温かい話

@arugley

温かい話

柔らかいどんぐりが落ちていた。本来どんぐりは柔らかくはなく表面に光沢があり割れていたとしても花のように裂けているか、一部が爪のように剥がれている。そう、雨のせいだ。ドロドロにぬかるんだ水溜まりの横にそっと横たわっていたどんぐり。傘に雨音が落ちるのを感じながら泥と水で中身がいっぱいのどんぐりをそっと中身が出ないように手に取る。

「あっ…」

どんぐりを食べる虫が中で死んでいた。驚き中身を水溜まりに全て出す。すっからかんになったどんぐりを汚れてない後ろにある透明な水溜まりで洗い、中身を空を仰ぐように覗く。森林の隙間に灰色の雲が見えた。

「あっ…」

目にほんの少しの水が入り込み悶える。痒みと目の中にじわじわと水が広がっていく感覚。止められそうでとめられないこの感覚。思わず傘を投げ出す。顔を下に向け目頭あたりに溜まった少しの土を急いで屈みながら指で出す。リュックに入れている水とハンカチを取り出し手を洗い、水玉色のハンカチに水をトプトプと染み込ませ顔に当てる。いつの間にか柔らかいどんぐりはどこにいったのか分からなくなっていた。目の前の水溜まりには、どんぐりの中身は沈み虫は雨粒が落ちる度に微動だにせず、移動をしていた。進まなくては。運動靴についたドロを蹴って払う。その泥が、近くの木の幹に飛び散る。相変わらずの雨だ。傘には6つの水たまりが出来ていた。頭と肩が濡れていることなど、今の今まで忘れていた。傘を拾うと水がどぱっと地面に落ちる。再び気を取り直して、道を歩く。ぬかるんでいたり、固かったりもしくはもう道全体が水溜まりになっていたり。道は一本道だ。周りは3メートル以上の気に囲まれていて霧も掛かってきた。1人でこの道を歩くのは悲しい。この道は、二人で歩いていた。よく。沢山話した。嫌な話も、楽しい話も。寂しい思いも。分かちあった喜びも。何故私は今1人なのだろう。どうしてなんだろう。何故。兎に角進まなくては。きっと待っていてくれる。優しく包んでくれるはず。しばらく進むと、積み上げられた木材と丸太が見えた。そうここに来たかった。何故か所々に花が散りばめられていた。見渡す限り、丸太と木材だけだ。切り株に刺さった斧には雫と何かが付いて光沢が出ていた。遠くから音がする。急いで丸太を退かす為に上に登り上から丸太を落とす。1番下には何故か穴があって。獣の匂いがした。沢山丸太を積み上げたから残ってるはず。まだあるはず。木も雨でぬかるんで滑る。一瞬気を抜いたその瞬間に地面に滑り台のように身体が滑り、叩きつけられる。衝撃だった。隙間から見えたのは、彼だった。横たわっている彼に私は手を伸ばす。冷たくて冷たくて温かいその手を握る。

「あっ…」

指がない。どこに行ったんだろう。探さなくては。約束したよねこの手と。そろそろ起き上がらないと。頭が痛いけど立ち上がらなくては。

また起き上がり、泥まみれの服の泥を払い丸太を落とすために上に登る。ゴロンゴロン、ドスゴロゴロと転がる丸太。二、三個落としたところで彼の顔が見えた。目を開けて。あと少し、あと少し。近くにある長い木材で、丸太を浮かせ転がす。ゴロゴロゴロゴロ、ドンと転がり木にぶつかる。少し枝から葉っぱと虫が飛び虫はそのまま飛んでいき葉は落ちる。

「あっ…」

見つけた、愛しい人。グリーンの目が開いたままで乾いている。お腹にも穴が空いてて、オヘソの下からちぎれている。来たよ、貴方に会いに。どうしてこうなったのかな。そっと彼の目を指で謎って閉じさせる。冷たい。いつも手を握ってた時は私より貴方の方が手が暖かくて繋いでもらってたよね。それと同時だった。背中に鋭い痛みが走り血飛沫が出たのは。そのまま彼に覆いかぶさるように目の前に倒れた。ドクドクと温かい何かが彼と私に降り注ぐ。いつも冷たい私の手が、真っ赤に染った血で温まる。後ろは振り返らない。彼の手を握りこう言った。


温かいね。











  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

温かい話 @arugley

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

フォローしてこの作品の続きを読もう

この小説のおすすめレビューを見る