第25話 目立たないけれど
「お疲れ様、大輝。」
俺は隣を見て、そう声をかけた。
「つっかれた〜……」
大輝が隣にどかっと腰を下ろす。
そしてそのまま足を投げ出した。
流石の大輝も、かなり疲れたようだ。
水筒を開けて、水をごくごくと飲むその姿を見てそう思う。
10分間コート中を縦横無尽に走り回っていたのだから、当然といえば当然だろう。
相手の現役バスケ部も、あのスリーの後は本気でマークに付いてたし。
べったりくっついてくるディフェンダーを引き剥がすという行為は、想像以上に体力を使うものだ。
考えながら、俺はあくびを一つした。
次の試合に出る人が練習をしている音……床がキュッキュッと鳴る音や、ボールが弾む重低音……が良いBgmになっているようで、なんだか眠くなる。
いけないと自分の頬をつねった俺は、体育館の反対側で、悔しがっている人を見つけた。
先程大輝の相手をしていた、現役バスケ部の男子だ。
足を投げ出し、手を後ろにつきながら天を仰いでいる。
10分で14得点をあげられたのだから、そりゃ悔しいよな……。
大輝も中学時代はバスケ部だったとはいえ、今は帰宅部なのだから。
その悔しさに同情しつつ、同時に尊敬の念を持って相手を眺めた。
さっきの試合は、味方のカバーなど期待できない状況だった。
正直に言えば、”よく14点に抑えたな”と思ってしまう。
大輝の巧さと強さは身に染みて知っているから。
そして何より、大輝に負けた後に悔しいと思えるのが凄いなって。
……もしかしたら、何かに本気で取り組む人からしたら、負けて悔しいという気持ちを抱くのは当たり前のことなのかもしれないけれど。
悔しいと思えるからこそ、上手いし、これからも上手くなるんだろうな。
そんな当たり前のことを思う。
俺は床に目をやった。
一直線に伸びる板。
ツルツルとした表面。
木目を目で追いながら、俺はふぅと息を吐き出した。
中学の時の大輝はすごかったからなあ。
エースとして弱小校を引っ張っていた頃の大輝を思い出し、一人苦笑いする。
それに比べて俺は……。
……。
思わず回想に耽りそうになって、いけないと首を振る。
頬を、大輝に見えないように小さくつねる。
切り替えるように顔をあげた。
目の前のコートでは、まだ練習が行われている。
ふと、あたりを見渡す。
そしてようやく、幾つもの熱い視線が大輝に注がれているのに気づいた。
大輝が注目を浴びているのはいつものことだ。
ただ、今日はいつものそれと比べてより熱烈な視線が向けられている気がして。
気になって隣を見て、そして一瞬で納得する。
大輝は、汗に濡れた前髪を後ろに流して、膝に乗せた腕とタオルに顔を埋めていた。
汗に濡れた前髪が、なぜだか爽やかさを醸し出している。
体育服の半袖は捲られており、しっかりと筋肉のついた肩が惜しげもなく晒されていて。
極め付けは隠すものがなくなった顔。
普段髪で隠れている額が見えており、なんだかギャップを感じさせる。
総合的に見て、俺が見ても色気を感じる姿だ。
その顔をしげしげと見つめる。
前髪をあげている大輝は、結構レアだから。
……ほんとに、すべてのパーツがかっこいいよな。
あまりにも顔が整いすぎていて、一周回ってそんな薄っぺらい感想しか出てこない。
頬を伝う汗すら、周りのパーツとの組み合わせでかっこよく見えてしまうのだから仕方がない。
「なに?」
ずっと顔を見てくる俺を不審に思ったのだろう。
大輝が、訝しがるようにこちらを見た。
「いや、相変わらず上手かったなと思って。」
俺は首を振りつつそう返す。
まさか、”あなたの顔のことを考えていました”なんて言えるわけもない。
「ありがと。」
大輝が、再びタオルに顎を埋めた。
よく見ると、なにかを目で追うように視線が動いている。
何かを探すというより、誰かを見つめるような目の動き。
……川井さんか。
その視線を追って、その結論にたどり着く。
目の前のコートでは男子たちがアップしているが、その隣のコートでは女子たちがアップしている。
大輝は、アップしている女子たちの中に居る川井さんを目で追っているようだった。
やることもなくて、俺もただぼーっと女子を眺める。
今はシュートのアップをしているみたいだ。
ボールがリングに弾かれる人、そもそもリングに届かない人、リングに吸い込まれるような綺麗なシュートを沈める人。
色々な人がいる。
思ったよりも上手い人、意外に上手くない人。
ちょっとした発見をするたびに、ちょっと楽しくなる。
まあ、クラスメイトのバスケの腕を知ったところで、何かに使えるわけでもないし何かを思うわけでもないのだけれど。
なんとなく、川井さんの練習を目で追ってみる。
大輝の”力強いなかに巧さを感じる”というスタイルとは少し違う、もっと柔らかかつしなやかなスタイル。
バスケも上手いんだな。
もう、驚かないけれど。
やっぱり、華があると思う。
まだ練習の段階ではあるけれど、今のところ川井さんが飛び抜けて上手いように見えた。
シュート上手いな……なんて思いながら、俺はただぼーっと練習を眺めていたのだが。
ふと、川井さんの奥に見慣れた顔がいるのに気付く。
冬川さん、次試合するんだ。
少しぎこちない動きでボールをつくその姿を目で追う。
来ているビブスの色から見るに、川井さんとは味方ではないみたいだ。
次の試合で、川井さんたちと対戦するのだろう。
頑張れ〜、と心の中で応援しておく。
……口には、出さないけれど。
練習の終了を告げるホイッスルが鳴った。
先生の声を合図に、両チームがセンターラインを挟んで向かい合う。
静まる体育館。
「よろしくお願いします」
その声を合図に試合が始まる。
授業での試合は、ジャンプボールではなく、スローインから始まる。
体育仕様のルールだ。
冬川さんが、川井さんの前に立つ。
その姿を目で追う。
すると突然、冬川さんがちらりとこちらを見た。
視線を感じたのだろうか。
目があって、ドキッとする。
冬川さんの視線はすぐにコート内に戻されたし、目があったのはほんの一瞬のことだった。
でも、目があった時、冬川さんが小さく笑みを浮かべたのは分かって。
目線を戻した後も、口元が少し弧を描いているのが見えて。
どく、どく、と存在を主張する心臓を感じつつ、俺は腕に顔を埋めて冬川さんを見つめた。
次の更新予定
隔日 18:00 予定は変更される可能性があります
失恋した。だけどそれは君もだったらしい。 キタカワ。 @Kitakawashousetu
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
フォローしてこの作品の続きを読もう
ユーザー登録すれば作品や作者をフォローして、更新や新作情報を受け取れます。失恋した。だけどそれは君もだったらしい。の最新話を見逃さないよう今すぐカクヨムにユーザー登録しましょう。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
関連小説
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます