第3話

三、  薬草園の手入れ〈ナオヤ〉


 春曇りの空の下、長い冬を耐えた植物達が春の日差しに喜ぶ様に緑の顔をのぞかせている。

 モリ様、治療師のヒロトさん、カイさん、僕の四人は、薬草園の手入れに来ていた。


 ヒロトさんは三十歳位の小柄で色白な人で、目の下にくまがくっきり出ている。

 ミツカイの中でも、専門的に村人の治療を行っている。

 村で治療師として働くのは、モリ様とヒロトさんと後二人だけで、カイさんと僕はその見習い中だ。


 カイさんもミツカイで確か僕より四つ上の十七歳だ。

 中肉中背で春にしてはよく日に焼けている。

 顔の彫が深く、眉毛と目の間が狭くて切れ長の目が格好いい。

 物静かだけどとても優しい人だ。

 イリカの友達のアミさんと仲がいいのか、たまに二人でいるところを見かける。

 カイさんは境遇が似ているせいか、僕の事をよく気にかけてくれる。


 カイさんも僕も、十歳になりヤシキを出なければいけなくなった時、父親の家に引き取ってもらえずミツカイになった口だから。


 僕の父さんの場合、すでに兄さんを引き取っていて家も狭く、働き先の農場でももう人手が要らないと言われ、しょうがなかったのかも知れないけど。

 でも、いくら理由があったとしても、悲しくて傷付く事にかわりない。


 だから僕は、人としてミツカイとして、強く必要とされる大人になりたい。

 もういらないなんて、言われたくない。


 カイさんの場合、父親が同じ兄弟が九人いてしかもカイさんが幼い時に母様が亡くなり、父親一人で子どもを育てきれなかったからミツカイになったらしい。


 オヤシロの東隣にある薬草園には、薬として使える木や草が植えられている。

 暖かくなるにつれ雑草が目立つ様になっていた。


 薬草園には、北側にゆずやざくろやイチジク等の薬木が植えられ、その南側に十数種類の薬草が種類ごとに石で仕切られ植えられている。

 今日は薬草園を管理しているヒロトさんから手入れの手伝いを頼まれていた。

 四人ともいつもの生成りの綿の長袖長ズボンに、つばの広い麦わら帽子を被っていた。今は作業の邪魔になるからケープは近くの木にかけてある。

 ヒロトさんは足元に鎌や六つのかごを置き、モリ様、カイさん、僕の顔を見渡し力のこもらない声で言った。


「じゃあ、今日は薬草園の手入れと、状態の良い薬草の採取をして欲しい」


「栽培している薬草以外は全部抜いてしまっていいんですか?」

 カイさんが訊いた。


「そうだな、タンポポなんかは栽培している区画以外は抜いてくれ。あとカタバミやドクダミ等繁殖力が強いやつも、栽培区以外のやつは抜いちまってくれ」


「あー、タンポポとドクダミは後で使うので、分けておいて下さい」

 モリ様が言った。


「カラスノエンドウは栽培区の薬草の邪魔をしてなきゃ、そのままにしといてくれ。レンゲソウもだ」

 ヒロトさんが言った。


「どうしてですか?」

 僕は不思議に思い訊いた。


「肥料代わりになるからだ」

 ヒロトさんが短く言った。


「根にある玉の様なものが、土を豊かにしてくれるんですよ。それに花がハチ等の昆虫を呼んで、草木の受粉を助けます」

 モリ様が付け加えた。


「分かりました」

 カイさんと僕はほぼ同時に言った。


「ヒロトはカイと、ナオヤは私と組んでやっていきましょう」

 モリ様が言った。


「分かりました」ヒロトさんが言った。


「はい」カイさんと僕は同時に言った。


「じゃあ俺らはこっちの南東からやるんで、モリ様は南西の畑からお願いします」


「分かりました」

 モリ様はそう言うと、置いてあったかご二つ取ると、一つを僕に渡してくれた。


 僕はかごを背負うと、置いてあった鎌を手にした。


 モリ様と並んで畑の南西に向かうと、目の前をナナホシテントウがブゥーンと通り過ぎた。

 近くのカラスノエンドウにとまると、黒くて薄い羽を赤くつるりとした羽の下にぱたぱたと大切そうにしまった。


