第12話

十二、  穢れ地へ〈イリカ〉


 次の日の早朝、まだ薄暗い内に私達三人は穢れ地へ向け出発した。


 私とナオヤは一晩図書館に泊まらせてもらい、アミちゃんは知らない大人に居場所を知られたくないとこっそり納屋に泊まった。

 アミちゃんは良く眠れなかったのか、目の下にうっすらクマができていた。


 ユウさんとヨウさんは朝早いにも関わらず起きてくれて、私とナオヤにお結びや果物(ほとんど金柑だけど)など、たくさんの食べ物を持たせてくれた。

 それに道中必要そうな水や毛布、ロープなど、リュックに入れて三人分持たせてくれた。

 ナオヤのリュックには鍋までぶら下がっている。

 私のリュックは、産みの母様が残してくれたものだ。


 私とナオヤはぎゅっと二人に抱きつくと、心から今までのお礼と、しばらくの別れの挨拶をした。


 ユウさんの話によると、村は南北に長く、周りを海に囲まれているらしい。

 ただ南の端には陸が続いていて、高い壁で村と穢れ地とが分かれているみたいだ。 

 そして図書館から壁までは一日位かかるみたいだ。


 私達三人は、フード付きのミツカイの服を着こみ、荷物をリュックに入れ背負いこんだ。

 ミツカイの服は、私とアミちゃんはユウさんとヨウさんからもらったもので、ナオヤはいつも着ている自前のものだ。


 東の空から朝日が光の筋となって、暗い森をすうっと照らした。

 ひんやりとした朝もやが光の筋を示し、とても神々しい景色だった。


 いつもの習慣でこんな時でも、ナオヤと私はヒノメ様のまたのお姿である太陽に向かって手を合わせ、目をつむった。

 アミちゃんも前までそうしていたけど、今回は一緒にやらないで眉をしかめて目を細めた。


 図書館を出て、一度私のヤシキに寄らせてもらった。

 母様にアミちゃんが穢れ地で落ち着くまで留守にする事を伝えるためだ。

 母様に会ってきちんと話をしたかったけれど、会ったら止められそうだから手紙を書いて置いておくことにした。

 図書館にいる時にユウさんからエンピツと言うものを借りて、きれいな紙をもらって書いた。


『かあさまへ

けがれちにいってきます。あみちゃんがおちついたらすぐかえってきます。

しんぱいしないでください。

ずっとだいすきです。

                              いりか』


 ヤシキの近くまで行くと、早朝なのに何だか辺りが騒がしかった。

 ゴロがギャンギャン本気で吠えている。


 近くの藪に身を潜め観察すると、サエジとその従兄二人、ウロウとサロウが騒いでいるみたいだ。


「アミを隠してたら承知しねーぞ!」

 サエジの大声が聞こえた。


 母様が何か言い返したみたいだけど、何て言ったか分からなかった。


「ヤシキん中見せてもらうぜ!」

 サエジがまた大声で言うと、ずかずか中に入って行った。


 母様はまだうなっているゴロと一緒にヤシキの外に出て来た。


 私は母様の事が心配で出て行こうかと思ったけれど、ゴロが吠えるのを止めたのとアミちゃんの不安そうな顔を見て何とか踏みとどまった。

 ゴロが吠えるのを止めたのは、母様が、サエジ達がヤシキに入るのを許したからだと思って。


 しばらくして、サエジ達三人が荒々しくヤシキから出て来た。


「いなかったでしょう?」

 母様が静かに言った。

「まだ眠いんで、帰ってちょうだい」


「サエジ、違う所を探そうぜ」

 ウロウが言った。


「そういやぁ、おめぇんとこの娘はどこ行った? イリカって言ったけ?」

 探るようにサエジが言った。


「あら、いなかった? 朝ごはんの食材でも探しにいってるのかしら?」

 母様はしれっと言った。

 本当は昨日からヤシキに帰ってないのに。


 しばらく間があった。


「アミが来たらヤシキに戻って来いと伝えとけ!」

 サエジはそう言うと、北の方にどかどか歩いて行った。

 ウロウとサロウが慌ててそれを追いかけた。


 母様はサエジ達が行ってしまうと、ゴロに向かって心配そうに呟いた。

「まったく、あの子達どこ行っちゃったのかしら?」


 丁度ゴロが私達のいる藪の方を向いて、すごくびっくりした。

 ゴロはこっちを見て一度首をかしげる様なそぶりをしたけれど、静かにしていた。 

 なんていいこ!


