第13話

十三、  試練〈ナオヤ〉


 リンタさんが加わり、岩だらけの谷間をさらに三時間程歩いた。


 右に大きく曲がった谷間を抜けると、遠くに黒くて長い壁が見えた。

 穢れ地と村とを分ける壁だ。


 岩にしがみつくような低い草以外生えていない荒れた岩ばかりの場所に、黒く巨大な建物が突如現れ、圧倒されるような異様な光景だった。


 近付くたびに壁が大きくなり、進んでいないような、むしろ押し戻されているような気がした。


 それでも足を止めずに黙々と歩き続けた。


 とうとう穢れ地の壁の目前まで来た。

 壁がのしかかるかのように高く大きく立ちふさがる。


 僕達は動けないでいた。

 やっとここまでやって来たんだという気持ちと疲れ、それに僕はこれから伝えなければいけない事が重すぎて。


「やっとここまで来たね」

 イリカが深呼吸とため息が混ざったような息を吐きながら呟いた。


「俺はここで戻るよ。気を付けてな」

 リンタさんが言った。


「お兄ちゃんは行かないの、穢れ地」

 イリカが残念そうに言った。


「行かない。興味ないし、母様と父さんが心配するから」

 頭を横に振ってリンタさんが言った。

「イリカはそこまで気にしなくていい、本当の親じゃないんだし」

 リンタさんが探るような目で言った。

「でもまあ母様は本当の娘の様に大切に思っているから、早く帰って来いよ」


「お兄ちゃん、知ってたの!?」

 イリカが驚き声で言った。


「ああ、やっぱりイリカも気付いてたか。

 父さんたまに酔うと愚痴ってたからな。

 モリ様が母様に捨て子を預けなければ、俺はもっと一緒に暮らせたのに、って」


「そうだったんだ……だから私によそよそしかったんだ。ずっとお父さんは私が悪い子だから嫌ってるんだと思って悲しかった」

 イリカが肩を落としながら言った。 


 でもぱっと顔をあげると、きっぱりした声で言った。

「でも私にはどうしようもない理由だと分かったから、ちょっと気が楽になった」


 リンタさんは柔らかい表情で、イリカを見てうなずいた。

「ナオヤ、イリカを頼むよ」

 リンタさんが僕の方を振り向くと、真っすぐ目を見て言った。


 僕はイリカを見た。

 僕が「はい」と言うのを信じて疑わない、真っすぐな目をしていた。


 この純粋な信頼や好意を永遠に失ってしまうことに、内臓を抜かれたような寒気を感じる。


 でももう、これ以上引き延ばす訳にはいかない。


「ごめん。僕も行けない」


「え、何で!?」

 イリカが叫んだ。


「どうして!?」

 アミさんもびっくりした様な声で言った。


「僕はここから出たらダメなんだ」

 小さな声で僕は言った。

「本当は、いたらいけない生き物なんだ」


「何言ってんだよ」

