第2章 06 悪魔

「さぁ、皆! 早く蔵の中へ!」

「地蔵さまはご健在でしょう? 本当にメポラだったの?」

「分からぬ。しかし念には念を入れる。さぁ、早く入って」

「あぁ……もしや本当に”あの日の悪魔”が……」


「なぁメア」

「はい」

「悪魔ってなんの事だ? 言い伝え?」

「私もわかりません……ただ、私今、物凄く申し訳ない気持ちになってます……」

「俺も」


 蔵はそれほど広くない。それこそ村人全員で入ると、全員寝転がれはしない。皆が正座してようやく、ギリギリなんとか納まってる状態だ。


 村に怪物が来襲した、というのは、余程の緊急事態らしく、蔵の中の女性陣は、軒並み大粒の涙を流している。本当に申し訳ない。

 さて一方の男性陣は、皆一様に弓矢を携え、外への警戒を怠らない。無論、皆、連日の儀式のせいで寝不足の筈だ。何人かはうつらうつらの状態である。いや、本当に申し訳ない……。



「皆、おりますかな?」

「はい」

「そうか……いやはやメアさん、サエネさん、此度は誠に申し訳ありませんでしたな。我らの、地蔵さまへの信仰不足が為にこのような事に」


「い、いえいえいえ! やめてくださいよ! 皆さんは悪くない!」

「そうですよ!」


「ははは……なんとお優しい」


 違う違う違うんだよ! マジでやめて心痛い!


「村長……この際ですので、あの話を……」

「……うむ。そうじゃのう」


「ん?」


「御二方、これより、少し昔話を致します。この村に纏(まつ)わる、八年前の“悪魔事件”の全貌にございまする」


「悪魔事件?」


「この村周辺の森には、“メポラ”と呼ばれる液状の怪物が蔓延っている……この話は、以前お話した通りでございます」


「あ、はい」


「メポラには、様々な種族がございます。蛇、鷲、虎……その中には、人型のモノもございまして、とりわけ凶暴でございます。名を、ジャーポン」


「じゃーぽん……」


「ジャーポンは、人型ということもあり、我ら同胞に迫り、繁殖活動を執り行おうとする外道にございます。しかしながら、奴はこの村に侵入は出来ない。我が村には“お地蔵さん”がございますので」


「地蔵が護ってくれてんすね……」


 そういえば、そんな話もしてたな。ついでに雨も寄せ付けないとか……。水関連のものを寄せ付けない仕様なのか?



「お地蔵さんがある限り、我らの平穏も約束されている。そんな慢心が、地獄を生んだのです」


「地獄……っすか?」


「はい……ある日、地蔵が倒れてしまったのです」

「え」

「迂闊でございました……その隙を見計らって、奴は村に侵入。その周目は生憎の“ナガヨンバリ”でございました故、女性達は寝込みを次々に襲われました」


「……ひどい」


「悲劇は終わりませぬ。恐ろしい事に、ジャーポンに襲われた女性達は忽ち妊娠……僅か三日で臨月を迎えました」


「は?」


「……当然、生まれてくる子が人間(マトモ)である筈もなく……皆、怪物(ジャーポン)の容貌に酷似……彼らは、正しく忌み子でありました……」


「子供たちは……もしかして」


「皆森へ捨てました。彼らは憎悪の化身。村へ残す事など、全く有り得ないのです」


 気持ちは、分かる……が、う~ん……。


「それが、悪魔事件……って事ですか?」

「その通りでございます。この村の者は皆、あの日の出産の記憶に怯え、何人かはそのままこの世を去りました……そんなある日の事です。奇跡が起きたのです」


「奇跡?」


「とある女性が、副村長との子を身篭ったのです。誰もが妊娠を恐れ、子を避け、未来への希望を、失っていたにも関わらず……彼女は、愛の力によって、恐怖を乗り越えました!」


「へぇ……あ」


「その女性は、出産後直ぐにこの世を去りました……しかしながら、彼女の勇気と、そして深い愛情は、我らに希望を与えなさったのです。彼女の名は“サンマリー・ドゥペドゥペ”」


「女英雄の……あのお墓の……」


「えぇ。そして、その時に誕生したのがチョウでございます。それ以来、我ら村総出であの子を育て、早いものでもう七歳……あの子の成長と共に、我らの傷は癒えていきました……ゴホッゴホッ」