 母様とゴロがヤシキに入るのを待ってから、私は畳んだ手紙を縁側の目立つ所に置いて、飛ばされない様に上に石をのせた。


 私達はヤシキを離れ、いよいよ穢れ地へと向かって南に歩き出した。

 ここからは道なき森が続く。

 私はブーツの紐を引き締め、かぶっていたフードをもっと深くかぶり直した。


 私はユウさんが地図を広げ、行き方を教えてくれた時の事を思い出した。



「イリカのヤシキからずっと南に進むと、山ばかりになる。

 村と穢れ地とを分ける壁は、丁度一番南側にある二つの山の谷間にある。

 壁まで行くには、ここの谷間をずっと歩いて行くと分かりやすい」

 そう言うとユウさんは、地図にエンピツでぎざぎざの線を書いてくれた。

「こう」


「でも僕等実際にそこを見たことある訳じゃないから、そこがどんなか分からない」

 ヨウさんがそれをのぞいて言った。

「もしかしたら海側から回り込んだ方がいいかも知れないよ。でも海沿いは高い崖で足場がもろいからなぁ……」


「止めておいた方がいい」

 ユウさんが頭を振って言った。

「危ない」


「だそうです」

 ヨウさんがうなずいて言った。


「壁って、そこからどうすればいの? よじ登れるのかな?」

 ナオヤが言った。


「壁の真ん中辺に門があるはず」

 ユウさんが言った。

「穢れ地側に門番がいるから、話をして通してもらえばいい」


「簡単に通してもらえるのかな?」

 アミちゃんが言った。

「だってわざわざ壁を立てて門番までいるんでしょう? 穢れ地の人は、村の人に入って欲しくないみたいじゃない」


 私はいまいちユウさんの話が想像できてなかったから『さすがアミちゃん良く気が付くな』と思った。


 ユウさんとヨウさんは無言で顔を見合わせた。

 何も話していないのに、何か話しているかのようにうなずき合っていた。


 しばらくしてユウさんが口を開いた。

「とりあえず門は開けてもらえるはず。通れるかどうかはそこの人との話し合いになると思うけど、止める権利はないはず」


「でも、僕は――」

 ナオヤが何か言いかけて、結局目を伏せて続きを言わなかった。


「何、ナオヤ?」

 私は不思議に思って言った。


 ナオヤはユウさんとヨウさんをじっと見た。

 二人もナオヤをじっと見ていた。


「すぐには門を通れないかも知れないけど、きっと大丈夫」

 ユウさんが珍しく励ます様に言った。


 私はこの流れで何故ユウさんがそう言ったのかよく分からなかったけど、ナオヤが困った様な笑みを見せたからナオヤには伝わったんだなと思った。


 ユウが産みの母様のリュックから何か小さなものを取り出した。

「この方位磁石を持って行く」


「それなら僕も持ってるよ」

 ナオヤが首から下げていた丸い首飾りの様な物を、ケープの下から取り出して見せた。

「前にモリ様からもらったんだ」


「では安心」

 ユウが言った。



 そんな風にユウさんとヨウさんの教えてくれた通り、私達は方位磁石で南を確かめそちらに向かって歩き出した。


 うちのヤシキは村の中でも一番南側にあり、それより南には森が広がっていた。

 穢れ地に行こうなんて人は多分いないから、道らしき道はなかった。


 藪の入り組んでいそうな場所を避け、少しでも森の開けた所を選んで、ナオヤを先頭に南に南に進んで行った。


 ヤシキから少し離れると、ナオヤはリュックから巾着袋を取り出した。

 中には熊除けの鈴が入っていて、ナオヤはそれをリュクに取り付けた。


「今まで人に見つからない様にしまってたけど、森は危ないからね」

 ナオヤが言った。


 黙々と歩いていると、色々な事が頭の中を巡った。


 産みの母様の事、誰か分からないお父さんの事、カイさんの死んでしまった訳、本当に穢れ地に行けるのか。

 少し考えては目の前の木の枝や岩に意識を持ってかれ、色々な事が代わる代わる頭の中を巡って行った。


 ナオヤ、早くカイさんの事教えてくれないかな。