「ナオヤは本当に虫が好きですよね」

 にっこり笑いながらモリ様が言った。


「はい」

 僕はテントウムシに気を取られて立ち止まってしまっていた事に気が付いて、恥ずかしくなって小さな声で言った。


「興味を持つのはいい事ですよ」

 モリ様が言った。

「虫にも薬になるものがありますし」


「そうなんですか?」


「ミミズ、セミの抜け殻、カマキリの卵など結構ありますよ」


「何に効くんですか?」


「ミミズは解熱剤。セミの抜け殻は結構色々使えて、解熱、炎症止め、痒み止めなど。カマキリの卵は尿の問題などに効きます」


「すごいですね。僕セミの抜け殻たくさん集めてます! 足りなくなったら使って下さい」


「そうなんですねー、ありがとう。その時はお願いしますね」


「テントウムシも薬になりますか?」


「うーん、どうでしょう? ちょっと知識にはないですね」

 モリ様も立ち止まって、あごに手を当て考え出した。

「でも、テントウムシが出す黄色い汁、あれは血みたいなんですけどね、臭くて苦くてテントウムシを食べようとした鳥なんかが驚くらしいんですよ。そいうのって、何かしらに使えそうですよね? 調べてみる価値があるかも知れませんね」

 モリ様はにこにこ楽しそうに言った。


「おい、ナオヤ」

 少し離れた所を歩いていたヒロトさんが、張りの無い声で言った。

「モリ様に余計な事焚きつけるの止めろ」


「焚きつけてなんかないですよ!」

 僕は慌てて言った。

「ただ訊いてただけです」


「モリ様が変な事して倒れたら、恨むからな」

 ヒロトさんが言った。

「そのしわ寄せがこっちくんだからな」


 そう言えば、モリ様が前体調崩した時、ヒロトさん一人で患者を診ることになって大変だったって愚痴っていたっけ。


「大丈夫ですよー」

 モリ様が少しばつが悪そうに笑って言った。

「あれからもっと気を付けてますから」


 あれが何の事を言っているか分からなかったけれど、ヒロトさんの目の下の真っ黒なくまと疑わし気な視線を見ると、モリ様のこの大丈夫はちょっと信じられないような気がした。


「モリ様、テントウムシの事は僕が調べるんで忘れて下さい」


「そうですか?」

 モリ様が少し残念そうな顔をして言った。

「試す時は付き添うんで言って下さいね」


 『何をどう試さなきゃなんだろう』と思ったけど、ヒロトさんがこっちをにらむからただ短く「はい」とだけ応えた。


「そんな事より、モリ様、もっと気にしなきゃいけない事があるでしょうよ」

 ヒロトさんが珍しく力を込めて言った。

「このままでは村は滅びますよ」


 ヒロトさん、何をいきなり言い出すんだろう。

 ヒロトさんの向こう側にいたカイさんもぎょっとした様にヒロトさんを見つめた。   


 モリ様は特に表情は変わらず小首をかしげ、ヒロトさんの言葉の続きを待っている様だ。


「前も言いましたけどね、ずっと産まれる子どもの数が減りっぱなしなんですよ。

 特に女の子。

 最後に女の子が産まれたの、八年前ですよ、八年前!

 そもそも子どもを産めそうな女性の数が今年八人って、何でこうなるまで放っておいたんですか!?」


「放っておいたって、それはモリ様のせいなんですか?」

 カイさんが驚いたように、でも静かに言った。


 僕はこんな事までモリ様の責任のように言われ、モリ様が可哀想だと思った。

 山羊じゃあるまいし、いくらモリ様でも他の人の出産まで口出しする訳にはいかないと思う。

 でも、最後に女の子が産まれたのが八年前と聞いて、それはかなりまずいんじゃないかと思った。


「夫婦決めについては、ヒノメ様にも伺っていますし、これ以上私がとやかく言う事はできませんよ」

 モリ様は少し困った様に眉を下げて言った。


「何か思い切った対策をとらなければ、後数世代で子が産まれなくなり村は途絶えますよ。いや、もう手の施しようがない所まで来ている」

 ヒロトさんがモリ様を見据えて言った。


 村が途絶える!?