「村長……! 大丈夫でございますか?」

「あぁ……ゴホッゴホッ」


「だ、大丈夫っすか?」


「あぁ……少し休む。皆も、しっかりと休みなさい」

「はい」



 この村の安寧を脅かす、人型の液状生物(メポラ)……ジャーポンか。


 この案件、何だか引っ掛かる。そんな気がした。



「おはよ。メア」

「おはようございます」

「……あのさ」

「は、はい……!」

「昨日の、村長の話なんだけど」

「あ、はい」


「……俺、『フロップリズム』の話してるみたいに聞こえたんだけどさ」

「……私もです」


 翌朝、コーヒーみたいな飲み物を、朝食のついでに頂いた。それを飲みながら、昨晩の話を確かめ合ってみる。二人っきりでだ。篤さんも居たなら心強いのに。


 まぁともかく……ジャーポンは退治してやりたい。翠蓮やネロなら、液状だとか凶暴だとか、その辺も何とかしてくれそう……そんな気がしてる。


「早いとこ船長達と合流して……ジャーポン倒しに行こうぜ」

「さ、冴根さん!」


「え……な、なに?」


「私も、ほんっとに同じ事思ってました! エスパーですか!?」


「ふ、ふざけてる場合じゃねぇって……手離してよ」

「離しません」

「いや何でだよ」

「最近冷たくないですか?」

「そんな気分じゃないだけだよ」

「そうですか」


 メアは何だか空元気な感じがする。寝不足と重い話と……まぁ他にも、彼女なりの悩みが合わさって、最悪なテンションになっている。

 次に篤さんが戻って来るのはいつかなぁ……。やっぱ今度の“ナガヨンバリ”の日かなぁ……。

 それまでは、この村の役に立とう。限界まで。昨日迷惑かけた償い……あと、普通に、ココの為の労働は、悪い気がしないんだ。



「あらサエネさん? 休んでて良いのに……」

「いえいえ、手伝わせてください!」


「すまないねぇ、メアさんとこれでも食べてよ」

「わぁありがとうございます! メアもきっと喜びます!」


「ありがたやありがたや」

「そ、そんな大袈裟っすよ……あはは」



 さて、俺の生業は決して力仕事ではない。元気な内は良いだろうが、疲弊してきたらば、かえって邪魔になるだろう。


「サエネさん。こちらは大丈夫ですので……」

「あ、すみません……」


 言った傍からこの様だ……。情けなく、俺は木々の陰に移動し腰を下ろす。

 疲れは空腹に直結する。何か食える物はないか? 貰いに行こうかな……いや、皆は必死に働いているのだから、休憩貰ってる俺が堂々と搔っ攫っていくなんて……そこまで迷惑かけられない。


「あ、これ食えるヤツじゃん」


 木の幹に生えた怪しげな”キノコ”。一応食用。

 う~ん。しかしながらコイツ、カサよりも柄の方が太い、おまけに幹に深くまで根を張っている。本当にキノコか? いや違うかも。ゲーム機に入れて説明欄を見てみると、どうやらキノコじゃないらしい。説明欄には栄養素だとか群生地の名称は書いてあれど、キノコの別種だとかの、そういった文字は無い。


「まぁいいや食えるんなら。いただきまーす」


「あ! サエネさん! いけませぬソレを食べては!」


「え」


 副村長だ。余程大慌てで俺の手に収まったキノコを茂みの方へ払い除けた。


「あんな物食べては、忽ち死んでしまいますぞ?!」

「え、で、でも毒キノコじゃないっすよ?」

「いえ! 毒でございます!」


 え~違うのに……。現地であっても、間違った情報が流れてたりするのか?


「空腹でしたらコチラをどうぞ」

「あぁすいません、わざわざ……」


 果物か……。栄養偏っちゃうよなぁ……まぁキノコに栄養無いけど。


「副村長さん。ちょっと森に行きません? 結構食える物生えてるんですよ」

「ほぉ……あぁしかし、儀式の準備が……」

「あ、そっか……じゃあ次の”ナガヨンバリ”の時に行きましょ! そしたら儀式の準備ないっすよね?」

「はい。それでしたら。お供いたしましょう」



「あの副村長さん? ところで結局あの呪いって、誰に向けてやってるんですか?」

「決まっております……憎き悪魔、ジャーポン」

「あぁ……なるほど」


 それだけ言い残して、副村長はスタスタと儀式の準備に戻った。


 効果は分からない。しかし、気が静まるのは本当だと思う。どれだけ逼迫しているか、容易に分かってしまうのが尚も辛いな。

 本当に、ここの皆さんではどうにも出来ない程の怪物なんだ……。


 それにだ。被害者はこの村の人だけではない。森に捨てられた、幼い子供達もだよなぁ……。

 どうにか出来ないだろうか。そう考えてみるが、やはり俺たちだけでは無理だ。


「早くハコブネを探そう……」


 船長や翠蓮、ネロならば、その悪魔だとか呼ばれてる怪物を、どうにかしてくれるかもしれない。

 いつココを出発しよう。そんな事を考えながら、しばらくを過ごしていた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

ハコブネ~天才達が転生した舟~ @coffeeboy

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

フォローしてこの作品の続きを読もう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