 アミちゃんもずっと悲しそうな顔をして、ちらちらとナオヤの背中を見ていた。

 アミちゃんの方が私よりずっとカイさんの事気になってると思う。


 しばらく三時間程歩くと(おやしろの鐘が聞こえないから多分だけど)、だんだん木が減り低い木や草だけになり、岩が目立つ様になってきた。

 山の谷間に入ったのか、近くに細い川が流れている。

 草木が減ってだいぶ歩きやすくなってきたけれど、すごく疲れた。

 曇り空だけどフードを被っているのもあって、まだ四月なのに汗だくだ。


「少し休まない?」

 私は真っ先に音を上げた。


 アミちゃんの顔を見ると、大粒の汗を流しすごく疲れた様子だけど、緊張した様に後ろをちらちら気にしていた。

 サエジ達が追ってこないか心配みたいだ。


 アミちゃんは普段あまりヤシキから出ないで暮らしていたから、この道のりでとても疲れていると思う。

 ナオヤも汗をかいていたけれど、まだ余裕そうだ。

 普段からミツカイとして村の中を行き来しているから、これくらいは平気なのかも知れない。


 ナオヤは少し心配そうにアミちゃんを見て「そうしよう」と言った。


 私達はそこらにある岩に思い思いに座り込んだ。

 フードを上げて、首から下げた手ぬぐいで顔をぬぐった。

 リュックから竹筒を出して、水を少しずつ飲む。

 疲れた。


 ナオヤもアミちゃんも同じく汗をぬぐい水を飲んだ。


「どれ位進んだのかしら?」

 アミちゃんが荒い息で不安そうに言った。


「うーんと」

 ナオヤはポケットから地図を出し、胸の辺りにぶら下がった方位磁石を手の平に乗せて見た。

「今の正確な場所は分からないけど、大体この辺だと思うよ」

 ナオヤは地図をアミちゃんと私に見せ、この辺と指した。


「まだまだ遠いのね」

 アミちゃんが暗い声で言った。


「でも、草木が減って歩きやすくなってきてるから、これからははかどると思うよ」 

 ナオヤが言った。


 私は『その分上り坂がきつくなってきてる』と思ったけど、黙っていた。


「遠くからも見えてしまうから怖い」

 アミちゃんがつぶやいた。


 確かに草木が減り、遠い所も見渡せるようになってきた。

 追手からもすぐ見つかってしまいそうだ。


 私はリュックを探り、小さな巾着袋を取り出した。ユウさんが持たせてくれたものだ。

 中身を袋から取り出すと、小さなお結びの様な形の物が金色に光った。


「アミちゃん、これ食べよ。ユウさんがくれたハチミツアメだよ」

 私はそう言うと、アミちゃんの手の平に一粒乗せた。

「ナオヤにも」

 そう言うと手の平を出したナオヤにも一粒あげた。


「ありがとう」

 アミちゃんとナオヤが言った。


 アメを口に入れると、甘味が一瞬で口いっぱいに広がった。甘い栄養が口の中ですぐに吸収されて、そこから元気になっていくような気がする。


「美味しーい!」思わず声になっていた。


「ね、美味しいね」

 アミちゃんも私と顔を見合わせてにこにこして言った。


 ナオヤは何も言わなかったけれど、口からからころからころ忙しそうな音がしたから、かなり美味しいと思っているに違いない。

 何で男の人は甘い物を美味しいと言いたがらないんだろう?


 アメをかまずになめ終えた頃には汗が引き、息も整ってきた。


「そろそろ進みましょう」

 アミちゃんが来た道を心配そうに見て言った。


「そうだね」

 ナオヤが言い、私もうなずいた。


 私達は立ち上がりリュックを背負うと、目の前の岩ばかりの曲がりくねった谷間を見上げた。

 まだまだ先は長そうだ。


 しばらく岩ばかりの谷間に沿って進んだ。

 細い細い川が流れていて、その辺りだけ植物が多く生えていた。

 少しずつ地面が高くなっているみたいで、振り返ると来た道を見渡すことができた。

 うちのヤシキはどこら辺かな?

 林の向こうに煙がうっすら見えるけど、あの辺りかな?