 男性より女性の方が少ないとは思っていたけど、言われるまでそこまで大変な事になっているとは思わなかった。

 だってずっと、それが普通だと思っていたから……。

 もしかして、今、村はすごくまずい状況じゃないか!


「俺だって、本当は夫婦になりたい、子を持ちたい。

 ……できればミユキさんと夫婦になりたい!!」

 ヒロトさんは遠くを見るように言った。

「ミユキさんとは結構話した事があるし、たくさん贈り物もした。彼女もまんざらでもない感触はあった!

 なのに、去年の春の宴では俺の事を選んでくれなかった!

 そりゃあ、二十人も夫希望の野郎がいたら、そうそう選ばれねぇよ!」


「さっきのモリ様に言ったのって、八つ当たり?」

 カイさんが僕に耳打ちした。僕は首をかしげた。


「今年だって、どうせダメだ。俺はこのまま誰とも夫婦になれず、我が子を見ることもなく、朽ち果てて行くんだ……」

 ヒロトさんはその場でしゃがみ込み「はーっ」と大きなため息をついた。


「まだ分からないですよ、今年は結ばれるかも知れないじゃないですか」

 カイさんが慰める様に言った。


「お前はいいよな、女の方から夫婦になってくれって言われて。で、なんだっけ、他に好きなこがいるからって断ったんだっけ!?」

 ヒロトさんはカイさんをじろりと見上げると、面白くなさそうに言った。


「俺が夫婦になりたいのはアミだけですから」

 静かにカイさんが言った。


「かーっ、もてる男は言う事が違うねー」

 そう言うとヒロトさんはそこら辺にあった草をぶちぶち抜き、抜いた草を次々とカイさんの足元に放り投げた。


「はいはい、分かりましたからカイに当たらない様に」

 モリ様がなだめる様に言った。


「モリ様は誰かと夫婦にならないんですか?」

 カイさんが言った。

「それともモリになったら、夫婦になってはいけないんですか?」

 カイさんが真面目な顔で言った。


 僕もモリ様が誰にも冠を渡さないのは前から不思議に思っていた。

 だから、僕がモリ様から次のモリになるつもりはないか訊かれた時、まずその事を訊いてみた。


「そう言った決まりはないですよ」 

 僕が訊いた時と同じ様に、少し困った様にモリ様が言った。


「じゃあ何故誰にも冠をあげないんですか?」

 カイさんが言った。


「カイ!」

 にらむような目でヒロトさんが言った。


「あー、あなたと同じ理由ですよ」

 モリ様は一度目を伏せ、カイさんの方を見て言った。

「愛する人がいたので。……もう亡くなりましたが」


「すみません」

 カイさんが申し訳なさそうにぽつりと言った。


 びっくりだ。

 僕はモリ様にそんな人がいたなんて、初めて聞いた。


 誰だろう?

  僕は亡くなった女性を思い出してみたけど、産まれてすぐ亡くなった赤ちゃん以外、カイさんの母様しか思い当たらなかった。

 それとも、僕が物心つく前に亡くなった人なのかな。

 とても気になったけど、モリ様の心の古傷をえぐる様で「誰なんですか?」とはとても訊けなかった。


「まあ、気にせずに。ナオヤ、私達はあちらからやりましょう」

 モリ様はそう言うと、畑の南西へ向かって歩き出した。


 僕も「はい」と言うと、慌ててモリ様の後に続いた。


 畑の一番南の西のはじに着いた。

 その辺りは、石に囲まれたタンポポが植えられていた。

 でも、栽培区の外にもびっしりとタンポポが生えていた。


「さあ、始めましょうか」

 モリ様が畑を見渡して言った。

「ナオヤはまず、タンポポの綿毛が飛ばないように摘んでこの袋に入れて下さい。でないと際限なく増えてしまいますからね。綿毛を摘み終わったら、栽培区以外のタンポポは根ごと抜いて下さい」


