第2話
二、 ナオヤの発見〈イリカ〉
ナオヤに連れていかれた場所は、ヤシキから一時間程離れた聖域と呼ばれるところだった。
ヒノメ様がおわす聖なる場所だと教えられ、モリ様から誰も入ってはいけないと言われている。
正確にはその手前、何本も立ち並ぶ高い杭に縄がかけられ仕切られた、聖域の一歩手前だ。
見るのは初めてだけれどきっとそうだ。
そもそもこの山奥の森へは熊や野犬がいて危ないから、あまり入らないように大人から言われているのに。
「この中だよ」
ナオヤは首位の高さに張られた縄をくぐりながら、なんでもないように言った。
「ちょっと待ってよ、ここ聖域でしょ? 入ったらだめでしょう!」
私はナオヤをにらみながら言った。
「ミツカイのくせに!」
ミツカイはモリ様を頂点に、ヒノメ神様に仕える者達だ。
そんなナオヤがモリ様の教えを破るなんて!
「いいんじゃない? 中の人が呼んでいるんだから」
「中の人? ヒノメ様じゃなくて?」
「じゃないよ。今日会うのは」
「じゃあ誰?」
「ユウとヨウ。とにかく来なよ 」
それだけ言うとナオヤは背を向け、下草をかき分け奥に進んで行った。
ナオヤがこれから行く場所を知った訳は、道中ナオヤから聞いた。
前に森で野犬に追いかけられ、訳も分からず逃げ回っていたら見つけたみたい。
でも聖域内だなんて聞いてない!
迷ったけれどナオヤが行ってしまうし一人取り残されるのも野犬や熊が怖かったから、しょうがなく付いて行くことにした。
昼間のはずなのに薄暗い、下草が生い茂る森の奥をさらに進む。
念のため山羊革のブーツをはいて来てよかった。
草履だったら鋭い葉や枝で足が傷だらけになっていたところだ。
腰まで下草の茂る藪の中をボキボキバリバリ音を立てながらナオヤが進む。
手袋をした手で草を払うように、硬くて太い草木を足で折るようにして、私が通りやすいようにしてくれている。
ピーッピーッとどこかで鳥が警戒するように鳴いている。
藪と言ってもよく見るとナオヤが進んでいるところは人が通ったことがあるみたいで、他と比べると草木が払われ少しは通りやすくなっている。
ナオヤは何回かこの辺りを通っているのかも知れない。
汗をかき少し休みたいなと思ったら急に視界が開け、つたに覆われた不思議な建物が見えた。
壁が茶色くて屋根の平らな、二階建ての大きな四角い建物だ。
近付いて見ると、茶色い壁は四角いたくさんの石の様なものを積み合わせてできているみたいだ。
こんな風にたくさんの茶色い石を同じ大きさに切るのは大変だったろうな。
窓には、汚れてはいるけれど透明な氷のような物がはまっている。
でももう三月だし、氷ってことはないと思う。
近付いて触ってみるけれど、やっぱり氷じゃないみたいだ。
冷たくないし、溶けかけてもいない。玉を作るガラスに似ているけれど、こん なに大きくて平べったいものをどうやって作るのかな?