「そろそろお昼にしようよ」

 先頭を歩くナオヤが振り返って言った。


「そうしましょ」アミちゃんが言った。


「賛成!」私も勢いよく言った。


 私は丁度平らになっている大きな岩の上にリュックを置くと、中からユウさんとヨウさんからもらったお結びの包みを取り出した。

 ナオヤも、リュックからもらった包みを取り出した。

 ナオヤの方は金柑と玉子焼きや焼き鮭などのおかずだ。

 平らな岩に、村に向かうように三人で座わった。

 岩の上にお結びとおかずを広げた。

 笹の葉に包まれたお結びが二十個に、玉子焼き、焼き鮭、梅干し、フキの煮物がそれぞれ一包み。

 玉子焼きの包みは大きくて、私の両手分くらいある。

 ユウさんとヨウさんはずいぶんたくさん用意してくれたけど、まだ穢れ地まで遠い事を考えると、一気に食べちゃわない方がいい。

 そう思ったけど、ナオヤの「いただきまーす」の声に便乗し、私も早速お結びをほおばった。


「美味しい。私の昆布だ」

 アミちゃんがお結びを見て、少しだけ嬉しそうに言った。

 道中ずっと暗い顔をしていたから、ちょっとでも明るい顔を見られてよかった。


「ねぇー。私のも昆布」


「僕のは高菜だ」

 にこにこしてナオヤも言った。


「お結び、何個食べていいかな?」

 私はナオヤとアミちゃんを見て言った。


 ナオヤは指を折りながらしばらく考えていた。

「今は二個までにしておいた方がいいかも。夕食と、明日の朝食までもたせたいから」


「でも明日の朝には悪くなっちゃわない?」

 アミちゃんが心配そうに言った。


「今日はちょっと気温が低いから、何とかもたないかな? 夜の様子で決めましょう」


「そうだね」アミちゃんが言った。


「分かった」私もほぼ同時に言った。


 おかずをつまみながら食べると、あっと言う間にお結び二個はなくなってしまった。

 ちょっと食べ足りないけど、竹筒の水を飲んで少しごまかした。


「そろそろ行きましょう」

 アミちゃんの少し不安そうな言葉に促され、私達はまた歩き出した。


 休憩をはさみながら歩き続け、急な上り坂が続いた後少し平らな場所に出た。

 空は茜色に染まり、東の空から紺色の夜の気配が顔をのぞかせていた。

 私とナオヤは自然と沈み行く夕日に手を合わせ、目をつむった。

 アミちゃんは何も言わず夕日を見ている。


 まだ先は長そうだ。


「今日はもうやめとこう」

 ナオヤが言った。

「暗い中歩くのは危ないから」


 私とアミちゃんはただうなずいた。

 疲れで声を出すのがおっくうだ。


 私はリュックを下ろすと、地面に寝転んだ。

 もう今更汚れたっていいや。


 アミちゃんもリュックを下ろすと座り込み、近くの岩に寄り掛かった。


 ナオヤはリュックを下ろすと平らな岩場に近くの石を組み立てて小さな石のかまどを作った。

 道中拾い集めていた小枝をかまどの脇に置くと、数本の枝を小さく折りナイフで裂いた。

 長めの小枝の上に裂かれた枝をふんわり盛ると、ナオヤはリュクから火打石を出し火を付けた。


 ナオヤ、すっごく器用。

 疲れでぼんやりしながら、そう思った。


 辺りが薄暗くなってくる中、火を見るとほっとする。

 ナオヤはリュックにぶら下げた小さな鍋を手に取ると、横を流れる沢まで水をくみに行った。


「ナオヤ君すごいね」

 アミちゃんが言った。


「本当、良く動けるよね」

 寝っ転がったまま私は言った。


 しばらくして戻ってくると、ナオヤは鍋を火にかけた。


「横になるならもっと火の側にしなよ」

 ナオヤが私を横目で見ながら言った。


「なんで?」


「野犬とかの獣に襲われないように。獣は火を警戒するから」

 何でもない様にナオヤが言った。


「野犬!?」

 アミちゃんと私は同時に叫んだ。


 私とアミちゃんはびっくりして、火の側に急いで座った。

 火を前に来た道を向いて、左からナオヤ、私、アミちゃんの順で座った。


「あまり食べる物なさそうだから熊はいないと思うけど、野犬位ならいるかも知れない」


 気にしていなかったけど、獣に出会う可能性もあった事に思い当たり、今になってぞっとした。

 そう言えば、ウサギとネズミは何度か見かけたから、野犬がいてもおかしくないかも。


「夜は見張り役を残して、交代で寝よう。獣にやられないように」


「そうだね」アミちゃんが言った。


「うん」私もこわごわ言った。


「ひとまずご飯食べよう。もう腹ペコだよ」

 ナオヤがリュックを漁りながら言った。


「そだね!」

 私もリュックをのぞき、お結びの包みを取り出した。


 火を前に持ってる全部のお結びを広げた。

「好きなの二個とって」


「じゃあ僕はこれと……これ」

 ナオヤは近くにある一個と、少し離れた一個を迷いながら選んだ。


「じゃあ私はこれとこれ」

 アミちゃんは特に選ばす、近くにあるのを二つとった。


「じゃあ私は、これと……これ」

 好きな具が入ってると良いな。 


 ナオヤもおかずをみんなの前に広げていた。


「いただきまーす!」

 みんなでそう言うと、私は真っ先にお結びにかじりついた。


「やった、高菜だ!」


「僕のはひじきだ」

 少し顔をしかめてナオヤが言った。あまり好きじゃないみたい。


「私のは梅干し」

 アミちゃんが言った。

「あまり痛んでなさそうだし、明日の朝までもちそうだね」


「そうだね」

 ナオヤと私はほぼ同時に言った。


 夢中で食べていると、アミちゃんがナオヤをじっと見ていた。

 焚火の不安定な赤い光が、アミちゃんの悲しそうな顔に不思議に揺らめく影を作る。


