第2話 Obéissance
なにかを手に入れたい。自信とか学力とか美しい容姿とか、そんな上辺だけのものではなくて。形はあってもなくてもいい。死ぬまで飼い慣らせて、あたしの小さな手の中に収まってくれるなにか。
休みの日はそういったことばかり考えて、一日中何もせずにいる。退屈だ、刺激が足りない。
BSで夜十二時に放送しているアニメのヒロインは、いつだって傍若無人だ。あの世界はなんでも彼女の思いどおりになるんだって。あたしもそんな力が欲しい、いや、思いどおりになるものが一つあればいい。一つ。何か、誰かが───────
そんなことを思いながら携帯を見ていたら、この前コンビニで話した先輩から電話がかかってきた。暇なら話そうということ。まあやることなんてないし、付き合ってもいいかと電話を取る。
彼は佐藤蓮というらしい。生意気だが、佐藤と呼ぶことにしよう。
「エリカちゃんは彼氏とかおらんの?」
困る質問が来た。あたしは彼氏などいたことないし、それどころか告白ってもんを、されたこともしたこともない。
「いたことないかなあ」
ふーん、といった反応の後数十秒の沈黙が続き、佐藤は気になる人が何人かいるとか、そのうち一人が重たい人で大変だとかなんだとか、色んな話を聞いた。
電話が終わったあとはまた自分の叶うことの無い欲求ばかり頭に浮かんできた。
何も得られないのならせめて全能感とかいうものが欲しい。世界はあたしを中心に回っている、この世の全ては自分で手に入れられる、誰でも支配できる───────でも、そんな錯覚ができるほどあたしに自尊心はない。
この街に移ってからというもの、人間の面白さが分かってきたような気もする。私の生まれはそこそこ栄えている都市という感じで、道行く人は洒落た喫茶店か古着屋か大きな商業施設の話ばかりしていた。この街はどうだ、四丁目の旦那が不貞だとか、あそこの少年は小三で初めてのキスをしたとか、近くにあるホテルの客層がどうだとか、とにかく下世話な話が多い。でも、聞き耳を立てて心の内で冷やかすぶんには面白いじゃない。噂話の主人公にはなりたくないけれど。
性欲に屈することへ抵抗がない者を見る度、どこからともなく奇妙な無力感が溢れてくる。だってそういう人って不健康。なのにその健康でない享楽を謳歌しているようにみえる。あたしには、手垢のついた体じゃ生きていられる気がしない。
また変なこと、考えてるなあ。そうか、これは妬みだ。あたしなんかを抱ける男など居ないだろうし、どうしてか性に対し忌避感を持っている己が悪いのだ。そう、ただの嫉妬、たぶん。
Et pourtant 蘇芳 @07KirRoyale
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