第9話
九、 春の宴 三日目〈イリカ〉
モリ様が拝殿の扉の前に立ち、集まった村の人々を見下ろしている。
今日は宴の三日目、これから夫婦決めの神託の結果が伝えられる。
モリ様はいつもの緑のケープではなく、緑だけれど分厚くて引きずるように長いマントを着ていた。
毎年この日だけはこの刺繡の凝った重厚なマントを着ている。
帽子もいつもの淵の無い浅い物から、高く重そうな物へと変わっている。
モリ様から少し離れた所に、進行役のウタロウさんが控えている。
円卓にいた女性とその夫予定の男性が最前列に並んで立っている。
それ以外の人達はそれぞれ自由に立っている。
私と母様は私の希望で、アミちゃんの直ぐ後ろに立った。
誰もが口を閉じ、モリ様の言葉を待つ。
「ヒノメ様より神託の結果、次の者達は希望通り夫婦と認められました」
あれ? 私はここで嫌な予感がした。
今までは毎年『全員無事に、ヒノメ様に認められました』となるのに。
どうかアミちゃんとカイさんが結ばれますように!
アミちゃんは、祈るように両手を胸の前で握りしめ顔を伏せていた。
モリ様が次々と名前を言っていく。
七組の夫婦の名が呼ばれた。
残念だけど、お兄ちゃん達の名前は呼ばれなかった。
これは母様、後で荒れちゃうよ。
「そしてニシノアミ」
ここでモリ様の声が止まった。
「カジサエジと夫婦となるよう、ヒノメ様からのお言葉です」
え、サエジと!? 酷い! ヒノメ様も、モリ様も酷い! こんなのって、あんまりだ!
アミちゃんはと見ると、顔を上げ両手を握りしめたまま全身で震えていた。
その横で、アサさんがうなずいている。
アケミさんは静かにアミちゃんの肩に両手を添えた。
カイさんの姿を探しぐるりとその場を見渡したけれど、見当たらなかった。
アミちゃんが顔を伏せ、肩を震わせた。
声に出さずに泣いているのかも知れない。
「神託は、以上です」
そう言うと、モリ様は拝殿の奥に行ってしまった。
代わりにミツカイのウタロウさんが前に出て来た。
ウタロウさんはいつものミツカイの黒いケープをまとっている。
「今年も良き縁に恵まれ、皆様まことにおめでとうございます」
ウタロウさんが言った。
「これより成婚式となりますので、今年夫婦となった方とその親族以外の方は、ここでお引き取り下さい」
母様と私は、直ぐにヤシキに戻ることにした。
この後ヤシキにお兄ちゃん達がやってきて、一緒にご飯を食べることになっているから。
おやしろを出る前、アミちゃんはまだ泣いていた。
アサさんはそれを叱っていたけれど、アケミさんはやんわりアミちゃんをかばっていた。
私はアミちゃんを慰めたかったけれど、なんて言えばいいか分からなかった。
こんな時、何て言えばいいんだろう……。
アミちゃんが両手で顔を覆い泣く姿を、しばらく見ていることしかできなかった。
「アミちゃん、元気出して」
なんて薄っぺらい言葉だろうと思いながら私はつぶやいた。
アミちゃんはただ泣き続ける。
「イリカ、帰るわよ」母様が言った。
もっとアミちゃんに何かできたんじゃないかと心残りのまま、その場を離れなければならなくなった。
カイさんどこにいるんだろう。
カイさんにも辛い神託だから、アミちゃんの側に来れないのかなぁ。
そんな事を思いながら、私は母様の後に続いておやしろを後にした。
その夜、お兄ちゃん達の残念会と言う事でヤシキに集まりみんなで夜ご飯を食べた。
そんな時、ヤシキの扉がガラリと開きサエジが現れた。
その取り巻きの、サエジの従兄二人も一緒だ。
「アミの奴、ここに来てねぇか!」
怒鳴るようにサエジが言った。
「匿ったら承知しねぇぞ!」
取り巻きの一人が唾を飛ばしながら言った。
荒い息で三人は怒鳴り続ける。
その言葉を何とか理解すると、アミちゃんは挙式後一度ニシノヤシキへ帰ったけれど、すきを見てヤシキから逃げ出してしまったみたいだ。
アミちゃん、どこに行っちゃったんだろう……。
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