好きな女の子に告白する話

有瀬明奈

君が好きなんだ

告白

 中学3年。修学旅行の最終日だった。

 場所は沖縄、那覇市内の繁華街で人気の観光地として知られた──国際通りという場所に来ていた。


「お前、アイツにあげへんの?」

「は? ……なにが?」


 ちょうど、買い物をしていたとき。

 悪友である、柊悠ひいらぎゆうが突然俺の肩をたたいて要領の得ないことを言ってきた。


「そんなの決まってるやん」


 、と気味の悪い笑みを零す。


「はぁ、だからなんだよ」

「昨日言ったこと」

「なにそれ? 覚えてない」


 とはしらばっくれたものの、俺自身コイツが何を言っているのかはもちろん理解していた。


 昨日の民泊でのことだ。


 5人で今から寝ようとなっていた頃だった。柊が恋愛話をしたいと持ちかけてきたのだ──いわゆる恋バナというヤツで、もちろん修学旅行と言えば男女問わずどちらも恋バナをするのが恒例行事となっているのだろう。誰がこんな文化を作ったのか、と思いはしたが俺もそれなりに好きなので人のことをとやかく言えない。


 柊は布団にくるまりながらこちらを見て言ってきた。


「お前ら帰ったら告白せん? もう中3やしさ、ここでやらんかったらヤバいって!」

『だるいって、それは!』


 俺たちは声を合わせた。

 ヤバいとは一体どういうことだ? 抽象的過ぎて何がヤバいのかもわからないのだが。


「はぁ、ビビんなって!」

「そりゃあ、ビビるでしょ」


 もう、お互いの好きな人を知っている状況で隠し事はなしのイーブンな状態だった。恋バナはどうせするだろうなと予想はしていたが告白しようなんて話は想定外だったので面食らってしまうのも無理はない。


 好きな人、か。


 そんな俺──和宮蒼汰かずみやそうたにも想い人がいるわけで、隣のクラスで同じ部活、そして塾も一緒の山下茜やましたあかねという子だ。


 特徴は長髪の黒髪で、運動が得意。

 それ以上に波長が合う感覚に居心地の良さを感じていた。


 あの子のことを考えるだけで胸の拍動が速くなる気がする。ましてや『告白』と聞くと心臓が締め付けられる感じがして、とてつもなく緊張してくる。もしかしたら、修学旅行ブーストなるものなのだろうか? そのせいで普段よりドキドキ感が増しているに違いない。


「告白はキツいな、したことないから」


 俺はそう返す。

 他の友達もそれに頷いている。


 中学生の悪ノリとはいえ、その場の雰囲気で告白しようぜ、なんてあまりにもリスキーというか心の準備が出来ていないというかノリで決めるものじゃない。告白した経験がないからわからないけどもっとこう、ちゃんと対策を練ってするものなんじゃないかとは思ってしまう。


「だからすんねんって。思い出」

「マジで言ってる?」

「ガチ!」

「えぐいなー……」


 俺はそのまま毛布を被り、天井を見上げた。

 胸に手を当ててみる。


 自分でも恋バナをするのはいかにも青春って感じがして、楽しいのは山々だったし人の恋話を聞くのは面白かった。けれど、いざ告白するとなると話が違ってくるわけだし動揺しないはずがない。

 振られたときのことが脳裏を過ぎる。人間、大きな行動に出るときは大抵失敗の未来を想像してしまう。失敗と成功を天秤にかける一か八かの危険性を伴うくらいなら現状維持を選んでしまうのが人間の性なのである。絶対に成功するようなイケメンであればそんなことには陥らない。ただ、常人の俺には成功の未来を考えるといったポジティブな感情は持てずにいた。


 結局、その後どうなったかと言うと、最終日の国際通りの自由時間のときにプレゼントを買って、旅行が終わってから告白しようという流れになったのだ。


 まじで、とんでもないことになった……。

 破茶滅茶だ、これは。


 そういう背景があり今に至っているわけで。



「それで、蒼汰は何あげんの?」

「今見てるところ。あんまりセンスないし何あげれば良いかわからんけど……」


 目に入った物を手当り次第吟味していく。


 国際通りは色々なものが売っているため何をあげれば良いのか迷ってしまうのが玉に瑕だ。食べ物とかは絶対に違うとは分かっているのだが、指輪もキモイし重いだろうと思ってやっぱり敬遠してしまう。


「どうしよっかな」


 隣の柊も苦戦しているように見えた。


 外野球をやっていて陽キャな割には恋愛に置いて案外手堅いのも面白い……体の大きさと心の大きさはどうやら比例しないようで、こういったことには慣れているのかと思いきや彼女はいたことがないらしく、コイツも緊張しているぽかった。


 そんな柊を横目に次々と手に取る。



 ──オリジナルTシャツ?

 いや、違うな。


 ──オルゴール?

 センスのベクトルがおかしいだろ。


 ──ウォータードーム?

