儀式~セレモニー~

浬由有 杳

お題:桜というよりソメイヨシノかな?

 薄明りに白く浮かび上がるのは、幾重にも分かたれ、捩じれた幹を覆う花塊。

 淡く紅を帯びた花びらがひらりひらりと舞い落ちる。


 偉大なる王にして唯一無二の統治者の頭に、額に、胸に。王が佇む玉座全体に。


 実のならぬ花を咲かし続けた『御神木ソメイヨシノ』は、次の春を待たずして朽ち果てる。

 長きに渡って王国の清浄なる地に在った桜。その木が最期を迎えるその時には新たな命が必要だ。


 『補佐官』は、彼らの王の足元に額づくと、恭しく告げた。

 『儀式』を再び行う時が来たことを。


 先触れに応じ、忠実なる臣下たちは作業を止め、速やかに儀式の場へはせ参じた。

 王国内部の補修と維持に従事していたものたちも。

 外で不浄の地の浄化に専心していたものたちも。


 御神木の代替わりは、新たな御代の始まりを意味する。

 定められた通りに『儀式』は行われなければならない。


 全ての準備が整うと、『補佐官』は王を玉座ごと、その御代を共に過ごした桜の真横に移動させた。

 王座から漏れる無機質な音が静まり返った場所で単調に響きわたる。

 関節ジョイントを調節すると、『補佐官』は瞑目する王の御前に膝まづいた。金属のアームを伸ばし、喉元深くに差し込まれた人工呼吸器の管を抜き去る。


 王のひび割れた唇が微かに震えた。

 白い喉に赤く覗く空洞から最後の吐息が零れ落ちた。


 『補佐官』は動きを止めた腹部から生命維持装置と内臓を繋ぐチューブを引きちぎった。

 

 

 限界を超え生かされ続けた肉体は、老木とともに、瞬く間に燃え尽きて黒い灰と化した。

 

 『補佐官』は、新たに培養された若木を灰が混ざった地に厳かに接木した。

 続いて、傍らの銀のカプセルを開き、人口羊水の中、穏やかに眠る赤子を取り出す。

 プログラムされた手順通りに。


 地上で生き残った唯一の動物。彼らの存在理由であり、仕えるべきあるじ。最後のヒトの細胞から作られた赤ん坊クローンを。


 新たな王の御言葉うぶごえに、王国の民A.Iたちは一斉に礼を取った。

 こうべがあるものはこうべを垂れて。ないものは、それなりのやり方で。


 

 

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

儀式~セレモニー~ 浬由有 杳 @HarukaRiyu

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