「ナオヤ君、そろそろ話してもらえないかな? カイ君の事」


 ナオヤは急に言われて、動揺した様に下を向いた。


「歩きながらずっと考えてた」

 アミちゃん涙声で言った。

 頬に一筋涙が流れる。

「でもやっぱり分からないよ、なんでカイ君が死んでしまったのか。ずっと一緒になれる日を待ち望んでいたのに」


 ナオヤはしばらく眉をしかめながら揺れる火を見ていた。

 瞳の中でかぼそい火が揺れる。


「ごめんなさい」

 ナオヤがアミちゃんを見て、小さな声で言った。

「でも今は言えない」


 アミちゃんと私はナオヤの言葉を待った。

「でも約束します。壁に着いたら必ず言います」


「分かった」

 アミちゃんはそう言うと、両手で顔を覆い静かに泣き始めた。


 私はアミちゃんが可哀想だと思ったけど、ナオヤも意地悪で言わない訳じゃないと分かるから、何も言えなかった。

 ナオヤも道中ずっと何か考えている様な真剣な顔をしていたし。


 しばらく誰も何も言わず、アミちゃんの押し殺すような泣き声だけが辺りに響いた。


 五分位して、アミちゃんが顔を上げた。

 涙の跡は残っていたけど、アミちゃんが手でぐいっと拭った。


「ごめんね、食べよう」

 そう言うと、アミちゃんはにこっと笑い、前に置いていたお結びを手に取った。


 私とナオヤもそこでようやくお結びの事を思い出し、口にした。


 ナオヤは竹筒の水を飲むと、「水なくなっちゃった」と言った。

 火にかけた水がボコボコふっとうしていたので、ナオヤは鍋を手に取ると竹筒に流し込んだ。

「イリカとアミさんのも入れよっか?」


「ありがとう」そう言うと、私は竹筒にほんの少し残っていた水を全部飲むとナオヤに渡した。


 アミちゃんも「ありがとう」と言うと、ナオヤに竹筒を渡した。


 ナオヤは私の竹筒に鍋の残りの水を入れると立ち上がった。

「なくなったから、もう一回汲んでくる」


「じゃあ私汲んでくるよ」

 残りのお結びを飲み込んでから、私は慌てて言った。


「いいよ、イリカはこれだけ歩くの慣れてなくて疲れてるだろ」

 ナオヤが言った。

「僕は結構慣れてるから」

 そう言うとナオヤは提灯を用意して、鍋をもって沢の方に歩き出した。


 私は正直くたくただったので甘える事にした。

「ありがとう」とナオヤの背中に向かって言った。


「イリカちゃん、お結びナオヤ君にもう一個あげない?」

 アミちゃんが言った。

「私は二個でもいいけど、ナオヤ君には足りないんじゃないかな?」


「そうだね」

 私も正直三個は食べたかったけど、明日三人で二つずつ食べても二個余るから、色々頑張ってくれたナオヤに余分にあげてもいいと思った。

 私は一度しまったお結びの袋から一個取り出して、ナオヤの座っていた所に置いた。


 ナオヤが沢から戻ってくると、増えたお結びを見付けた。

「あれ、増えてる」


「ナオヤに色々頑張ってもらったから、おまけです。ありがとうね」

 私は言った。


「本当にありがとう」

 アミちゃんが言った。


「どういたしまして」

 嬉しそうにナオヤが言った。


 また拾ってきたのかナオヤは枝を脇に抱えていた。

 枝を火の側に置くと、鍋を火にかけた。


 それから、みんな黙々と真剣にご飯を食べ、ご馳走様を言った。


 鍋の水が沸騰すると、ナオヤは私の竹筒とアミちゃんの竹筒に入れてくれた。


 お腹がいっぱいになると、汗でべとべとの体が気になって来た。

「ねえナオヤ、沢って水浴びできそうだった?」


 アミちゃんも気になっていたのか、ナオヤに注目した。


「んー、ほっそい水の筋があるだけって感じだから、入るのは無理かな」

 ナオヤが言った。

「それに、結構岩がゴロゴロしていて、この暗さじゃあぶないよ」


 もう日は沈み、辺りは真っ暗になっていた。

 曇っているせいか、月も星も見えない。


「そっか残念」


「少し水余ったから鍋に手ぬぐい入れて、それで体拭けば?」

 ナオヤが言った。

「もう少し冷めたらね」


「そうするね」私は言った。

「私も」アミちゃんが言った。


 お湯が少し冷めるのを待って、私達三人はそれぞれユウさんから持たせてもらった手ぬぐいを鍋に入れた。

 手ぬぐいを手に取ると、ナオヤが少し離れた岩の影を指差し言った。

「じゃあ僕はあっちにでも行ってるよ」


「よろしく」私は言った。

「ありがとう」アミちゃんが言った。


 鍋から出した手ぬぐいは丁度いい温度だった。

 顔から順番に体を拭いていく。

 汗のべとべとがとれて、すごく気持ちいい。

 野外で服を脱ぐのはさすがに恥ずかしくて、私は服を着たままごそごそ体を拭いた。


「もう大丈夫?」

 岩の向こうからナオヤの声が聞こえた。


「待って、あとちょっと!」私は慌てて言った。


 アミちゃんの方はもう終わったのか、手ぬぐいを近くの岩に広げて置いて干していた。


「もういいよ!」

 服のはじを正し、大きな声で言った。


「じゃあそっち行くよ」

 ナオヤが火の側に戻って来た。


 今日はもう寝る事になった。

 じゃんけんでアミちゃん、私、ナオヤの順で見張役として起きている事にした。


 私とナオヤはリュックに付けた毛布を敷いて、着ていたケープを脱いで掛布団の代わりにしてお腹にかけた。

 始めは少し肌寒かったけど、横になったらすぐ眠気がやって来た。


 産みの母様の事とか思い浮かんだけど、疲れのせいかすぐにぼんやりとしてしまった。



 気が付くとアミちゃんが私の肩をゆすっていた。

