第三章 毒蝶は夢をみない

一、近寄らないで



 生白い肌。背中に残った千切れた赤い翅の残骸。長い黒髪は後ろで細い三つ編みにされており、不揃いな前髪がどこか彼の不安定さを感じさせた。希少な薄緑色の瞳は美しく、その唇は紅を塗っていないのに薄く色付いているように見える。


 君はいつも部屋の隅で蹲っていた。

 話をしている内に、少しずつ距離が縮まっていくのが嬉しかった。


 どうやら、彼の客たちはみんな彼をおいていってしまうらしい。今まで出会った客たちのほどんどが、いってしまったのだと。


 頬にふれるとひんやりと冷たく、潤んだ瞳に胸が高鳴った。三度目のある夜、彼の身体を抱いた。慣れているはずなのに、どこか初々しい。不思議な魅力が彼にはあった。千切れた赤い翅が痛々しい。前の身請け人にやられたのだという。うっすらと赤く光るその翅は、完璧な状態だったらどんなに美しかったことだろう。


「それ以上は····近寄らないで、ください」


 四度目の夜、怯えた瞳で彼は言った。まだ十五、六くらいの少年だ。気が変わる事もあるだろう。身体を繋げるだけが目的ではなかったが、そんな風に彼が怯える理由を、私は知らなかった。


「君が嫌なら、ふれないよ。でも理由くらいは訊いてもいいかい?」


 こくり、と彼は部屋の隅で小さく頷く。私はなるべく怖がらせないように、離れた場所でゆっくりとその理由を訊ねた。


「わたしのお客さんは、みんな五度目の夜に死んでしまうんです。あなたにはそうなって欲しくないから。だからもう、ここには来ないでください」


 ますますどういうことかわからなくて、私はその話の続きを根気強く待つ。


「わたしは毒蝶なんです。わたしとくちづけをすると、死んでしまうんです。だから、くちづけだけはしないで欲しいってお願いしているのに、」


 ああ、そういうことか。

 どうして身体は重ねるのにくちづけを嫌がるのか。その答えがわかった。


 彼が齎すものが"なにか"を知った時、私は――――。



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