おめでとうは、まだ言えない。

三葉ナナ

おめでとうは、まだ言わない。

 ふわりと揺れる、白色のドレス。ヴェールの中で微笑む君の隣に居るのは、僕じゃない。


 「私、結婚するんだけどさ。友人代表スピーチやらない?」

 その瞬間、時間が止まった様だった、だなんていうことは、一切なかった。

 君に彼氏がいることは知っていた。大分長い間付き合ってることも知っていたし、同棲してることも知っていた。

 だから、すんなりと受け入れられた。

「そうなんだ。うん、いいよ。やる」

「ほんと?ありがとう」

 正直に言うと、複雑だった。10年、20年以上の片思い。君の初恋は叶わないよって突きつけられるようで。ずっと知っていたはずなのに、ずっと諦めていたはずなのにね。

 それでもうんと言ったのは、「複雑」の中に「嬉しい」が入っていたからだろう。

 たとえ、恋愛の枠じゃなくても。友人という枠の中でも、君に選ばれた事が嬉しかったのだ。

「折角だから、君が思わず泣いちゃうようなスピーチにするよ」

「なにそれ、期待しとくね」

 この日おめでとうを言わなかったのは、式の日までとっておこうと思ったから。それだけだ。


 「お次は花嫁様のご友人からの、友人代表スピーチです」

 スピーチの内容は、よくある一般的な言葉だ。それでも定型文とかは使わずに、全部自分で考えた言葉だ。

「ーーさんとは幼なじみで……」

 スピーチは順調に進んでいた。元々発表などは得意な方なのだ。いつもスラスラと話すことができる。

 なのに。

 なのに、今日は綺麗に話せないんだ。

 いつもみたいに話したいのに、嗚咽が止まらない。

 世界が滲んで、書いてきた手紙が読めない。

 なんで、僕が泣くんだよ。泣かせてやるって言ったじゃないか。

 君は、全然笑っているぞ。

 頭を占めるのは、感動とかじゃない。

 苦しさだ。

 わかっていたんだろう。もう、諦めていたんだろう。

 この初恋は、この片思いは、もう終わらせられたと思っていたのに。

 なんで、今出てくるんだよ。

 僕が思いを伝えていたら、君の隣にいるのは僕だったのだろうか。

 スピーチの最後で言おうと思っていた「おめでとう」は、言えなかった。

 僕はまだ君の結婚を祝えない。

 僕が後悔をしているうちは、君たちの結婚を祝えない。

 だから、今は祝いの代わりに願いを言おう。

「君が、幸せになりますように。」


 拝啓、君へ。

 僕は、まだ君におめでとうは言わない。

 僕は、まだ君におめでとうを言えない。

 かかる時間はきっと少しじゃないけれど、待っていて欲しい。

 この恋が思い出になったら、君におめでとうを伝えよう。

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おめでとうは、まだ言えない。 三葉ナナ @mituba_7

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