「イリカ、こっち」ナオヤが呼んだ。
そこに行くと、木でできた大きな扉があった。
そこだけ後から直されたのか、建物のほかの部分と比べ簡単に作られていた。
ナオヤは扉を強めに叩き、大声で叫んだ。
「こんにちはー! 遊びに来たよー」
しばらくしてナオヤがもう一度大声をだそうとしたところでギィッと扉が外側に開いた。
私は少し怖くなって、ナオヤの袖をギュッと握った。
戸の向こうにいたのは、優しそうな笑顔の男の人と、無表情の女の人だった。
印象は違うけれど二人とも姿は良く似ている。
顔色が青白くあまり日に当たっていないみたいだ。
背も二人とも同じくらいで、私とナオヤより少し高い。
歳は私達より歳上に見えるけれど、よく分からない。
十五歳過ぎた大人と言われればそう見えるし、まだだと言われれば『そうなんだ』と思う。
肌はしみ、しわがなく綺麗だけれど、どこか白ロウソクのロウのような質感だ。
ただ白目の部分が少し黄色く濁っていて、もしかするともっと年上なのかもしれない。
年上の人の歳ってよく分からない。
男の人はナオヤと同じような短めの髪型で、女の人は左右に長い三つ編を垂らしている。
「いらっしゃい、ナオヤ」
男の人がこちらを見て言った。声変わりしていないような高い声だ。
「あと、イリカちゃんだよね?」
「こんにちは」とナオヤ。
「はい、初めまして。ミナミガワイリカです」と私。
「よくきてくれたね、待っていたよ! 僕はヨウ。で、こっちはユウ」
男の人、ヨウさんは斜め後ろにいる女の人を右手で示しながら言った。
「いらっしゃい」
声を出すのが面倒くさそうに、ぼそりとユウさんが言った。
ヨウさんとユウさんは何故か懐かしそうに目を細め、私の顔をじぃっと見た。
ナオヤが、お土産用につんでいった菜の花とつくしを花束のようにヨウさんに渡した。
「ありがとね」「ありがとう」
ヨウさんとユウさんが言った。
ヨウさんに促されて入ると、内側は昼なのにどこか薄暗く、埃っぽい匂いがした。
埃っぽいけど甘い香りもただよう。
どこかで蜜蝋のロウソクを灯しているみたいだ。
「お二人は、ここに住んでいるんですか?」
気になっていたことを訊いてみた。
本当は何故聖域に入っていいのか聞いてみたかったけれど、初対面だったので失礼にならないように、遠くから探りをいれることにした。
「そうだよ」
ヨウさんがにっこり笑顔で言った。
「聖域内らしいけどね。モリは出てけって言わないから、ヒノメ様もきっと許してくれているさ」
良かった、それなら私が今ここにいても怒られないよね。
でもモリ様の事呼び捨てにしていたのが気になる。
モリ様の方が年上で偉いはずなのに。
「お二人は、モリ様とお友達なんですか?」
私は少しむっとして訊いてみた。
途端、ユウさんがニコニコしだした。
ヨウさんの方も変わらない優しい笑顔で言った。
「そうだね、関係性に名前を付けて来なかったけど、友達が一番しっくりくるかな?」
ユウさんを見てヨウさんは「だろ?」と確認した。
ユウさんはただ頭を一度上下に振った。
「僕達はモリの仕事を手伝ったりしているんだよ。こまごました事だけどね。あっちの住居の方には、モリの部屋もあるし」
ヨウさんが建物の東側を指さしながら言った。
「モリ様の部屋?」
ナオヤがびっくりした様な声をあげた。
「そんなにしょっちゅう来てるの! 全然知らなかった」
ナオヤはモリ様と同じくおやしろで暮らしているから、ナオヤが知らなかった事を意外に思った。
建物の中は外観以上に不思議な物であふれていた。
私はきょろきょろ辺りを見渡した。
近くの壁に備え付けられた棚にたくさん四角い物があったので、何かと思ってじっくり見た。
薄い紙の束を一つにまとめたものが、隙間なくたくさん棚に押し込められているみたいだ。
「ホンって言うんだよ、それ」
ナオヤが得意げに言った。
「字や絵がたくさん並んで、色んな事が書いてあるんだ」
「ホン、触ってもいいですか?」
「いいよ」
ヨウさんがうなずきながら言った。
一つ棚から引き出して、紙のくっついてない方をパラパラめくってみた。
手の平にのるくらいの大きさで、紙は茶色くてボロボロだった。
外側に何か字らしきものが書いてあるけれど、知らない字で読めない。
こんなに薄くて均一な紙ってどうやって作るのだろう、一枚一枚丁寧にすいて作ったのかな? すごく上手。
それに、なんてきれいで丁寧に書かれた字!