 リンタさんが怒ったように言った。

「そんな訳ないだろ!」


「そうだよ、何変な事言ってるの!?」

 イリカも怒ったような泣きそうな顔で言った。

「一緒に行こうよ、ナオヤだってあんなに行きたがってたじゃない!」


「カイ君も、そうなの?」

 静かな声でアミさんが言った。

「だから死んでしまったの?」


 僕は何も言えずにうなずいた。

 のどが狭くなってしまったのか、息が苦しい。


 本当なら、僕もカイさんのようにするべきなのかも知れない。

 でもまだ、僕にはやる事がある。


「カイさんが死んだ? それ、本当かよ!」

 リンタさんが言った。


 僕はうなずいた。

「悪いけど」


 のどを押し広げる様声を絞り出し、僕は言った。

「これから先の事はリンタさんには聞かせられない」


「助けに来てやったってのに、それかよ」

 あきれて怒った様にリンタさんが言った。

「すみません。でも限られた人しか知ってちゃいけない事なんです」


「なんだそれ」

 リンタさんはそう言うと、腕を組んで真っすぐ僕の目を見た。


 僕も決意と共に真っすぐ見返した。


「しょうがねぇなぁ……じゃあ、俺が一緒に行く」

 リンタさんが、ため息と共に言った。

「イリカとアミだけじゃ危ないだろ」


「それもダメなんだ」


「じゃあ、二人だけでヤバンな地へ行かせようって言うのか!」

 リンタさんがにらむような目で言った。


 僕は言葉を探したけれど、とっさには出てこなかった。

 何か言わなきゃいけないのに、言葉が出ない。


 イリカとアミさんが、心配気にリンタさんと僕を見ている。


「お兄ちゃん、大丈夫!」

 イリカが明るい声で言った。

「詳しくは分からないけど、行く当てはあるし、そんなにヤバンじゃないみたいだから」


 イリカ、ありがとう。

 僕が困っているのを見て、助けてくれて。


「アミちゃんが落ち着いたら、すぐ帰ってくるから! 大丈夫だから、ね?」


「……分かったよ」

 リンタさんは、渋々と言った感じで、ため息と共に言った。


「せっかくここまで一緒に来てくれたのに、ごめん」

 深く頭を下げて、僕は言った。


「ふんっ。じゃあ俺はもう帰るぜ」

 リンタさんはそう言うと、イリカの方を向いた。

「気を付けてな。早めに帰って来いよ」

 イリカの頭をなでながら、リンタさんが言った。


「分かった。お兄ちゃんも気を付けてね」

 はにかみながらイリカが言った。


「じゃあな」

 そう言うと、リンタさんは背を向け、来た道を戻っていった。


「ありがとうー! 気を付けて!」

 僕とイリカとアミさんは、その背中に向かって叫んだ。


 リンタさんは一度振り返ると、右手を大きく振って、またゴロと一緒に進んで行った。

 

