第1話 伯爵令嬢婚約者の身辺調査


日本人街と言ってもここは日本ではない

ならばスリってものは日常茶飯事で今日も今日とて財布を盗んだ犯人を追い回す

「待て!そこの君!財布返してくれたら許すから!警察に出さないから!」

そんな言葉で止まってくれるなら最初からスリをしてないと理解しつつ、必死に追いかける

入り組んだ路地を走り続けてどんどん入り組んだ所に入っていく

(埒が明かないな、何か大きな一手を出したい……)

犯人は今も尚前を走り続けているが速度は落ちている

人間たるもの限界というものはあるので体力切れであっさりと決着は付いた

「お財布の回収完了!君は……放置でいっか」

ご機嫌で立ち去る私を犯人はしばらく唖然とした顔で見つめていたが、回復したのかどこかへ走り去って言った

「今日の依頼で稼いだお小遣い、何に使おうか!」

ルンルンで街を歩いて屋敷へ帰る

本来なら食事も物品も何も要らないのだが娯楽としてはかなりいいものだ、食事は特に

「霊河に頼んでクッキーか何か焼いてもらおうかな!」

それには薄力粉とバターと何が必要だっけと考えながら歩みを進める

食用品店で思いついたものを買う

飴を入れてステンドグラスクッキーにしてもらおうと思いつき思わず微笑む

早く帰って作ってもらおう、その思いが強くなり少し駆け足で道を行く


屋敷に付くと玄関で霊河のお人形さんが掃除をしていた

こちらを見あげる顔は可愛らしいが頬の一部がかけていて中の空洞が見える

ちょっと不気味だなと思いつつ話しかける

「君のご主人何処にいるかな、頼みたいことがあるんだけど」

お人形さんは数回瞬きした後ゆっくり歩き始めリビングへ向かおうとした

お人形さんの足では少々遅い、そう思うが早くその子を抱き上げ指さしで場所を教えてもらう

廊下を抜け階段を登りバルコニーへ出た

霊河はバルコニーで育てている花を使ってリースを作っていた

「ただいま霊河。頼みがあるんだけどいいかな」

お人形さんに礼を言って降ろすとトコトコと元いた場所へ歩いていった

「あら、探偵さんお帰りなさいませ。頼みとは……あぁ、おやつでしょうか?すぐご用意しますよ、何にしましょうか」

穏やかに微笑む彼女は手に持っていた薄力粉と飴の袋を見て察したようだ

「うん、作業中にごめんね。ステンドグラスクッキー作って欲しくって」

微笑みながら返すといえいえと首を振って了承した

「すぐに作ります、作業も終わったところでちょうど良かったです」

そう言い1回のキッチンへ降りていく

リース作りは霊河の趣味の1つで植物が大好きな彼女らしい

クッキーができるまで事務所に戻って次の依頼を待つかとのんびり考えながら1階へ降りていく


依頼なんて数日に1つ来れば良い方、来てもせいぜい脱走したペットや浮気調査くらいだ

今日来た依頼も脱走した牛を牧場へ戻す仕事だった

体力と足の速さには自信があるが、動物の力を少し舐めていた。

あいつらのど突く力めちゃくちゃ強い

ど突かれたところを擦りながら自分も弱くなったなぁとため息つく

すると玄関のベルが鳴り新しい依頼がやってきた


入ってきたのは優しげな目をした初老の紳士、きっちりスーツを着ており腕時計と底の厚い革靴、かなりの身分に見える

「こんにちは、ここは探偵事務所です。ご依頼でしょうか」

正直身分の高い人間は苦手だ。

高飛車な態度は昔戦争をしたあいつらを思い出す

「……依頼もなくこんなところを訪れません。探偵さん、調べて欲しい人が居ます。調査依頼、受け取ってくれますか?」

最初の一言でかなりイラッとしたが一応頷く