私もたまにお手紙とかで木炭で字を書くこともあるけど、こんな風にきれいに同じ字を全く同じように書くことできない。
それに知らない字ばかりだ。
知っている字以外にもかくかくしたのがたくさん並んでいる。
こんなにたくさんの種類の字があるんだ……。
細かい字を見ているとくらくらしてきて、私はホンを棚に戻した。
「ここ、トショカンって言うんだ」
ナオヤがまたしても得意げに言った。
「ホンを貯めておく場所なんだって!」
「貯めておくというか、何というか……」
眉毛を下げ笑いながらヨウさんが言った。
「まあ今は、ホンを保管しておく所だね。こっちも見てみる?」
ヨウさんに促されて数歩左に付いていくと、あれっと思った。
ヨウさんとユウさんは、絶えず横並びに、まるで片方の足首が紐で結ばれているかのように歩くからだ。
ヨウさんが右足を前に出せば一緒にユウさんが左足を前にだすという感じ。
しばらく二人の足運びを見ていると、それに気が付いてヨウさんが言った。
「こうなっているから。だから離れられないんだよね」
ヨウさんが長い服の裾をたくし上げ言った。
ヨウさんとユウさんの足首は、くるぶしの辺りで皮膚がつながっていた。
「慣れればそんなに不便じゃないよ」
明るくヨウさんが言った。
「靴下編む時、面倒な形になるけど」
ユウさんが平らな声で言った。
「そうなんですね……」
私はなんて言ったらいいか分からず、戸惑った。
つながった人達って始めて見た。
「ユウはしゃべり方に抑揚がないけど、かなりの冗談好きで冗談のつもりで色々言うから、あまり重くとらえないでね」
ヨウさんが言った。
「はい」
ヨウさんとユウさんが前に歩き出してから、ナオヤが小さな声で言った。
「でもユウさんの冗談はたまに、僕にちょっと難しすぎる」
行った先は、広い部屋に畑のうねの様に所狭しと棚がたくさん並べられた不思議な広間だった。
棚の中には、色々な大きさのホンがぎっしりと押し込められていた。
「この建物のこっち側、西側の一、二階がトショカンで、東側は僕等の住居さ」
ヨウさんが言った。
「すごい! 見て回ってもいいですか?」
「いいよ。でも古いホンばかりだから、扱いは丁寧にね」
私は近くの棚の綺麗な絵の描いてある大きなホンを手に取りめくってみた。
古く、ノリがはがれて紙が落ちてしまいそうになったりもしたけれど、鳥の絵がとても綺麗だ。
まるで本物みたい!
ナオヤも珍しそうにのぞき込んできた。
「この絵、とても上手ですね。生きているみたい」
私はため息交じりに言った。
「それはシャシンだね。絵というか、物の光の反射を映しとったものというか……」
ヨウさんが言った。
しばらく考えこんでいたけれど「まあそんな感じ」とまとめた。
私は上手く想像できなかったけれど、ひとまずシャシンのことはそのままそういう風に覚えることにした。
トショカンには色々なホンがあった。
字しか書いてないホンや、シャシンが主で、上に字が書いてあるもの(ズカンというみたい)、ザッシという大きくて柔らかくへにゃへにゃしているホン、それに私でも読めるホンもあった。
エホンと言うみたい。
私は絵が見えるように置かれた、薄いホンを次々に手にとり見ていった。
ネズミとか色々な動物が、人みたいに服を着て、立って話をしたりして面白い。
ホンは素敵だ。
語ってもらわなくても、面白いお話がそこにある。
一人でお話を知ることができる。
それに、そこに物が無いのに新しいことを知ることができるし、見たことの無い、知らない物がどこかにあるってことが分かってすごい。
それに、思ったこと――気持ちをずっと残せるってなんか凄い!
