第二章 金糸雀のうた

一、白い金糸雀



 帝都と呼ばれる魔都の片隅に、ひっそりと佇む娼館、戀歌楼れんかろう

 知るひとぞ知る異形の見世みせ

 そこで働く者もまた、異形のたぐい


□■□■□



「本当に、毎回頭が痛いわ」


 そよぎは、はあと嘆息する。彼女は異形ばかりの娼館である、戀歌楼れんかろうの女主人。


 袖と裾の辺りに赤と白の椿の模様が入った黒い着物を纏い、少しはだけた胸元には黒真珠がひと粒だけの首飾りが映える。長い黒髪を後ろで丁寧に纏め鼈甲の簪で飾っており、切れ長だが嫌みのない瞳は碧く、赤い紅がその白い肌に浮いて見え、余計に彼女の妖艶さを際立たせている。


「これじゃあとうぶん見世みせには出せないわね」


 この部屋の半分は場所をとっている鉄の鳥籠の中で、箱庭の中で、ぼんやりとしている少年を見下ろす。少年の手足には枷が付けられ、両手両足を繋いでいた鎖は先程なんとか外せたのだが、鉄でできた枷を外すことは叶わなかった。


「この子の世話はあなたに任せるわ。まったく、どうしてこの子の身請け人は皆こういう行為が好きなのかしら? 理解に苦しむわ」


 そよぎは隣に立つ、瑠璃色の翼が生えた寡黙そうな青年に視線だけ送る。青年は「はい」とも「いいえ」とも応えず、出て行った女主人を背中で見送り、鳥籠の方へと向かう。


これ・・の理由なんて、そんなのわかりきっているだろう、)


 客の要望に対して、目の前の少年がすべてを受け入れすぎることが原因だろう。どんなに酷い行為にも「嫌だ」と言わないから。


 異形の青年は、黒に青みがかった長い前髪の隙間から、鳥籠の中で暗い窓の方をぼんやりと見つめている少年を見据える。


 背中に生えた白い翼は風切り羽を奪われ、飛べなくなっていた。重い枷を繋いでいた鎖は切れたが、両手両足を飾ったまま。痣だらけの肌は古いのから新しいのまでたくさん。


 唯一、その声だけは無事だった。

 白い金糸雀カナリアは、鉄の鳥籠の中で口ずさむ。

 その声は、細く、鈴のように美しい音色。


 白髪の異形の少年は、着物に似た異国の黒衣を纏った青年を見上げて、静かに微笑んだ。



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