で警備していた粛清者たちは、爆発に巻き込まれ、瓦礫に押し潰されいた。


 セナは死体を下敷きにした瓦礫を通路代わりに踏み越えながら、総統室に向かう。


「止まれ!反逆者セナ!」


 壁際から何人もの粛清者が飛び出してこちらに銃口を向ける。

 待ち構えていたのか──セナは腕を交差させると、ターゲットを捕捉して撃ち鳴らした。

 敵からの弾道に身を翻して避け、トリガーから指を離すことなく粛清者たちを一掃していく。

 セナはやがて、総統室の扉の前に立つ。いつものようにノックもドアノブを握って開けることはせず、乱暴に足の裏で蹴破った。そのまま扉付近で待ち構えていた使用人を撃ち抜いた。


「随分な入室だな、セナ」


 レジーナは玉座に座っていた──その手には、ガンフェルノが握られている。

 その余裕な態度にセナは苛立ちながら、銃口を向ける。


「お前の独裁は終わりだ。これより自由な世界へと生まれ変わる」


「自由な世界──か」


 レジーナはゆっくりと玉座から立ち上がると、ガンフェルノの銃口を指先で撫でながらセナを睨みつける。


「この国は、かつて自由だった。その結果、様々な思想や恋愛観が生まれ、人口減少に国は傾き、一度は滅びかけた」


 互いに銃口を向け合い、トリガーに指をかける。


「父の遺した正常性規範法は、少数派を排して思想を統一することで幸福を生んだ──それでも、悪法だと思うか?」

「お前はクロエを殺した」


 セナには、国の在り方が正しいかとか間違っているだとか、どうだって良かった。

 ただ、最愛の人を残虐に殺した女に復讐するために、ここに立っているのだ。


「そんなに私が憎いか」

「憎い」

「嫌われたものだな」


 レジーナは苦笑したかと思うと、ガンフェルノを撃ち鳴らした。

 セナの耳元を弾丸が通り抜けた──彼女も、すぐに反撃のショットを放つ。

 レジーナも瞬時に身をかわす。跳弾した弾丸は紅茶セットに当たり、茶葉とお湯が飛び散る。

 セナはガンフェルノのギアを「Mode:Inferno」に切り替えて、テーブルに火をつけてレジーナに向かって蹴り上げた。テーブルは火を纏ったまま彼女の方に倒れ込む。


「きゃっ──」


 膝をテーブルにぶつけたレジーナが怯んだ隙を見逃すはずもなく、セナはすぐさまギアを戻して彼女の右肩を撃ち抜く。


「うぁっ……!」


 彼女の持つガンフェルノが飛ばされ、室内に深い音を響かせながら床に落ちた。

 拾い上げる間も与えず、レジーナの眉間に銃口を突きつける。


「総と──」


 セナは怒りを込めながら、トリガーの指に力を込める。


「──レジーナ。お前を粛清する」


 レジーナは目を見開き、セナの私怨に燃える瞳を見つめた。


「セナ。やっと、名前で呼んで──」


 放たれた弾丸は、レジーナの額を貫く──そのまま背後の肖像も同時に撃ち落とした。


「はぁ、はぁ……」


 どす黒い煙を吐き出すテーブルにより、呼吸が荒くなる。

 やった、討ち取った。クロエの仇をとった。

 セナは安堵のため息をつこうとして、息が止まった。


 仰向けに倒れるレジーナの軍服から出てきた一冊の本に目を落とす。

 その本の表紙は、セナの脳裏がよく覚えていた。

 寄り添う女性がプリントされた小説──『カラーパープル』だった。母の、そしてクロエの愛読書。


「なぜ、これを──」


 よからぬ考えが頭をよぎり、すぐに振り払う。

 テーブルを燃やす炎はやがてソファやタンスに燃え移り、部屋全体に燃え広がっていく。


 セナはレジーナの死体から目線を外し、宮殿を走り抜ける。

 宮殿の周囲には、破壊し尽くされた建物を眺める人々の姿があった。その目線は、セナに集中している。


 彼ら彼女らを眺めながら、ゆっくりと口を開く。


「本日をもって、この国は自由に生まれ変わります」


 胸に手を当て、ぎゅっと握りしめる。

 クロエの顔が思い浮かんだ。


「その自由とは、愛する自由。誰を愛するか、どのように愛するかは、国家や他人が決めることではない。私たち自身が選び、決めることです」


 彼女との日々を思い起こす。

 この法律によって狂わされた運命。

 奪われた愛。

 同じ過ちを、繰り返すわけにはいかない。


 セナは人々に向かって手を広げて、叫ぶ。


「あなたたちを支配する、危険な書を今すぐ手放してください。そして、愛する人の手を握ってください!」


 人々は胸元から取り出した本を投げる。

 正常性規範法の教材、自由な恋愛を否定した本や小説は、山のようにセナの前に溜まっていく。

 そして躊躇いがちに、人々はそれぞれ愛する者同士に手を重ね合わせ始める。


 同じ性を持つ者。

 血の繋がりのある者。

 国境の違う者。


 レオとユイの姿もあった。

 彼ら彼女らは手を繋ぎ、または愛おしそうに抱きしめ合った。


 セナはその姿を静かに眺めた後、宮殿の階段を降りて山積みされた本の前に立つ。


「これからは、私が皆さんを先導します。愛する自由のために、戦いましょう」


 自由のためには、あらゆる規制から解き放たれなければならない。

 ゆっくりと空を仰ぎ、最愛の人に想いを馳せる。


「そのために、自由に反する者は──」


 本の山にガンフェルノを向け、トリガーに指を乗せる。

 クロエ──あなたが望んだ理想郷を、実現してみせるから。



「──粛清する」



 セナはトリガーを引いた。



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粛清者 イカクラゲ @akanechankonabe

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