私はすっかりホンに夢中になっていた。
ふと気が付いてナオヤを探すと、少し離れた床に座り熱心にズカンを見ていた。
ミツバチの大きなシャシンがある。
「ヨウさんとユウさんは?」
「なんかお茶の準備をするからって、住居の方に行ったよ」と、私に目もくれないナオヤ。
「もう二人のとこ行こうよ」
私は二人を長い時間待たせて失礼だったと思い当たり言った。
「ちょっと待って、これ見終わったら」
ナオヤはまだホンから目を離さない。
「じゃあ、きりがいいところまでね!」
しばらく紙を何枚もめくるまで待っていたけれど、ハチの絵が終わってアリの絵になっても動かない。
「もう終わりね、行こっ!」
イラっとして、ナオヤの腕をつかみ無理やり立ち上がらせた。
「分かった、分かったから」
ナオヤはそう言うと私の手を振りほどき、持っていたズカンを棚に戻した。
入ってきた玄関まで戻ると、玄関から真っ直ぐ行った奥まった広間のような所に、ヨウさんとユウさんがいた。
広間には、壁際に横に長い机と、真ん中辺に真四角の茶色い大きな机と椅子があった。
横に長い机と反対側の壁は棚が備え付けられ、そこにもたくさんのホンが収まっていた。
二人は真四角の机でティーポットからマグカップにお茶を注いでいるところだった。
ユウさんがティーポットを持ち、ヨウさんがマグカップの上の茶こしを持っていた。
レモングラスの爽やかな香りと蜜ロウの微かに甘い香りが相まって、とてもいい香りだ。
机の上には橙色がつやつやと美しい、真ん丸な金柑がかごいっぱいに盛られていた。
ヨウさんが私達に気付いて顔を上げた。
「どう、楽しめた?」
「はい、ホンっていいですね! 面白いです!」
私は二人に近付きながら言った。
「知らないことがたくさん書いてあって、ためになるよ」
ナオヤが言った。
「でも、なんて書いてあるか読めない時もあるけど」と恥ずかしそうに付け加えた。
「お茶どうぞ」
ヨウさんがカップを置いて、椅子にかけるよう手で促した。
「ありがとうございます」「ありがとう」
私とナオヤは同時に言うと、近くの椅子に座った。
椅子は真四角の机の一辺に一つ置かれ、それぞれ隣の人と同じ距離をとるように座った。
お茶を口にすると思ったよりのどが渇いていたようで、すっきりとしたぬるめのお茶がそのままのどにしみ込んでいくようだった。
「美味しい」
思わず声に出ていた。
「いい香りですね」
ヨウさんはにっこり笑うと「ユウはお茶を入れるのが上手いからね」と言った。「相手のその時飲みたいのが分かるんだ」
ユウさんはそんなヨウさんを見て、ほんの一瞬口の両端を上げ笑顔のようなものを作った。
ナオヤがうんうんうなずいて「この前のペパーミントのお茶も美味しかった」と言った。
ユウさんはまた一瞬笑顔になったけど、すぐ無表情に戻ってしまった。
笑顔を見せるのが恥ずかしいみたいな動きだ。
「そう言えば、私に何か御用があるんじゃないですか?」
私はナオヤにここに連れてこられた経緯を思い出し言った。
「ナオヤが、お二人が私を呼んでいるって」
「あー、ありがとうね来てくれて」
ヨウさんが困った様な笑顔で言った。
「ユウがブリッジやりたいって言うんだよ」
ブリッジ?
ユウさんを見るとどこからか手のひら大の長方形の物を出し、机の上に置いた。
それは同じような紙が何枚も重なったもので、一瞬これも小さなホンかと思った。
「ブリッジは四人でやる」ユウさんが言った。
「これトランプって言うんだ」
ヨウさんが長方形の物を差し言った。
「イリカちゃんは、トランプやったことある?」
「ないです。初めて見ました」
「僕はこの前ババヌキやった」
得意そうにナオヤが言った。
ヨウさんはナオヤの言ったことには反応しないで、トランプについて教えてくれた。
このトランプと言う模様のかかれた紙で、色々な遊びができるようだ。
「で、ブリッジっていう遊びは、丁度四人じゃないとできないんだよね」
ヨウさんが言った。
私は一瞬何の話だろうと思ったけれど、私が呼ばれた話をしていたことを思い出した。
「ナオヤがこの前迷い込んで来てから、ユウがどうしてもブリッジやりたいっていうからね。ナオヤが君と仲がいいって言うから連れて来てってお願いしたんだよ。一番信頼できるって言ってたし」
人差し指を軽く口に当てヨウさんが続けた。
「聖域に入ったこと、僕等に会ったことは誰にも言わないで。モリにもね」
一瞬、ナオヤが私のことを一番信頼してくれているだと嬉しくなったけれど、私がモリ様の姪だからもし聖域に入ったことがばれても私と共犯になることであまり怒られないことをもくろんでの人選かと思い当たり、嬉しい気持ちはすぐに消えてしまった。
「二人はここで薬を作って、モリ様に渡してるんだって」
ナオヤが何故か得意気に言った。
「この辺りに結構危険な毒草を植えているから、ここの事は村では秘密なんだって」
「そうなんだ」
私は毒と聞いて一瞬怖くなったけど、にこにこと優しそうなヨウさんを見て安心した。
「毒草って言うけど、それから薬を作る事もあるんだよ」
ヨウさんが言った。
「薬と毒は紙一重」
ユウさんが無表情に言った。
その後、ヨウさんとユウさんにトランプでの遊び方を教えてもらった。
紙、カードにかかれているそれぞれ違った模様や数字を合わせたり、比べたりして遊ぶらしい。
「そう言えば、この人達誰?」
ナオヤが言った。
『J』『Q』『K』と何と読めばいいのか分からない字が書いてある、変わった格好の人達が描かれた三枚のカードを手に持ち見せた。
「誰……誰だろうね?」
ヨウさんがにこにこしながら言った。
「ちゃんとした名前は分からないけど、ジェイはジャックのジェイ。確か若い男って意味じゃなかったかな? で、こっちのキュウはクィーン、ジョウオウ様またはオキサキ様。でこっちはケイ、キングでオウ様」
カードを一枚一枚示しながらヨウさんが続けた。
「オウ様とジョウオウ様ってどんな人? それとも神様?」
ナオヤが言った。
私も丁度そこ気になってた!
