2話 星空観察会兼星占い体験会

 誰もいない夜の学校で行う、星空観察会。

 それは言い換えれば、まだ制服だけでは少し寒い、校舎屋上での、先輩との二人きりの密会。


 ……そのはずなのだが、僕にはまるで観衆に注目されているかのような錯覚を覚えずにはいられない。


 辺り一面に見渡す限り雲一つない夜空には満天の星がきらめいている。だからそう錯覚するくらいに、実に見事な星空だった。


「ちなみに北斗七星って、ここからどれくらい離れてるか知ってる?」


 先輩は器用にも僕に喋りかけながら、先輩持参の望遠鏡の準備を進めている。僕はその隣で屋上の床に腰を下ろしていた。


「さぁ? 想像もつかないです」


 頭の中で何となく形のイメージは出来ている。ひしゃくのような図形で繋がる、本来であれば夜空でひと際目立つ7つの星の集まりだ。


 ただ、今は頭上をあおぎ見ても視界すべてが無数の星だらけで、僕にはもはやどれが北斗七星なのかも分からなかった。


「光が1年かけて進む距離を1光年として、北斗七星はどれもだいたい100光年くらい先にあるらしいよ」


 光が1年かけて進む距離がそもそも僕には想像つかない。

 しかも、それが100年分?


 もはや理解させる気があるのか疑わしいくらいの途方さだ。


「なおさら想像がつかないです」


「そう? じゃあ見方を変えると、今ボクたちはちょうど100年くらい前の北斗七星の輝きを見てるとも言えるかな」


 今から100年前というと、1900年くらいか。

 ちょうど日英同盟とかの時期だっけ? などと受験勉強で覚えた知識を思い起こす。


「だいたい明治時代くらいですか?」


「違うよ、今から100年前と言えば大正末期だね」


「大正ってそんな前でしたっけ?」


「そうだよ。もう一世紀も前の過去の時代」


 平成の前である昭和、その更に前が大正時代。

 それが今から100年前とは、つくづく時の流れとは早いものだ。気づかぬうちに僕は、時の流れに置いてかれてしまいそうだ。


「大正時代。それはボクたちのじいちゃんも知らないような時代。その時に星から放たれた光を、今ボクたちは望遠鏡を通して見ようとしているわけさ」


 先輩は依然として望遠鏡をのぞき込んだまま、暗がりの中で何やら調整を続けている。


「そしたらさ、なんだか面白くなってこない?」


「なにがですか?」


「だって、今からボクがしようとしているのは星を使った占い、つまり未来に起こる出来事の予測だよ?」


 そういえば放課後に初めて会ったとき、先輩は占いするのが得意だと言っていた。


「星空がきれいすぎて、その話すっかり忘れていました」


「ダメだよキミ、大事なことを忘れちゃ。ボクの本分は星占い。望遠鏡を使って過去の光を見るのも、星占いの一環なんだから」


「すみません」


 星空観察会兼、星占い体験会。


 本来の目的を思い出したところで、望遠鏡に手を添えたまま先輩が顔だけこちらに向けた。


「で、ボクが言いたかったことを考えてごらんよ。星の光は過去。じゃあ占いは?」


「……未来?」


 先輩はさっきそう言っていた。


「そう。面白くない?」


 あー、なるほど。

 言いたいことが分かった気がする。


「星占いは過去の光を見て、未来を知ろうとしているってことが言いたかったのですか?」


「そういうこと。しかも鏡という、今この瞬間しか映さない道具を使ってね」


 過去の光で今を映し、未来を想う。


 そう聞くとただの星占いだというのに、何だか壮大な時間軸に思えてきた。


「……確かに面白いかもですね」


 先輩が暗がりでうっすらと笑みをこぼして、再び望遠鏡をのぞき込み始めた。


「でしょでしょ。だから、ボクはこうして高校では占い部として星占いを――裏では現代陰陽師おんみょうじをやってるんだ。キミは陰陽師って知ってる?」


「陰陽師?」


 陰陽師ってあの、昔の歴史とかファンタジーとかで聞く陰陽師のことだろうか?