 悪くないけど、なんかなぁ。


 うーん、これも──ちがっ、


「…………おっ!」


 お店の中の回転ラックに手を伸ばし、ひょいと手の平に置く。


 特に目立った場所に配置されているわけでもなく別段目立った商品でもなかった。

 値段的な観点から考えても、いかにも中学生らしいといえば中学生らしい背伸びし過ぎない身の丈にあったものだ。


「…………俺、これにするわ」


 そう言うと、


「まじかよ! じゃあ、俺もそれにするわ」


 柊も追随して手に取る。


「パクんなよ」

「パクってないわ」

「嘘つくな」

「いや、俺も手に取ろうとしてた」


(……はぁ、)


 ……まぁ、良いが。一応告白を先に控えている仲間なのだからこれくらいは許そう。別にここで謎に張り合う必要もないしな。


 そんな冗談を交わしながら俺たちは会計へと足を運んだのだった。





 ◈ 告白の時



 ついに修学旅行が終わり、告白する組は互いの健闘を祈りあった末、そのまま別れた。



『(蒼汰)塾7時から始まると思うけどその前に会いたい』

『(茜)え、うんいいよ。どこで?』

『(蒼汰)塾の近くの公園で良い?』

『(茜)わかった』


 プルプルと小刻みに震える手を抑える。

 ああ、本当にやってしまった。


 当事者である俺もここで逃げるわけにはいかなかった。ちょうど、運良く今日塾の授業があるということで事前に会う約束を取り付けた。


「……蒼汰?」


 すると、後ろから聞き覚えのある声がした。

 バクバクと拍動が強まる。


 ──茜だった。


 6月というだけあって涼し気な服装しており、肩にはおおよそ塾のテキストが入っているであろう鞄を掛けている。


「あ、暑いな今日。まじで汗だくなりそ……」

「……そうだね」

「座っていいよ」

「うん、ありがと」


 そう言うと、茜はベンチに腰を下ろす。

 少し微妙な空気が出来ているけれどそれを気にするほどの余裕はなかった。


 緊張しすぎて頭が真っ白になりそうだ。心臓の音聴こえてないよな、恥ずい。

 好きな子が隣にいるだけでこれほど気が動転しそうになるのか、プレゼンテーションの授業よりよっぽど緊張する。


 いつあの時がやってくるのだろう。

 ……1分後? 3分後? 5分後?

 告白した後はどんな風になっているんだ。


 考えるだけ無駄だとは頭で理解していてもやっぱり考えずにはいられないし、脳内はパニック状態に陥っていると言っても過言ではない。


(…………どうする、どうする)


(今日は告白やめとくか、いやでも……)


 脳内で葛藤していると、


「で、どうしたの? 急に呼び出して」

 

 いつもと違う雰囲気に違和感を覚えたのだろうか、普段学校での会話は俺がリードしていたのに反して今日は茜が沈黙を破る。


「ああ、悪い悪い」

「らしくないよ」

「いつも通りだけど?」

「それにしてはソワソワしすぎじゃないの?」


 おい臆するな、頑張れよ俺。


(ふぅ…………)


 呼吸を整えて。


「あのさ、」

「うん……?」


 自然と両手に力が籠る。


「茜が……」

「……うん」


 一拍の間を置いたあと。

 しっかりと視界に捉えて、想いを伝える。

 

「茜のことが好きです。付き合ってください」

「………………」


 どうせ振られておしまいだろう。

 そう、覚悟していた。


 ──けれど。


 茜は肩を震わせて、泣きそうで、でも嬉しそうなそんな表情をしながら、


「待ちくたびれた、もう……!」

「こちらこそ、お願いします……!」


 震えた声から聞こえてきた言葉は予想に反して意外なものだった。




 *




 どれくらいの時間が経っただろうか。

 彼女の頭が肩に乗っている。


 いつまでもこうしていたい。修学旅行が終わって少し寂しいようでその反面、告白が終わったことに対して安堵の感情が交錯する。


 6時49分


 6時50分


 6時51分


 それでも、無慈悲なことに時間というものは待ってはくれないらしく針は歩みを進める。


 ふと、彼女がこちらを見上げる。


「蒼汰?」

「なに?」

「すきっ……」


 茜はぎゅーっと、肩を抱きしめる。


「……えっ、急に」

「いいでしょ、付き合ってるんだし」


 ああ、きっとこの状況に浮かれているんだ。

 彼女も、俺も。

 

 そして、何かを欲しがるかのように蠱惑的な表情を浮かべて体をひっつける。


「もう、あとちょっとだけな」

「……うんっ」


 もう少しだけこうしていよう。

 今日くらい、誰も咎める人もいない。


 いつもとは違う夕焼けが2人のミサンガだけを煌めかせているような、そんな甘くて都合のいい解釈をしながら──


 俺たちはまた、唇を重ねた。

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