だから

対外試合という特別な環境、加えて八百長コート。

そんなやばい場所で行われた武道の殺し合い

勝った僕を迎えたのは、ただの静寂。

そして、相手の周りにはX館の人が集っては、彼を慰めていたり怪我の手当てをしたり、とそれはもう人の温かみを存分にまき散らしていた。


僕は理解した。もう居場所がないことに。

防具を付けたまま外に出ては、人気のない体育館の端に移動しては、ただ泣いた。

そうして、実感した。僕がしたのは組手じゃない、殺し合いだったと。


ただ泣いた。それはもうゲラゲラと。ゾーンに入ったおかげで性能以上に動かせた身体中のひどい痛みと心がなにかに満たされる、そんな充足感があまりにも嬉しくて。

やっと見つけた。この感覚だけが僕の傍にいてくれる。


幸福を身体中に、僕という存在全てに感じながら。


○○○


それから僕は、空手を辞めた。というより、止めた。

周囲からの視線が面倒だったこともあるがそれ以上にもう一度、あのような試合をしては、社会的にまずいだろうと、思ったからだ。


止める際、師範だけはそれはもう凄い褒めてくれた。武道を感じれたと。

なんでも師範は、戦争経験もある人だった。日本でも持っている人の少ない8段という凄い人。というか言葉で表現できない人。


あの試合に懐かしい武道の生臭さを感じ、閉会式の時も表彰され退場する僕を、

「橘くん、いい試合だったよ。ありがとう」と褒めてくれた。


N君は、型にのめりこむ様になった。何年かした後に聞いた話、あの試合の時には蹴りを放った後に肉が鈍い音を上げ、蹂躙されていくコートを見て、武道の本来あるべき姿、そして本質が殺し合いであること、それらすべてに恐怖して入れなくなったからだという。しかし、恐怖じゃ終わらないN君。影響を受けてか、メキメキと上達して全国に届くようになった。


僕に残ったのは、誰かと全てをぶつけて戦うこと、社会は闘争を許さないこと、そして自覚した僕という存在の本質。

空手がなくなってからは、勉強と筋トレにのめりこむ様になった。


○○○

4年のある日、学力調査?かなにかでテストを受けた。そして、保護者らと先生の飲み会で事件が起こった。


ここで、僕の家の事情を話しておく。田舎特有の家長制度の名残があり、分家・本家という考え方は残っていた。僕の姓は、橘。分家の長男であり同級生に本家の子もいた。いわゆる従妹というやつだ。本家の子の兄は、なんでも教師の家系らしく祖父が校長、両親ともに教師、その子の兄は東大に入学しているというめちゃくちゃエリート家系。

かたや、僕の方は、所謂一般家庭、幸せいっぱいの。


比べられることも多かったが気にしたことはなかった、どうでもよかったから。

話を戻そう、その飲み会で先生が言ってしまった。


「この前のテスト、橘くんが県2位とったんですよ」と

そりゃ周囲はの母親を褒めまくったらしい。

「流石ですね!」「Y君は天才だ!」等など。


しかし、神様は修羅場を愛しているらしい。


「Y君じゃないですよー、莉玖りくくんですよ!!」


そう県2位を取ったのは、分家の僕だった。


そんな衝撃的な出来事があった飲み会の結末を母から聞いた僕は、少し嬉しかった。

僕は、暴露した先生を尊敬していたから。理知的ではあるが、人に寄り添った教師から、褒めてもらえた。そんなことが嬉しかった。


幸い、考え方が残っているだけの家長制度。トラブルはなかった、が。

Y君の母親は顔を真っ赤にして、その息子にあたった、という。


僕は、ずっと笑顔だった。笑わずにはいられなかった。


そんな一部始終を経験して、全ては学力というものである現状に、


現存する言葉では、足りないほどの傲慢と気色の悪さに耐えられなかった。


「あぁ、なんと不完全で気持ちの悪い現在いまだ」



  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

もし、もたない僕が生きれるなら 佐藤恩 @Sat0o4o4

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

フォローしてこの作品の続きを読もう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