「分かりました」

 僕はモリ様から布袋を受け取りながら応えた。


 僕は綿毛を飛ばさない様、そっとタンポポの茎を千切ってそれを袋に詰めていった。

 それが終わると、余分なタンポポを抜き畑の隅に一か所にまとめた。

 根っこが深くて、抜くのが大変だった。


 次の栽培区には、ゲンノショウコが植えられていた。

 茎と葉の一部が赤みを帯びていて、葉が大きく三つに分かれた扇の様な形をしている。


「ゲンノショウコは、必ずここの物を使って下さいね」

 モリ様が言った。


「分かりました。けど、どうしてですか? 結構そこら中に生えているのに」


「葉だけだと、他の草と見分けづらいんですよ。ウマノアシガタやトリカブトと言った毒性の強い草に似ていているんで注意が必要です」

 モリ様が言った。

「でもまあトリカブトも使いようによっては薬にもなるんですがね」


「モリ様は、どこかに毒草園を持ってるんだぜ」

 ヒロトさんが少し離れた所から、ちょっかいを出す様に言った。

「トリカブト、ケシ、チョウセンアサガオ、スズラン、後なんでしたっけ?」


「毒草園なんて、人聞きの悪い。立派な薬草ですよ。ただ間違った分量、使用法だと毒になる可能性が高いので、人目に付かない所で育てているんです」

 モリ様が心外そうに言った。


 僕は『図書館で育ててるやつかな?』と思ったけど黙っていた。


「スズランはモリ様の部屋にも鉢がありますよね」

 僕は思い出したまま、何の気なしに言った。


「可愛いじゃないですか、スズラン」

 モリ様が少し恥ずかしそうに言った。


「え、でもモリ様――」

 ここで僕は、口止めされていた事を思い出し、慌てて口を閉じた。

 でもモリ様、前にスズランを口にしていたけど……。




 あれは確か、去年の風の強い五月の事。


 拝殿の外廊下は、強風で葉がまき散らかされていた。僕は先輩のミツカイからそれをきれいにするよう言われていた。

 時刻は夕暮れ、風で飛ばされ雲一つなく、空は鮮やかな橙色に染まっていた。

 そんな空に密やかに夜が忍び込み、微かに退廃を思わせるようなそんな空色だった。


 僕はほうきで集めた葉を捨てるため、かごに入れようとしていた。

 ちょうどモリ様の部屋の西側で、部屋の窓には白く薄いとばりがかけられ、中は見えない様になっていた。

 モリ様は在室の様で、微かに足音や衣擦れの音が聞こえた。

 急に風が吹き、モリ様の部屋のとばりが少し揺れ、細く隙間が空いた。

 何の気なしに中を見ると、モリ様が机の前に座り、何かを両手で持っているのが見えた。

 スズランの鉢植えだ。

 ちょうど花時で、薄暗い室内で鈴の様な小さな花が白く浮かび上がるように見えた。

 モリ様は鉢を顔の高さまで持ち上げ、大切そうに花に顔を寄せると、香りをかぎ、うっとりした様に目を伏せた。

 ゆっくりと唇を寄せると、上の方にある花の一つを口に含んだ。


 不意に突風が吹き、とばりが大きくめくれ上がった。


 モリ様が驚いた様に窓の方を向き、僕と目が合った。

「この事は、誰にも言わないで下さいね」

 モリ様は窓辺に来てとばりを上げると、ばつの悪そうに口に人差し指を当てた。


「あまりにもいい香りだったから、つい口にしてしまったなんて恥ずかしい」


「分かりました」

 僕はよく回らない頭のまま、ほおが熱くなるのを感じながら反射的に言った。

 何と言うか、さっきのモリ様とスズランの光景があまりに美しくて、でもどこか物悲しくて。

 


――でも、スズランが毒だなんて。


「ヒロトさん、スズランも毒があるんですか?」

 僕はモリ様を横目に訊いてみた。


「ああ、葉や根、花、花粉、つまり草全体にある。

 花瓶に活けた水を飲んだり、他の草と間違えて食べたりして人が死んだ事もある。結構強い毒だ。

 俺なら近くに置いときたくないね」

 ヒロトさんがモリ様をあきれたような目で見ながら言った。


「あーまあ、気を付けてますから」

 モリ様が淡く笑いながら、ヒロトさんと僕を見て言った。


 僕は何に気を付けているんだろうと思った。

 もう食べないように?