 あれ、ここどこ? 一瞬どこにいるか分からなかったけど、小さな火を見て、一気に状況を思い出した。


「ごめんね」

 半分まぶたが落ちかけ、眠そうなアミちゃんが言った。

「もう眠くって眠くって、見張り代わってもらえる?」


「いいよ」

 何時間寝られたのか分からないけど、まだ周りが暗い割に頭はすっきりしている。


 ナオヤはと見ると、眉をしかめて何かごにょごにょ聞き取れない寝言を言っている。

 うなされているみたいだ。


「ナオヤ君、何故カイ君の事言いたがらないんだろう?」

 アミちゃんが横になりながら、ナオヤを見て呟いた。


「アミちゃんが悲しむから、先延ばしにしたいんじゃない?」


「そうなのかな」

 アミちゃんがぼんやりと呟いた。


「お休みアミちゃん」


「お休みイリカちゃん」

 アミちゃんが目を閉じた。

「一緒に来てくれて、ありがとう」

 そう言うとアミちゃんはすぐに寝てしまったのか、すうすうと寝息が聞こえて来た。


 私はゆっくり立ち上がると、ぐいーっと背伸びをした。

 毛布を敷いたとはいえ硬い岩の上で横になったので、所々強張っていた。

 でも、ずっと歩き続けてきた割には、疲れがとれている様な気がする。


 私はかまどに近付くと、そばの小枝を片手一束火にくべた。

 とろ火だったのが中火位になった。


 急におしっこしたくなり、辺りを見渡した。

 ぱっと見、獣はいなそうだ。

 私は火から少し離れた岩陰に行くと、さっと用を足した。

 ふーっ、すっきりした。


 空を見上げても雲が薄く広がり星は見えなかった。

 でもぼんやりと丸い月明かりが、雲を通して見えた。

 月が見えなくて残念だけど、これはこれでなんかきれいだ。


 月の位置と体の感覚を考えると、今は二時位な気がする。

 多分寝たのが日の入りの一時間後位だから七時で、そう考えるとだいぶアミちゃんが頑張ってくれた事になる。

 アミちゃんありがとう。


 私は座っているとまた寝てしまいそうなので、少し歩く事にした。

 リュックから小さな提灯を出すと、中のロウソクを取り出した。

 焚火からロウソクに火を付けると、少し溶けたロウを提灯に垂らしロウソクを固定した。

 提灯を手に、焚火を中心にぐるりと歩く事に決めた。

 獣が潜んでいないか見回りしようと思って。

 急に野犬に飛び掛かられたらと思うと怖くて、焚火からあまり離れないようにしようと思った。


 デコボコした岩場を歩いていると、ふいに「チィーッ」と聞こえた。

 驚いて提灯を向けて見ると、岩のすき間をネズミみたいなのが通り過ぎた。

 びっくりした!


 東の空が明るんで、そろそろ日が昇りそうだ。

 私は慌ててナオヤを揺り起こした。

 本当はそのまま寝かせておいてあげたかったけど、見張り役をし損ねたらナオヤが気まずい思いをするかと思って。


「ナオヤ、見張り代わって」


 しばらくナオヤはぼんやり私を見ていた。

 そしてきょろきょろ辺りを見渡すと、慌てた様に言った。

「あー分かった」

 ナオヤはむくりと体を起こした。


 アミちゃんはと見ると、まだぐっすり眠っている。

 私もまだ眠かったから、もうひと眠りする事にした。

「アミちゃんがほとんど見張りしてくれたから、もう少し寝かせてあげて。私もまだ眠いし」


「分かった。じゃあ日の出少し過ぎまで待つよ」

 ナオヤが言った。

「まだ誰か追ってくるかも知れないから、油断はできないけど」


「ありがとう。アミちゃんが起きたら私も起こして」

 私はそう言うと横になり、ケープをお腹にかけた。


「分かった」ナオヤの声が聞こえた。



「イリカちゃん、イリカちゃん」

 声がして、私は一気に目を覚ました。


「おはよう、アミちゃん、ナオヤ」

 目をこすりながら私は言った。


「おはよう」

 アミちゃんとナオヤが言った。


 所々雲がかかっていたけれどもう日が昇り、辺りは明るくなっていた。


「追手が来るかも知れないから、早めに出発しよう」

 ナオヤが言った。 


 アミちゃんと私は真剣な顔でうなずいた。

 私達は朝ごはんに残りのお結びや日持ちのしないおかずを全部食べてしまうと、火を消しかまどを崩し、出発の準備をした。


 焚火をした所からしばらく歩くと、また上り坂が続いた。


 『うちのヤシキはどこら辺だろう』と思って来た道を振り返ると、草木が不自然に揺れている所があった。

 揺れは少しずつこちらに向かっているような気がする。


「ねぇ、あれなんだろう」

 私は前を行く二人に声をかけた。


「何?」

 ナオヤがこっちを振り返って言った。


「どうしたの?」

 アミちゃんも荒い息で振り返った。


「何かがこっちに来てるみたい」

 私はかすかに動いている所を指さし言った。


「え!」

 ナオヤとアミちゃんは驚いた顔でそちらに目を凝らした。


「分からないけど急ごう!」

 ナオヤが慌てた声で言うと前を向いて歩き出した。


 アミちゃんと私は「うん」とうなずくと、ナオヤに続いた。

 心の中で『どうか熊じゃありませんように』と祈りながら岩がごろごろした谷間を進んだ。


 でも、追い付いてきたのは熊より厄介なものだった。


 姿を見せたのはサエジ、ウロウ、サロウの三人だった。

 でもサエジ達と分かってからもお互いの距離は三十メートル程あった。


「どうしましょう、捕まっちゃう!」

 アミちゃんが足を止めずに、両手を握りしめながら言った。


「どうしよう!」

 ナオヤと私は、ほとんど走りながら同時に言った。


 捕まったら絶対酷い事される、どうしよう、どうしよう!

