二、ふれないで ※



 求められるままに目合まぐわい、あなたと繋がる快感に酔いしれる。自然とふれようとしてくる唇を手のひらで遮った。


「····だ、め、」


 くちづけは駄目。

 あなたが死んでしまう。

 他の場所はいくらでもふれていいけれど、唇だけは駄目なんだ。


「死んじゃうから、だめ····知ってるでしょう?」


「死んでもいいから、君にくちづけしたい」


 冗談なのか本気なのかわからないその眼に、わたしは動揺する。


 どうしてみんな、死にたがるのか。

 知っていて、くちづけを交わすのか。


「ここにだけは、ふれないで····」


 好きなのに。

 大好きなひと。

 あなたまでいなくなったら、わたしはきっと。


「私のことが好きなら、ふれされて?」


 わたしは蝶の異形なのに、翅がない。

 前にわたしを買ったひとが千切ってしまったから。背中に残った千切れた翅の残骸だけがわたしを飾る唯一の彩。赤い翅のカケラは、暗い場所でぼんやりと光るランタンのよう。


 毒蝶であるわたしのくちづけは、死を齎すほどの劇薬なのだと。知ってもなお言っているのなら、あなたもそれを望むひとだったの?


「私は君に殺されたい」


 ふれたくないのに。

 くちびるを遮っていた手を掴まれた。

 ふれられたくないのに。


 柔らかい他人のくちびるがふれてくる。わたしが好きになったひとたちは、みんなそうやって死んでいく。もう、嫌なのに。こんなの、嫌なのに。


 ぬくもりに抱かれていたはずなのに、いつしか冷たくなっていくあなたに安堵している自分がいる。あなたは死を望み、わたしがそれを与えてしまった。いつからあなたはそれを望んでいたのか。


 これでもう何人目だろうか。

 わたしのところに来るひとたちは、みんなわたしの前からいなくなる。


「わたしは、ずっといっしょにいきたかったのに」


 死に焦がれるあなたの心を止めることができなかった。けれどもわたしの毒であなたの夢が叶ったというのなら。あなたはそれで幸せだった?


「これでよかったの?」


 あなたは死してなお、いつものように優しい笑みを浮かべていた。



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