「構いませんよ、どなたを調査しましょうか」

紳士は鞄から茶封筒を取り出しこちらに差し出した

「この人物です。私の娘の婚約者です。」

封筒の中には数枚の書類

サリングエルラ・リッカルドという名前の青年

茶髪の白人、オリーブ色の目をしている

一見では優しそうな青年と言ったところだ

紳士は続ける

「この者はサリングエルラ・リッカルドという名で、他国の貴族です。娘がこの者を気に入り婚約をする予定ですが、少し心配なので身辺調査を依頼しに来ました。」

なるほどと頷く

次の書類にはリッカルドの住所、電話番号等々が書かれており一応調査ができるくらいの情報はありそうだ

「わかりました、受けましょう。」

その答えを聞いた紳士は頷く

「かかる費用はこちらが持ちます。無事に依頼を終えたら報酬は言い値で出しましょう」

その言葉に心の中でガッツポーズする

依頼条件を書いた書類にサインをしてもらい紳士を一旦帰らせる

一息ついてソファーに座るとさっきは気づかなかったいい匂いがする

「クッキーできたなかなぁ」

その匂いに誘われるように事務所を抜け出した


「あっ探偵さん!ちょうど焼き上がりましたよ!もう少しお待ちを、お皿に盛り付けますので」

いそいそとまだ熱いであろうクッキーを並べる

「できました!少し焦げてしまっいまして……」

申し訳なさそうに言い淀むが炭になっていないなら食べれる

「大丈夫だよ、とても美味しそう!」

並べられたクッキーに開けられた穴に入れられた飴が照明の光を返して輝いている

1つ目を頬張りうっとりしているとドアの開く音がした

間城が学校から帰ってきたのだ

お皿の上に並べられたクッキーを凝視して固まっている

それに気づいた霊河は小さいお皿を出してアイコンタクトを送ってくる

小さく席をずらし、手招きをする

「間城、お帰りなさい。食べたいなら素直にいいな」

笑いながらそう言うと間城は恥ずかしそうに目を逸らす

ここに来た時からそんな感じだ

なんだか警戒されているのか単に人見知りなのかが分からない

硬い表情を浮かべながら鞄の持ち手を握りしめている

霊河がお皿に何枚かクッキーを乗せてそっと間城にわたす

「ありがとう……ございます……」

小声で呟くように言うと静かに部屋を出ていった

「ごめんなさい、もう一度ちゃんとお礼を言うよう伝えておきますので」

霊河は頭を下げて少し寂しげに言った

「まぁ、構わないよ霊河頭上げて」

全く気にしてないと言えば嘘になるが間城にも理由があるのだろう

それより伝えなくてはいけないことがある

「霊河、私明日から他国へ調査に行ってくるよ、どれくらいかかるか分からないから事務所の管理を頼んでもいい?」

霊河は少し驚いたあと寂しそうな表情を浮かべてから笑顔になった

「ご依頼ですね、わかりました!他国まで行くのですね。どうかお気をつけて」

優しく微笑むも寂しさは抜けきっていない

それに気付かないふりをして返す

「うん、ありがとう」

食べきったお皿を運んでいく背中にありがとうとお礼を言う

振り返った霊河は少し頭を下げキッチンへ消えていった


翌朝出かける用意を終わらせ玄関を出ようとすると誰かに靴を引っ張られた

振り返ると昨日道案内をしてくれたお人形さんだ

口に細かいクッキーの粉がついているが欠けた頬から見える身体の中にはクッキーなんてどこにもない

ほんとに不思議な生体たと思いながら抱き上げる

「どうしたの?もしかして御用かな?」

そう問いかけると彼女は背中から袋を取り出して渡してきた