 リンタさんの背中が遠くなり、イリカとアミさんが僕の方をじっと見た。


 僕は声を出そうと思ったけど、せき込んでしまった。


 イリカが何も言わずに竹筒の水を差し出してくれた。

 水を飲むとのどの具合が少し良くなった。


 さあ、僕はどこから話したらいいんだろう。

 咳払いをして、のどの調子を整えた。


「試練では何があったの? カイ君は何故死んでしまったの?」

 アミさんがつかえていた物を吐き出すよう言った。


「その事から話すよ」

 僕はその時の事を思い出しながら、少しずつ話をしていった。


            *    *    *


 試練は本殿で行われた。

 モリ様に本殿の広い板の間に通された。


 部屋はガランとしていて、三つの膳台と座布団が数枚、部屋の隅に布団一組とおまるの様な物と、部屋の四隅に燭台が置いてあるだけだった。

 人はモリ様と僕しかいない。


 膳台の上には、スズランをかたどった金色に光るぎょくの様な物、美しく磨かれた銅の鏡、腕一本の長さの抜き身の刀がそれぞれ載っていた。


 モリ様は部屋の奥の方の座布団に座ると、僕に三つの膳台を挟んだ向かい側の座布団に座るよう手で促した。


「本当に試練を受けますか?」

 モリ様が試す様に言った。

「知ってしまったら、後には戻れませんよ」


 僕はカイさんの死を思い起こし、一瞬躊躇した。

 死ぬ程の試練……。


 まだ死にたくない。

 でもそれ以上に、真相を知りたい。


「お願いします」

 僕はモリ様の目を真っすぐ見て言った。


「分かりました。では試練について説明しますね」

 モリ様が静かな声で言った。


 ロウソクの揺らめく光で、モリ様の表情が上手く読めない。


「これから私が話をしますので、それを聞いた後、一晩ここで過ごして下さい。一人きりで」

 モリ様はそれだけ言うと口を閉じた。


「それだけですか?」

 僕は拍子抜けした。

 なんだ、それだけでいいんだ。

 どんな大変な目に合うのか心の準備をしていたのに。


「はい。明日の朝また来ますので、その時にまだその意志があるようでしたらモリ候補として正式に認めます」


「はい」

 僕は気を引き締めるように、はっきりと返事をした。


「では始めますね」

 モリ様はゆっくりと、おだやかな声で話始めた。


「昔々、穢れ地に一人の王とお妃が住んでいました。――王とお妃って分かりますか?」


「はい」

 僕は『ヨウとユウから聞いています』と付け加えそうになったけれど、二人から会っていることは秘密にしておいてと言われていた事を思い出し、言葉を飲み込んだ。


「では話が早い」

 軽くうなずいてモリ様が言った。

「分からない言葉があったら聞いて下さいね」


「はい」

 僕はうなずきながら言った。


「王とお妃は夫婦になり早々に女の子に恵まれ、幸せに暮らしておりました。

 その後さらに三人の女の子に恵まれましたが、その幸せは長くは続きませんでした。


 ここでヤシキを継ぐのとは逆で、穢れ地では男性しか王位を継げなかったのです。 

 それでも王とお妃は自分の娘が女王として穢れ地を継げない事を、始めは重くとらえてはいませんでした。


 しかし、王女が穢れ地を継げないとなると、次に継ぐ者が問題になってきます。

 当時の王太子――次の王と約束された人――として王の弟がついていました。

 その王太子は人間性に問題があり、冷酷さと横暴さで知られていました。しかも王太子には伴侶がおらず、子どももいませんでした。


 穢れ地の人々は、王とお妃に男の子が産まれる事を切望しました。


 困り果てた心優しい王とお妃に、ある治療師が進言しました。

 治療師の技で、男の子だけが確実に産まれるようになる方法があると。

 その技を受けて産まれた男児からは、子々孫々、男児のみが産まれ続けると。


 王とお妃は大変喜び、すぐに治療師の技を受けました。

 技を受け始めて三年後、待望の男の子、シン王子が産まれました。

 王子の誕生に穢れ地中が喜び、王子が王太子となりました。


 その一年後、技を受けなかったにも関わらず、さらに男の子を授かりました。