 私は焦りながら周りを見渡した。周りにはごろごろした大きな岩と、木の枝、時折生えている低い草木しかない。


「ねぇ、岩を転がすのはどうかな?」

 私は言ってみた。


「いいねそれ!」

 ナオヤが言った。

「あいつらに当たらなくても、牽制になる」


 私達は立ち止まると、近くにあった私の身長の半分くらいの岩を三人で下に向かって押してみた。

 岩はごろごろ転がって行ったけれど、サエジ達とは全然違う所に転がって行った。


「あー」

 私達の口からため息の様な声がでた。


「お前ら! 後で分かってんだろうな!」

 サエジの怒鳴り声が聞こえた。


「もっとやろう!」

 ナオヤが言った。


「うん!」

 私とアミちゃんが応えた。


 私達はそれぞれ目についた岩をどんどん転がしていった。

 ナオヤは自分の身長ぐらいある岩を、木の棒を使って下を持ち上げるようにして転がそうとしていた。

 私とアミちゃんは同時にその岩の両端を押して、ナオヤの動きを助けた。

 木の棒がぼきぼきいいだした頃大岩はようやく傾くと、一気に山肌を転がって行った。

 大岩が他の岩にガコンガコン当たっていくのが見え、ゴロゴロと言う音が増えた。


「今のうちに進もう!」

 ナオヤが叫んだ。


 後ろの方で「わー」と言う声が聞こえてきたけど、私達は後ろを振り返らず、ひたすら走った。


「さっきはよくもやってくれたな!」

 振り向くと十メートル程の距離に、サエジ達三人が立っていた。

 サロウは片足を引きずっていたけれど、他はぴんぴんしている。


「まずい」ナオヤが言った。

「どうしよう」

 私は周りを見渡したけれど、何も思い浮かばなかった。


 アミちゃんはサエジ達を見ながら後ずさりして、そのまま駆け出して行った。


 それを合図にナオヤと私も駆け出した。

 石が多くて滑って走りづらい。


「待て!」後ろの誰かが怒鳴った。


 私とナオヤがアミちゃんに追い付くとほぼ同時に、アミちゃんが足を滑らせ転んだ。

 サエジ達が真後ろに迫る。 


 『まずい!』そう思ったけど遅かった。

 アミちゃんは座った状態でサエジに腕を掴まれていた。


「面倒かけさせやがって!」

 パンッと音がして、サエジがアミちゃんのほほを平手で叩いていた。


 アミちゃんの体が地面に倒れた。


「ヤシキに帰るぞ」

 サエジはそう言うと、アミちゃんの手を強く引っ張り無理やり立たせた。


「待て、手を放せ!」

 ナオヤが叫んだ。


「アミちゃんは嫌がってるんだよ!」

 怖かったけれど、私も大声を上げた。


「あ? お前等も痛い目みたいか?」

 サエジがアミちゃんの腕を放さず引きずる様にして私達に近付いてきた。


 私は怖くて体が固まってしまった。


 後一歩で腕が届くという所で、アミちゃんがサエジの腕に噛みついた。

「いてっ!」

 サエジは叫ぶと、アミちゃんを引きずっていた手を放した。


 アミちゃんは相当強く嚙んだのか、嚙みついた所から血が流れていた。


「このアマ!」

 サエジはアミちゃんの顔を拳で殴った。


 アミちゃんの体が飛び、どさっと地面に崩れ落ちた。


「アミちゃん!」

 私は慌ててアミちゃんの側に駆け寄った。


 アミちゃんはほほを真っ赤に腫らしながらも、サエジを睨みつけて言った。

「殴られたって、私はあなたの言いなりになんてならない!」


「こりゃぁ、キツイ躾が必要の様だな」

 そう言うと、サエジは腰に下げた袋から包丁を取り出した。


 サロウとウロウは少し低い所でそれを見て、にやにや笑っていた。


「止めろ!」

 そう言うや否や、ナオヤはサエジの包丁を持った手に掴みかかった。


「何すんだ、このガキ!」

 サエジは包丁を持ったまま、その手をつかむナオヤを振り回した。


 ナオヤが刺されちゃう、どうしよう!


 そう思った時だった。ザッと音がして、地面に矢が刺さっていた。

「次は当てる!」


 声の主を探すと、サウロとウロウの向こうに弓を構えたお兄ちゃんがいた。


「止めろ、犬コロ!」

 そう叫び、サロウとウロウは噛みつこうとするゴロから逃げまどっていた。


「お兄ちゃん!」


 ドンと音がして、ナオヤが地面に転がっていた。

 でもよかった、包丁はナオヤが奪い取ったみたいだ。


 顔を真っ赤にさせて、サエジがナオヤに掴みかかった。

 ナオヤがやられちゃう!