 それとも毒があると分かって口にしているんだから、食べる量? 


 ヒロトさんはモリ様がスズランを食べた事を知っているのかな? 

 いや、知らなそうだ。

 知っていたら、今頃モリ様の鉢植えはヒロトさんに撤去されているはずだ。


「でも、さっき言った通り薬にもなるんですよ。強心作用や利尿作用があります。まあ、扱いがかなり難しいのでほぼ使いませんが」


「はいはい、分かりましたよ」

 ヒロトさんはおざなりに言った。


「ヒロトさん」

 少し離れた所から、カイさんが大きな声で言った。

「ちょっといいですか?」


「おお、今行く」

 そう言うと、ヒロトさんは畑の南東の方に戻って行った。


「モリ様、村が途絶えるって本当ですか?」

 僕は気になっていたけど言い出し辛くて訊けなかった事を、思い切って訊いてみた。


 隣の栽培区の草をむしっていたモリ様の手が止まった。


 そしてゆっくりと僕の方を向くと、モリ様が言った。

「まあ、そうなる可能性が高いですよね」

 口元だけの淡い笑みを浮かべながら、モリ様は続けた。


「考えてみて下さい。

 さっきもヒロトが言っていましたが、今子どもを産める年齢の女性は八人。

 それより下、未成年の女の子が三人。

 ここ七年間、男の子は二十人程産まれているのに、女の子が産まれていない。

 これがどういう事か」


 僕は少し考えてぞっとした。

 もしかすると、僕が生きている間にも、もう女の子が産まれなくなってしまうかも知れない。

 そうしたらもう人は増えず、そのまま死んでいくだけの村になってしまう。


「怖くないんですか」

 僕は両手を抱く様にして呟いた。


「怖いです」

 喉に手を添え、虚空を見つめながらモリ様が言った。


「毎日少しずつ何かに喉を締め付けられているような、そんな気分です」

 首だけで僕の方を向き、モリ様が言った。

「でもこれがヒノメ様のご意向なら、仕方がないじゃないですか」


「どうしてこうなってしまったんですか?

 だって、山羊だって、オスとメスは大体同じ数産まれてくるじゃないですか。

 何故人はこんなに男の方が多いんですか?」


 モリ様は急に感情が抜け落ちたかの様な目で、真っすぐに僕を見た。

「それは……あなたが見つけてみて下さい。

 自力で見つけるか、試練に受かるかしたら、あなたを正式にモリ候補として教育しましょう」


「はい」

 僕はそれだけ言うと口を閉じた。

 いつもにこやかなモリ様が急に笑わなくなると、とても怖く感じる。


 モリ様が草むしりを再開したので、僕も草むしりに戻った。

 カラスノエンドウが生い茂り、赤紫色の花のすぐ下の茎にびっしりとアブラムシが付いている。

 そんなアブラムシを目当てに、たくさんのナナホシテントウが集まっている。

 よく見ると、何匹もの黒い幼虫もアブラムシをむしゃむしゃとどん欲に食べている。


 イタドリの栽培区に生えたカラスノエンドウをどうしようかと迷っていると、テントウムシが一匹僕の手に乗って来た。


 つやつやと光る丸く赤い羽に七つの黒い点がちょうどいい間隔で並んでいて、とても美しい。

 テントウムシは僕の手の平の上をちょこちょこと移動する。もっとよく見ていたくて、手を目の高さまで持ってきた。


 表情を欠いたモリ様も隣でテントウムシを見ていた。


 テントウムシは、僕の中指の先端までちょこちょこと移動していった。

 そして目の前で薄く黒い羽をゆっくり伸ばすと、静かに羽ばたいて行った。


 ゆっくりと、高く高く、テントウムシは空に吸い込まれる様に飛んで行った。


 モリ様と僕は、そんなテントウムシの行く先を、ずっと見守っていた。

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