 時は経ち二十五年後、シン王太子はお妃をむかえました。

 すぐに二人の男の子にも恵まれました。


 そして王が亡くなり、シン王太子が王の位を継ぎました。

 王の死の直前、王とそのお妃は治療師の技、自身の生い立ちについてシン王子に告白しました。


 シン王子は戸惑い混乱しました。

 治療師の技術を学んだことのある王子の理解では、その技が、自身の存在が、自然の和を、人の世を乱す危険性に気が付いたからです。


 男児しか産まれない呪われた血。

 その血を受け継ぐ者、可愛い我が子が、すでに誕生してしまっているのですから。


 世のためには、これ以上呪われた血を増やすべきでない事は分かっていましたが、可愛い我が子を殺す訳にもいかず途方に暮れました。

 しかも、男児しか産まれないという仕組みは、女児が宿っても育つことができずに流れてしまうためでした。

 シン王子は、産まれていたかも知れない女児を殺めてしまったことにも深く心を傷めました。


 ならば被害を最小限に抑えるしかない。

 そう決断したシン王はすぐに王の位を弟に譲ると、穢れ地の端の端、住む人の少ない地理的に閉じられた土地へと移住しました。


 その地には以前から自給自足と平等を理念とした人々が集まった小さな村がありました。 


 シンとその妻、幼い兄弟はその村で鶏や山羊を飼い、野菜を作り、そして穢れ地から支援される食糧とで細々と暮らしていきました。


 兄弟が年頃になりましたが、シンは二人に血の呪いの事を話せていませんでした。 

 それぞれに想い人がいる中、二人に残酷な現実を伝えるのをためらっていたのです。

 その後兄弟は想い人と夫婦となり、それぞれ男児二人に恵まれました。


 ……その様にして、血の呪いを負った男性が、一人が二人、二人が四人、四人が八人と世代を重ねるたびに増えて行きました。


 その血が繁栄する中、他の血筋の男性や、女の性を駆逐しながら。


 ……その土地が、ここ私達の住む村。


 ハイザワの名を継ぐ者は皆、シンの子孫にあたります。


 そして何世代からか分かりませんが、今のヒノメ神信仰と毎年夫婦を選ぶ仕組みが出来上がりました」


 モリ様はここまで一気に話すと、口を閉じた。

 僕の思考を読み取るように、じっと僕の目を見据えている。


「え、えっ。じゃあ、ヒノメ様はいないって事ですか?」

 僕は一気に聞いて頭が混乱していた。

 震えが止まらなかった。


「そうですね。歴代のモリが、村の運営上都合が良かったので作り上げた仕組みです」


 僕は聞いた話を整理しながら、今まで何となく違和感を覚えていた事の理由が分かり、絶望感と爽快感が混ざったような不思議な気持ちになった。


 カイさんが死んでしまった理由も、何となく想像できた。


 カイさんは、自分の幸せより、村の、アミさんの幸せを選んだんだろう。


 カイさんは自分がいたヤシキが滅ぶ悲しさを知っているから、それがアミさんの身に降りかかるのを防ぎたかったのだろう。

 

 それに、この先アミさんとの間に女児が産まれずがっかりされ続けるよりも、今の幸せのまま自分を覚えておいて欲しかったのかも知れない。


 そして、分かった。


 シンが恐れていた事が今村で起こっていて、多分もう、手遅れな事も。


 今村にいる子どもを今後産めそうな女性は、イリカも含めて十一人しかいない。

 対して、妻を求める男性は二百人以上いる。

 その内、約五分の四はハイザワ姓だ。


 このままではおそらく、後数世代の内に子どもを産める女性がいなくなり、村は滅びるだろう。

 一番最近女児が産まれたのは、サエジの娘が産まれた八年も前だ。


「モリ様は、僕にどうして欲しいんですか?」

 僕はあえて広い意味にとれるように聞いてみた。


「お好きな様に」

 モリ様は口角を微かに上げて言った。

「私は自然に、個に任せようと思っています」


「それは、村が滅んでもいいって事ですか?」


「そうですね」

 モリ様はいつもの様に微笑んで言った。

「ナオヤは、死ねと言われたら死ねますか?

 イリカの事を諦められますか?

