だったのに
当時の僕。といっても彼女に会うまでの僕は歪だった。
それもそう。誰にも素を出さず、常に求められる僕を演じては、それを是とする環境。その異常性に気づいたときは大変だった。はっきり断言できる。
「気持ち悪い」
この一言に尽きる。
そんな衝動を発散するためか、僕は空手を習い始めた。
僕は平凡だったと思う。ただ体格には恵まれていたので組手が好きだった。
他の人を気にすることなく相手の一挙手一投足だけに集中すればいいから。
どんなに平凡でも、好きなことはやればやるほどに、予想以上の伸びしろをもたらすものである。
あれは、忘れもしない小学4年のときの対外試合。
当時の僕にはライバルともいえる友人がいた。
同じ学校のN君。N君は、多分持ってる側だったのだろう。
型も組手も上手かった。一度昇級試験の時に見た型を僕は今でも忘れていない。
小学生ながら、綺麗だと、相手と戦っているようですべてをいなし攻めている。
今でこそ、言葉にできるが当時の僕にはそんな余裕などなかった。
初めて人と話したような気がした。幼いながらに嫉妬しなかった。
それからというもの、彼とよく競っていた。
そんなN君が組手で負けたのだ。彼は、正直強かった。僕なんて勝てたと思うことすらなかった。そんな圧倒的な存在のN君が負けたのだ。
しかし、相手を見て納得した。X館という組手を主とした流派である。
僕らの流派は、S館といい、昔ながらの武道を軸にした古い歴史を持つ型を大事にした流派。相手は、そんな組手まみれの環境で鍛錬したのだから仕方がなかった。
そう、仕方がなかった。そう思うと僕は初めて鼓動を感じた。身体中に感じる血の巡りを強く、感じた。
そう、僕は許せなかったのだ。当時の僕はN君に憧れていた。N君は強い、僕に出来ないこともできる。そう信じていたのに。そんな彼が負けた。そして、理由も応援に来ていたN君の母親に聞いた。
「八百長」
武道からは、かけ離れた俗物的な単語を聞いてしまった。
どうやら、審判の4人のうち3人、主審、の四人がX館の人間らしく、あのコートでS館の選手は勝った試合がないらしい。そして、N君が負けた。
N君の対戦相手は、X館の優勝候補らしく、八百長が過激になっていた。見かねた保護者が異議を言おうとしても聞く耳を持たず、八百長がなくなることはなかった。
僕は、この理不尽を呪った。何もできない僕は無力感を感じた。
そして、次の相手はその八百長くんだった。
今回の大会では、各学年の決勝戦はまとめて行うらしく、僕と彼はそこで戦う。
決勝戦までの間に、僕は更衣室で着替えた。綺麗な道義に着替え、稽古のおかげで糸のほつれた帯を締めなおし、テコ(ボクシングで言うグローブのようなもの)をつけ、マウスピースを嚙み締めた。
そして、目を閉じて自分と向き合った。
いわゆる瞑想である。僕は溢れ出る感情を余すことなく身体に馴染ませるように。
水面は、荒れ狂う海のようにぐちゃぐちゃだった。それを凪のように。静かに、すべてを掌握して自分に溶け込ませて、荒れながらも冷静に、、、
次第に感情に支配されながらも天性の冷静さをもとに、力を頭から足のつま先まで、隅々までに流し込み、その時を待った。
「決勝に出る選手は集合してください」
集合のアナウンスを聞き、ゆっくりと瞼を開ける。そして、更衣室を出るとN君がいた。それを見た僕は、ただ頷いた。N君の燃え尽きてしまった目を見ながら。
そうして体育館の強い照明に照らされながら僕は、例の相手を視界の端に捉えた。
そして、正面に据え言葉が漏れた。
「殺す」
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