 再び空気を裂く様な音がして、ドスっと音がした。


「うっ」

 うめき声と共に、サエジの態勢が崩れた。


 そのすきにナオヤはサエジの脇に回り、手を伸ばしサエジの首に包丁を当てた。

「刺されたくなかったら、アミさんを諦めろ!」


 サエジの太ももにはお兄ちゃんの放った矢が刺さり、血が流れていた。

 サエジは何も言わずに、憎々し気にナオヤの顔を睨んだ。


 お兄ちゃんはそれを見ると、弓の標的をサロウとウロウ変えた。


「イリカ、僕のリュックからロープをとって!」

 ナオヤが叫んだ。


「分かった!」

 急いでナオヤの背に回り、リュックからロープを取り出した。

「出したよ。どうすればいい?」


「サエジを縛ろう」

 ナオヤが言った。


 ナオヤはサエジを真っすぐ見上げると「刺されたくなかったら、両手を前に出せ!」と言った。


 怒った獣が出すようなグオオォという音をのどから出しながら、一瞬間が空き、サエジが両手を前に出した。


 アミちゃんと私でロープを持ち、協力してサエジの両手をきつく縛った。

 縛り終えると、余ったロープはアミちゃんの持つ小刀で切った。


「足も縛りましょう」

 アミちゃんが少し嬉しそうに言った。


「そうだね」「そうしよう」

 私とナオヤは同時に言った。


「足を閉じろ」

 ナオヤが言った。


 サエジが大人しく足を閉じると、私とアミちゃんは大変だったけど両足を一つにまとめ縛り上げた。


 余ったロープを小刀で切ると、サエジはよろけて地面に倒れた。

 まだ太ももに矢が刺さったままだったから、倒れた衝撃で傷をえぐったのか顔を歪めた。


 お兄ちゃんの方はと見てみると、お兄ちゃんはウロウをロープで縛り上げ、ゴロはサロウの足に噛みつき動きを封じていた。


「痛てぇ、放せ!」

 サロウが足を振り上げゴロを吹き飛ばそうとしたけれど、ゴロは噛みついたまま離れない。


「いいぞーゴロ」

 そう言いながら、お兄ちゃんはサロウの首に輪っかになったロープをかけ、サロウの体もロープでぐるぐる巻きにして行った。


 私達はお兄ちゃんに急いでかけ寄った。

「お兄ちゃん、ありがとう!」

 私はお兄ちゃんの首に抱きついて言った。


「危ない所を、本当にありがとう」

 アミちゃんもすぐそばで言った。


「ありがとうございます」

 ナオヤも少し複雑そうな顔で言った。

「でもどうして僕達の居場所が分かったんですか?」


「あぁ、こいつだよ」

 お兄ちゃんがゴロの頭をなでながら言った。


 ゴロはお兄ちゃんから干し肉のおやつをもらい、ハッハッ言いながら嬉しそうに尻尾を振っている。


「ヤシキに行ったら母様が、イリカが穢れ地に行っちゃうって慌ててて、探すよう頼まれたんだよ。

 で、ゴロにイリカの場所分かるか聞いたら、付いて来いって感じで走り出したんで後を付いて来たんだ」


「そうなの、ゴロすごいねー。いいこいいこ」

 そう言ってゴロの顔を両手でわしゃわしゃなでると、誇らしそうにワンッと一声鳴いた。


「ゴロありがとうね」

 アミちゃんもゴロに笑いかけると、優しく頭をなでた。


「サエジ達は何で僕等の居場所が分かったんだろう?」

 ナオヤが言った。


「さぁねぇ? ニシノヤシキの関係者総出でアミの事村中探してるみたいだから、奴等がたまたまここらの探索の担当だったんじゃないか? で、お前等焚火したろ、その煙で分かったんじゃないか?」


「そっか」

 ナオヤが『失敗した』という顔で言った。

「ごめんよ」

 ナオヤはアミちゃんと私の顔を見て言った。


「気にしないで」アミちゃんが言った。

「大丈夫」私も言った。


「で、お前等どうする? 村に戻るか?」

 お兄ちゃんが腕を組んで言った。


 アミちゃんとナオヤと私はお互いの顔を見あわせた。

 お兄ちゃんがどんな行動をとるか分からなかったから、何と答えればいいか戸惑った。

 私とナオヤは、アミちゃんを見てその答えを待った。


「戻らない」

 アミちゃんが真っすぐお兄ちゃんを見て言った。


「私もアミちゃんが穢れ地で落ち着くまで、一緒にいる」

 私も言った。

「でも、できるだけ早く帰ってくるから!」


「そっか」

 お兄ちゃんは軽く肩を竦めて言った。

「まあこうなっちまったら、しばらく村から離れるのもいいかもな。でも母様が心配するから早く戻って来いよ」


「ありがとうお兄ちゃん!」


 アミちゃんもほっとした様に、胸を撫で下ろしている。


「お兄ちゃんはこれからどうするの?」


「んー、穢れ地の前まで一緒に行ってやるよ」

 お兄ちゃんが背負った弓を触りながら言った。

「また何か出てくるかも知れないだろ?」


「ありがとう」

 アミちゃんと私は同時に言った。


「とても心強いです」

 ナオヤもほっとした様に言った。


「こいつ等どうする?」

 お兄ちゃんが、サエジ達を見て言った。


「このままにしたらダメかな」

 ナオヤが言った。

「あ、でもこれぐらいやっとくか」

 そう言うとナオヤは、サエジの太ももに刺さった矢を抜くと手当を始めた。


「くそっ、後で覚えてろよ!」

 矢を抜かれた痛みに顔を歪め、サエジがうなった。


「やっぱ、このまま転がしておこうぜ」

 お兄ちゃんがあきれ顔で言った。

「俺が村に戻る時にでも、足の縄は切ってやるよ」


「そうしよう」

 私とナオヤがそう言うと、アミちゃんもうなずいた。


 お兄ちゃんを加え四人になった私達は、改めて地図と方位磁石を確認すると、南に向かって歩き出した。

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