「そっか、そっか」
ヨウさんはにこにこしながら一人うなずいて、紙に字を書き示しながら説明してくれた。
「王っていうのは……難しいな。そのクニ? 村が大きくなったようなもんで一番偉いってことになっている人、かな? 女王って言うのは、その女性版。妃って言うのは王と夫婦になった女性」
「雑」
ユウさんがぼそりと言った。
「そうかな? なんとなく分かんない?」
ヨウさんが頭をかきながら言った。
ナオヤと私は顔を見合わせた。
私はよく想像できなかったけれど、王様はモリ様みたいなもんかなと思った。
モリ様は偉い方だけど、偉そうにはしないけれど。
「モリ様みたいな人?」
ナオヤも同じ事を思ったのかそう言った。
「んーー、そうかなーー? そうでもないかなーー? ある意味そうかーー」
ヨウさんが腕組をして言った。
「違う」
ヨウさんを軽くにらみながら、ユウさんが言った。
「王は基本その子、または血縁者が次の王になる。モリの継承はモリの子どもかどうかは関係ない。それに、王はあんな馬鹿みたいに働かない」
「あー、なるほど」
ナオヤが何故か納得したように言った。
「モリ様、動きはゆったりしてるように見えて、なんか色々速いし、いつも働いてるよね」
ナオヤが納得して首をうんうん振っている時、ふと見ると笑っているヨウさんの口が小さく動いた。
なんて言っているかは分からなかったけれど。
ババヌキとシチゴサン、イッキュウサンの遊び方を教えてもらって、みんなでやったら楽しかった。
ユウさん、トランプの時はボソッとだけど結構しゃべるし、よく笑って表情が豊かだった。
でも、ブリッジのやり方だけは何回教えてもらっても決まりが多くてよく分からなかった。そのせいか、最後の方はユウさんが無表情に戻ってしまって申し訳なかった。
気が付くと窓の外が夕焼け色に染まっていた。
「あ、帰らないと!」
思わず声に出していた。
「まずい」
ナオヤも言った。
そう言いながら、私とナオヤはヒノメ様のまたの姿である夕日に向かい自然と目を閉じ、両手を合わせた。
「あー、まずいかもね」
ヨウさんも外を見て言った。
「今日はもう帰りな」
ナオヤと私はあわててトランプをまとめると、荷物をもって立ち上がった。
ナオヤはいつものリュックを、私は母様から頼まれていた菜の花とツクシの入った背負いかごを。
来る時につんでおいて良かった!
「イリカ、髪に何か付いてる」
ユウさんがそう言うと、私の髪に触った。
「あ、ありがとうございます」
ユウさんがゴミらしき物をとってくれた時、ブチッと髪が抜けるのを感じて思わず少し顔をしかめてしまった。
「ごめん」
ユウさんが短く謝った。
「大丈夫です。ゴミとってくれてありがとう」
私は子どもみたいに顔に出してしまった事を少し恥ずかしく思いながら言った。
おいとまの挨拶とまた来ることを約束すると、私とナオヤはあわててトショカンを後にした。
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