 私には、そうするよう促すことが正しいとは思えないのです」


 僕は、何の覚悟もなく、馬鹿みたいに質問した事を後悔した。


 まだ聞かされた話への理解が追い付かない。


「可能な限り穏やかに、村を、ハイザワ達を終わりにできたらと思っています」


「僕は……」

 何か言わなくてはと気持ちは焦っているのに、何を言ったらいいか思い浮かばない。

「でも、それじゃあ、ハイザワ以外の人達に申し訳なさすぎます。女性や、ハイザワ以外の男性を穢れ地に連れて行く事は出来ないんですか?」


「男性は……ハイザワの血が紛れている可能性があるので、外に出すことはできません」

 きっぱりとモリ様が言った。

「しかし、女性は可能かも知れませんね」


 モリ様はここで、僕の目から視線を反らせた。


「シンは、自分の孫息子が産まれた時から、今のモリの様な役割を始めました。

 つまり、ハイザワの血の管理と監視です。

 シンは弟である穢れ地の王にもその役目を託しました。

 現在、村の男性の体には、マイクロチップと言う物が埋め込まれていて、それを埋め込まれた者の動きは穢れ地で追跡監視されています。

 もちろん私やあなたも」


「え」

 僕は慌てて両手を見て、次に顔や頭を触ってそれらしき物がないか調べたけど、分からなかった。


「マイクロチップの注入の仕方等は、試練が終わったら教えます」


「それもモリの役目なんですね……」


「そうですね、子が産まれたらすぐに行います」


「この事は、ヒロトさんやウタロウさんとか、他の人も知っているんですか?」


 モリ様は緩く頭を横に振った。

「いいえ。村の中でこれを知っていいのはモリかその候補者だけです。

 そして、ハイザワの血を引くものだけがモリになると決まっています。

 ヒロトとウタロウはハイザワではないのでモリにはなれません。

 ……まあ図書館の双子も何故か知っていますがね」


モリ様は膳台の方に視線を移した。

「ここにあるものはヒノメ様が宿るご神体と言う事で、試練を行う際は用意することになっています」


 モリ様はスズラン模様が入った玉を示した。


「これはシンが王だった時の、自身を象徴、証明するための玉です」

 次に、鏡を手で示した。

「これは穢れ地の信仰を模して置かれているようですね」


「これは」

 モリ様が最後の膳台を示して言った。

「見ての通り、刀です。これは――」

 モリ様はここで急に口を閉じてしまった。


 何か思いを巡らしていたのか、しばらくしてまた口を開いた。


「これも穢れ地の信仰を真似て用意することになっています」

 モリ様はそう言うと、早口で続けた。

「質問は色々あるかと思いますが、残りは試練が終わった後で説明します」


「はい、分かりました」

 僕は聞かされた話の量と重さに圧倒されながら、そう答えた。


「では、明日の夜明け頃、また会いましょう」

 モリ様は立ち上がりながらそう言うと、一度僕の顔を真っすぐ見て、本殿を出て行った。


 部屋に一人になると、急に静かになった様な気がした。

 広い板の間の部屋はがらんとしていて、肌寒さを感じた。

 僕は部屋の隅に畳んであった布団を膳台の前に敷き、座りながらかけ布団をかぶった。


 考えなければいけない事が、たくさんある。


 ……考えなければいけないのに、目が、意識が、自然と刀に向かってしまう。


 つばや柄の無い、純粋な鋼だけの刀身に、本来柄のある部分に包帯の様な白い布が巻き付けてある。

 手入れが良いのか、銀色に光る刃に曇り一つない。

 手に取ってもっとよく見てみたい―――


 ダメだ。この刀に触れてはいけない。


 カイさんは多分、この刀で胸を貫いたんだ。


 ……でも、僕もそうすべきなんだ。

 僕は産まれちゃいけない生き物だったんだ。

 手を伸ばす。


 ……でも、イリカはどうなる?

 僕が死んだら、きっと悲しむ。

 イリカが泣く様な事はしたくない。

 手を戻す。


 でも、でも―――


 ……思考が飛んで、まとまらない。

 


 気が付くと外は白ばみ、夜が明けていた。

 僕は布団をかぶってずっと座ってまま、一夜を明かしていた。


 みしみし木のきしむ音がして、誰かが本殿に近付いて来る気配がした。


 戸の前で足音の主が一瞬止まった。

 そしてがらりと戸が開かれ、モリ様が立っていた。


「生きてます」

 僕は首だけモリ様の方を向け、座ったまま言った。


「良かった」

 モリ様が微笑んで、小さな声で言った。

 モリ様も眠れてないのか、目の下が落ち窪んでいた。


「でも、何か分かった訳でも決めた訳でもないんです。取り敢えず、今はまだ死にたくないだけ」


「上等です」

 顔いっぱいに笑って、モリ様が言った。

「生きていれば良い事もあります」



 そうして僕は、試練をしのぎ、正式にモリ候補になった。


   

          *     *     *


「――と言う訳なんだ」

 僕はイリカとアミさんにそう説明した。


 アミさんは話の途中から、静かに涙を流していた。


「嫌だよ、死ぬとか言わないでよ」

 涙ぐみながらイリカが言った。

「死んじゃダメだよ」


「死なないよ」

 僕はイリカをなだめるように、柔らかく言った。

「僕はモリを継いで、なるべくみんなが幸せを感じられる様に導きたいんだ」


「どうしても一緒に行けないの?」

 イリカの目から、ぽろりと涙がこぼれた。


「僕は外に出ることが許されない。

 穢れ地に呪われた血を出す訳にはいかないからね。

 穢れ地からの監視の目もあるし」


 その時、じゃっと砂利を踏むような音がした。


 見るとモリ様が立っていた。

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