第四章 戀歌楼の案内人

一、約束



 マスターとの約束。

 それは、この戀歌楼れんかろうを管理すること。


 異形という名の、不完全な魔導人形の理念イデアや感情、行動データの保存。それを基にマスターが望んだ完璧な存在を作り上げる、途方もない作業と時間。かつて魔導技師の祖師と呼ばれていたひと。彼以上の天才は二度と現れないだろうと謳われるほどに、唯一無二の存在。


 この国に昔から存在していたが、ずっとその存在を隠されていた魔導士。帝都の中枢で政府に助言をしたり、新たな技術を授けたりしていた彼は、何百年も生き永らえてきた自身の死期が近いことを知り、その知識を引き継ぐ魔導技師を育てた。


 彼らはマナを制御する魔導具の開発に成功し、枯渇する資源の代わりとなる新たなエネルギーを生み出す。すべてを彼らに託し、マスターは死ぬその直前まで自身の研究に没頭していた。


 この戀歌楼れんかろうは、彼の実験施設といってもよい。地下には百体以上の異形が眠っており、それらはすべて完璧な存在を生み出すために作られた言わば失敗作。マスターが『そよぎ』という完璧な魔導人形を作り出す過程で犠牲にした、欠陥品たち。


「彼らのデータが、今度はあなたの存在を完璧なものにする」


 薄暗い地下室の地面を等間隔に置かれた青白い光が照らしている。通路に沿ってずらりと並べられた水槽のような筒状の培養液の中で、無数の管に繋がれた者たち。その一番奥にあるひと際大きな水槽の中で。ずっと眠り続けている。


 器。いずれ、あのひととなるはずの、入れ物。


「人間はいくらでもいる。導かれるようにここにやってくる」


 この娼館は、異形を愛でる者たちによって永遠に在り続ける。


 あなたという存在の、礎となるために。



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