「聞いたことはあります。あの、平安時代とかでしたっけ? 式神とかを操って、妖怪を倒す人とか」


「そうそう。安倍晴明が有名だよね。占星術を駆使して、未来を占ったり、誰かを呪詛じゅそしたり、あやかしをはらったり、そういう職業のことだよ」


 普通ならそんな馬鹿な! とでも思いそうなものだが、なぜか今の僕は先輩の正体に納得していた。

 先輩から発せられる胡散臭さの原因が分かった気がしたからだ。


「昔映画化とかされてませんでしたっけ? 僕が小さかった頃に母が良く見ていたような気がします」


 当時の幼い自分には映画の内容までは理解できなかったが、母が一時期熱心に追いかけていた。そのため陰陽師のイメージだけは今でも記憶に残っている。


「最近もまた映画化されたみたいだよ。色々とファンタジー要素があって、世間には面白いのだろうね」


「先輩も妖怪を退治したりできるんですか?」


 さすがに妖怪はこの世に存在しないだろうが、冗談のつもりで聞いてみた。案の定、先輩の乾いた笑い声が聞こえてくる。


「いやー無理。実のところ、陰陽師といっても過去に失われた術になっているものがほとんどなんだ。だから、映画に出てくるようなご先祖様と比べるとボクの場合は名ばかり陰陽師だね」


「そんな。実在してたってだけでも驚きですよ。母が先輩に合えば喜ぶかもしれないです」


 母親の表情が脳裏で思い浮かびそうだったのに、軽いもやがかかって鮮明には思い出せなかった。……どうしてだろう?


「ふふ。そうかもね」


 先輩のその言葉を残してしばし二人の間で沈黙が訪れた。

 もしかしたら、先輩の望遠鏡の調整が佳境を迎えているのかもしれない。


 集中しているところを邪魔するわけにもいけない。僕は再び取り留めもなく、星空を見上げていることしかできなかった。


 星空の下にいると時間感覚が分からなくなってしまうが、おそらくあれからしばらく時間が経っていたと思う。


「うーん、よいしょ」


 横で先輩が両手を上げて大きく伸びをした。


「さてさて、星占いの準備完了っと。今から君の未来について分かったことを教えてあげるから。まずは望遠鏡で星をのぞいてごらん」


「良いんですか? 何だかんだ楽しみかも」


 先輩の手招きに応じて望遠鏡に近づくと、大きい筒から小さく飛び出た部分を指で示してくれた。


「ここをのぞき込むの。調整がずれちゃうから、望遠鏡には触らないようにね」


「りょうかい、です」


 円状に開けられた穴に向かって、片眼を閉じて近づく。


「見えた?」


「んー」


 のぞき込んだ視界は真っ暗だった。望遠鏡が見ている先は満天の星空のはずなのに。


 もちろん、先輩がさっきまで頑張ってくれてたわけだから、調整は完璧なはずだ。


 のぞき方がマズいのだろうか? 

 試しにのぞき穴に対して視点を上下左右に変えてみる。ところが目の前は闇に包まれたままだった。


「いや。……何も見えないですね」


「ふーん。でしょうね」


 その時の先輩の声はこれまでと打って変わって、なぜだか僕には冷淡に聞こえた。


「どうしてですか?」


 望遠鏡に目を奪われたまま、不意に包み込まれるような感覚が僕を襲った。先輩が背後から僕の両肩に手を触れたようだ。


「……先輩?」


 僕の中で不安が急速に広がっていくにも関わらず、僕の眼は暗闇をのぞくことを止められない。

 耳元で先輩のささやき声が響いた。


「占いは未来を見通すもの。星の光は過去のもの」


 妙な胸騒ぎが僕の肺を窒息させていく。言葉が僕の口から出ないのを良いことに、先輩は一方的に語りかけてくる。


「ならばどうして、今を映す鏡に何も映らないのか」


 その瞬間、真っ暗だった僕の視界に先輩の瞳が大きく映った。


「だって、キミ。……既に死んでるんだもの」


 ……へ?


 死んでいる? 僕が?


「おやすみなさい」


 心地よく鼓膜に響いた先輩の言葉を最後に、僕の意識は消し飛んだ。

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星占い部の先輩と望遠鏡 冬凪てく @Fuyu_Teku

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