昨日のクッキーが数枚とチョコが何個か

「もしかして用意してくれたの?」

彼女はこてんと頷く

クッキーの一枚が少しかけているのは彼女がかじった跡だろう

そのクッキーを取り出してお人形さんに渡す

「君のご主人にはナイショだよ」

そう言い微笑むと彼女はクッキーを齧りながらニコリと笑い頷く

「それじゃ、行ってきます」

玄関を開けた外は穏やかな風が吹いていた


国境を越え書かれた住所の近くで宿を探す

貴族という事もありここら一帯はサリングエルラの土地らしい

各地で市場が開かれ人通りの多い大通りから物静かな路地裏まで細かい細工の入った柱や窓を見て繁栄の様子が伺える

国家が優秀なのか貴族が優秀なのかと考え街を歩く

依頼主である紳士の名前聞き忘れたな、なんて考え渡されたコインやお札を数える

どうにか宿を見つけ泊まるための書類にサインをしようとして気がついた

『リッカルドホテル』

敵の本拠地を早々見つけたようだ

周囲にここ以外、と言うよりかは領地内に宿泊施設はここしかない

つまりは市場を独占して儲けているのかと考えつく

ここらはこの国内でも有数の観光地がある

エメラルドグリーンの綺麗な海から一面に広がる花畑、川やら滝やら洞窟やらとにかく水辺の観光地が多いのが特徴だ

それなら渡された金額がかなり大きいのも頷ける

(観光客を装い詮索しろ、と言ったところか)

部屋に案内される道中で施設内の様子を伺う

豪華な服を着た貴婦人紳士から軽装に身を包んだ少年少女、

客層はかなり広そうだ

そんな中案内されたのは中等の部屋

宿泊するには問題ないほどの広さだが住むには手狭すぎるそんな部屋だ

荷物を下ろし一息つく

(少し周囲の観光しつつ、評判を聴いて回るか)

服を探偵服から華やかなワンピースに着替える

ハンドバッグに必要最低限だけを持ち街へと繰り出した


最初に向かったのは行きにも目に付いた市場のある大通り

活気溢れる露店を眺めながら話せそうな人を探す

特産のフルーツを使ったドリンクを売るご婦人を見つけ飲み物を買いつつ話しかける

「この街はとても賑やかですね、素敵です」

「あら、ありがとう!この街は観光が盛んだからいつも人で溢れているわ!」

しばらく談笑を続けて本題に入る

「……そうなんですか!そんな場所が、、!領主様はこの土地をよく理解しておられるのですね」

そう伝えるとご婦人は曇った顔をした

「……そう、そうよね、えぇ、素敵な方です」

そして1度俯き、決心したように小声で囁く

「ここだけの話ね、領主様あまりいい話を聞かないのよ」

「と、言いますと?」

しめしめと話を進める

「他国の貴族の娘さんと婚約をされてるらしいのよ、でもその娘さんを捨てて娼婦さんをお嫁にとろうとしてるらしいの」

貴族の娘さんはきっと依頼人の娘であろう

なるほど、つまりはその娼婦さんについて調べろと

なんとも回りくどい。

「好きになったのは仕方ないのでしょうけど、さすがに娘さんが可哀想なのよね……」

ご婦人は物憂げに目を伏せる

正直もっと詳しく聞きたいが怪しまれても困る、

お礼ともう一杯買って立ち去った

次のターゲットを決めようと大通りを進んでいくとお喋りをしている叔母様方が居た

近くの露店で軽食を買い不自然にならない距離で耳を立てる

「ーーーで、聞いたかしら、領主様の婚約者の話」

「えぇ、聞きましてよ。他の貴族を押し切って婚約まで行ったのになんともあっさり……」

「そのうえ、新しい婚約者は娼婦ですって……」

話の内容は先程のご婦人と変わりない

(これは夜になってから動くべきだな)

