これが僕の本質
今思い出しても記憶は曖昧で、母親が録画したビデオを見ても思い出せない。
結果から言おう、完勝である。試合を見ていた道場の先輩がいうには、
「ただルールがあるだけで、本質は殺し合いだ、それも一方的な」
それもそうだろう。その時の僕はいわゆるゾーンに入っていた。
試合開始の合図とともに、僕は、得意技である回し蹴りを上段、顔面に叩きつけた。
その鈍い音が開戦の合図だった。そんな異常な攻撃を食らった相手は後ろに倒れこんだ。ルール上、3回警告を食らえば、反則負けとなる。それを逆手に取った。相手方の父兄はそれはもう、非難の声を上げた。しかし、今までの八百長もあってか、強く言えず、黙りこんだ、対戦相手に憐れみの目を向けながら。
そうして、復帰した相手は誰の目から見ても怯えていた。足は震えを隠せず、顔色を悪くして。当然だろう。通常の試合では、開始してから相手の間合いを計りながら有効打を決めていくもので、開始と同時に蹴りを顔に叩き込んでくる相手など存在しない。
コート上の僕は、人生で初めて感じた高揚感と仄暗い感情を抱きながら相手を視ていた。そうして、再開した試合も酷かった。蹴りを軸に腕や足首、といった有効打にはならない部分を執拗に壊しながら着実と点を稼いでいった。その間にも一度、足を払い、倒された相手の顔面目掛けで踵を寸止めで落としたこともあった。
そんな試合を、決勝で。しかも八百長コートで開催された。
両陣営の父兄も指導者も、ただ黙ってみていた。
そうした1分30秒という、僕にとっては短すぎて。相手にとっては長すぎるほどの時間は終わった。主審は、5-0という点差を見て、震える腕で僕の旗を掲げて僕の勝利を宣言した。
僕が、僕自身の異常性に気づいた出来事である。
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