三、番



 烏は一度決めたつがいと一生を共に過ごす。つがいが死んでも新しいつがいは求めない。金糸雀カナリアは生まれた時から烏のつがいだった。自分たちの生みの親である魔導技師は、なぜそんな"遊び"を施したのか。


「烏といっしょが、一番好き」


 言って、烏の膝の上にいる金糸雀カナリアはふふと笑う。

 癖のように、噓つきな彼はそうやって笑う。

 肩にかかるくらいの長さの不揃いな白髪から覗くうなじを、烏は軽くんだ。


 見世みせの商品である金糸雀カナリアに手を出してもいいのは、烏だけ。


 本能という機能が烏にはあり、女主人であるそよぎも別になにも言わない。わかっているから、言う必要もないのだ。前にちらっと訊いてみたが、つがい同士が行為に及ぶのは本能で、正常な証拠だと平静な顔で淡々と彼女は答えた。


 客に抱かれたその身体を抱くのに抵抗はない。

 金糸雀カナリアに対する執着心が増すだけだった。


 これは俺のものだ、と口にすることはない。じっくりと嫉妬の鍋で煮詰められた果実は、どこまでも甘くてまるで毒のようだ。毒を喰らう喜び。これは、自分だけが味わうことができる、唯一のもの。


 身請けされてはすぐに出戻って来る金糸雀カナリア。たくさん傷付けられて、もてあそばれて、ぼろぼろになって帰って来る。本当はそうなるように仕組んでいることを、彼は知らないのだ。


「俺のこと、放さないでね?」


 透き通るような白い肌。

 そこに残るたくさんの痕。

 他人が彼に付けた痕。


 白い翼と瑠璃色の翼が交わって、その身も繋がったまま、呪いのように口ずさむうた。金糸雀カナリアのうたは烏を縛る。言葉ことのはは強い呪いとなって烏を洗脳する。ぼんやりとしているようで、本当はどこまでも狡猾な金糸雀カナリア


 知っている。

 ぜんぶ、彼の思い通りなのだということを。


「俺は、君のものなんだから」


 俺のもの。

 俺だけのもの。

 誰にも渡さない。


「あいしてる」


 君が紡ぐその"うた"は、俺だけのもの。



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