食べ終わった袋を手の中で握りしめ先程ついでに教えてもらった穴場観光スポットへと足を進めた


時計は夜の10時を指していた

まだまだ夜はここからという時間だが隠し事や裏取引にはもってこいの時間

足音を忍ばせてホテルの館内を歩いていく

予想以上に館内は広く部屋数も多い

しかし、1階ロビーの奥に探していた部屋はあった

だいたいこういったホテルには従業員や主人の部屋がついている

多くの場合、支配人は最上階、従業員は1階なのだが珍しく1階にあった

部屋の前、ドアに耳を立てる

「…………あぁ、わかっている、あの娘との婚約は切るつもりだ。その代わり……あぁわかっているさ」

聞き取りやすい落ち着いた声をしている

どうやら電話で会話をしているようだ

相手は噂の娼婦だろうか

「……あぁそれで、約束してくれるだろうか、ちゃんと息子のことは隠してくれると……あぁ、わかってる金は用意する」

息子……確かに貴族の立場である以上娼婦との子供は望ましくない

その子を隠す為にその娼婦と結婚をする……

娼婦はどうやら本気でリッカルドのことが好きなようだ

およそこのタイプの女性は数年後に我慢できなくなり息子の存在を世へ流す

行く行くは破滅か、なんて考え次はその娼婦について調べるために1度部屋へ戻ることにした


翌朝、昨日と同じように大通りを歩いていると人だかりができていた

人だかり、と言うよりかは誰かを避けるようにして集まっていた

その中心には絢爛豪華なドレスに身を包んだ綺麗な女性

周囲の反応として将来貴族の仲間入りを約束されている娼婦

つまりは件の娼婦だ

向かう先は私の出てきた建物

貴族経営のホテル

娼婦の顔が知れれば早い

娼館で名前を聞き熱心な客を装い彼女について調べる

どうやら少し前の戦争時に夫を亡くし娼婦となったようだ

領主とは幼馴染であり、学生時代は同級生

長く片思いをしていたが身分の差が有り婚約をできないまま時が流れたらしい

その事を手紙に纏め依頼主に送る

翌朝には速達での返事が来ておりこれ以上の調査は要らない事を伝えられた


その日の午後に依頼主の屋敷に呼び出され依頼料を受け取る

そこでようやく依頼主の名前を聞いた

依頼主の名前はサン・ボニファー・オベルト

首都近郊の貿易港を治める貴族だった

追い出されるように屋敷から追い出され、今後の依頼は受け付けない決意をしたが嫌な予感を感じ大急ぎでリッカルドホテルへ走り出した


夜、およそ午前1時

リッカルドホテル支配人の部屋に忍び寄る男が1人

ベットの上で眠る支配人に隠し持ったナイフを振り下ろす寸前、影から飛び出してそのナイフを弾く

怯んだ隙をみて壁まで蹴飛ばしサイドテーブルに置いておいたランタンに火をつける

ランタンの明かりに照らされ暗闇から姿を現したのはオベルト伯爵だった

「オベルト伯爵、どういうつもりですか」

嫌な予感は当たっていた

リッカルド支配人も目を覚まし青い顔をしている

オベルト伯爵はリッカルド支配人を睨みつけたあと怒鳴る

「此奴が……私の娘を産ませた癖に、婚約を破棄するとほざくから……!!」

息を切らしながらそう言うと落としたナイフに手を伸ばし再び切り掛る

それを何度か弾き返し手から落ちたナイフを回収し取り押さえる

リッカルド支配人の言っていた「息子」はオベルト伯爵の娘との子供であった

娼館で話を聞いた時件の娼婦は長期的に休んでいた話も妊娠していた話も聞かなかったことで予想は付いていた

手足を縛り未だ怒鳴り続ける伯爵をなだめ和解を促すつもりで振り返った時

支配人はこめかみに銃を突き付けてきた

怒りに満ちた表情で無言でこちらを見てくる

大人しく手を挙げてその場に座る

「よろしい、そこの私立探偵から話は聞いています。オベルト伯爵、この事が世に知れ渡ったら貴方の地位や名誉がどうなるか、わかってますよね」

しばらくの沈黙の間2人は睨み合う

すると支配人は、リッカルドは足で秒を刻んだ後オベルト伯爵に向かって銃を放った


日が登り新聞の一面には他国のオベルト伯爵が殺それたニュースが書かれていた

事情聴取から放たれようやく帰ってきた屋敷でそのニュースを眺める

伯爵を庇おうにも間に合わずリッカルド支配人から銃を奪おうにも手段がない、守れなかったという事実が後ろ指を差すが過ぎたことは仕方ないと朝食のパンをかじる

新聞を読みながら朝食をとっていた間城がこちらを見て聞いてくる

「伯爵が殺された時、あなたは隣にいたんですよね……」

「あーうん、そうだけど」

「……よく普通に生活できますね……」

新聞を畳んで料理の乗ったお皿に目を落とす

「……うん」

気まづい朝食はしばらく続いた

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日本人街在住私立探偵 闇猫zero @yaminekozero

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