第9話 告白
想思郎は、桜の斜め後ろを、どこか上の空な状態で歩いていた。周りの美しい景色も頭に入ってきていない。頭の中では理由と本音という言葉に対する、自分なりの答えを探し求めていた。
一方桜はそんな想思郎自身のことなど気にせず、その気を引こうと躍起になって話しかけている。「あの木綺麗ですね」「今すれ違ったワンちゃんかわいかったですね」「あのお店並んでますね人気なんでしょうか」など、とにかくなんでも良いから話のきっかけにならないかと必死だ。とても彼女の話し方がスムーズでなく、クラスから浮いているとは思えない。
「――もう!」
あまりに反応がないので桜も話すのを諦めてしまった。
もっとも、彼女はそろそろ目的地に近いことが分かっていたので、そろそろ今から話が始まってもいいことはないなと分かっていた。歩いている道からどんどんと建築物は無くなっていき、歩みを進めるその地面の舗装もアスファルトからコンクリート、そして土へと、変化していった。
「このあたりにしましょうか」
「……何が?」
地面が土に変わりしばらくしたところで、桜は足を止め振り返った。
「ここ、景色いいでしょう?」
「まあ、たしかに」
そこは、山となっているその一帯の中でも、今いる場所から下にあまり木が生えておらず、遠くまで見通すことのできる場所だった。後ろ……より上へと目を向けると桜の木々が満開の花を咲かせており、下へと目を向けると新緑を交えつつもまだ花を残した桜たちが所狭しとあちらこちらに花を咲かせていた。
「お昼ご飯にしましょう」
「えっ、……何も用意してないよ。何も、言ってなかったよね?」
昼を外で食べるならなにか買ったりする必要があったのではないかと、想思郎は疑問の声を上げる。
「心配しないでください」
そう言って、桜は背負っていた鞄をおろしながら続けた。
「えっと、ありきたりなんですけどお弁当です。作ってきました」
桜は、そう言いながら照れた顔を見せた。
それに対して想思郎は困惑した様子を見せていた。
「ちょっと、ついていけてないんだけど……、今日は何しに来た?」
「遊びですよね」
「……話は」
「二の次です」
「……だとして、手作り弁当だなんて、……島田さんは、俺の何?」
思っていた現状にあまりにもそぐわないその対応に、想思郎は思わず聞いてしまい、桜に睨まれてしまった。
「それはずるいですよね?」
そのまましばし考えた後、表情を緩めて続けた。
「……でも、なんでしょうね。私は好きだった人っていう思いで見てますけど。まあ今は気にしないこととしませんか、私はお腹すきましたよ、結構歩きましたし」
「それは……、そうだね。……しかもそれ持っていてくれたんでしょ」
弁当といったそれは、お節料理のお重のような大きさの保存容器に入れられていた。結構量があるので決して軽くはない。
「それは私が勝手に持ってきた事なんで、気にしないでください」
「そうか……。あ、…………ありがとう」
「えっ、あっ、はい」
なんてことはない感謝の言葉。でも、全然言葉を口にしなかった想思郎からその言葉が出てきて、桜は驚いた。
「…………どういたしまして。いただきましょう」
「いただきます」
「いただきます」
食べ物に感謝を述べた後、開けられた容器の上に箸を運び、想思郎のその手が止まる。
「……結構、おかずいっぱいあるね。全部作ったの?」
「あー、からあげだけ冷凍です。でもそれ以外は作りましたよ、お口に合うと良いんですけど」
目に入ったのは、きんぴら、筑前煮、だし巻き卵、豚生姜焼きと和風なおかずたち。かと思えば、からあげ、青椒肉絲、エビチリ、ポテトサラダ、そうめんチャンプルー……?。
「……多すぎない?」
「がんばりました」
「なんでそうめんチャンプルー?」
「苦瓜はまだ売ってないから……」
想思郎が疑問に思ったのは、別にそういうことではないが、それ以上追求することでもないのでとりあえずだし巻きを食べることにした。
「だし巻きですか、チャレンジャーですね」
「え……。変なものでも入ってるの?」
だし巻きを取った想思郎に対して桜は少し不安げになっていた。
「別に、そういうわけではないのですが……。だし巻きはそのなかで一番シンプルな料理ですから、私の料理の腕が一番出てしまいそうな気がして自信があまり持てなくて」
そういう桜の言葉を気にする素振りもなく、想思郎はそのまま口へ運び「おいしいけど」と評した。
「なら、よかったです」
このままの調子で食事を続けるのは楽しいだろうが、桜はそのつもりで用意したわけではなかった。いいじゃないと言いつつ、話をするための万全の用意としてこのお弁当を用意していたのだった。
ただ、何の特徴もない場所で話をしても、行き詰まったり気まずい時間が流れると、桜は想定していた。それを回避するために、この景色の良い場所や弁当など気の紛れる環境を用意したのだった。
桜が視線を想思郎に向けると、自分の作った弁当をそれは美味しそうに食べていたために少し気が引けたが、進めないと今日なんのために用意したのか分からないことになってしまう。桜は意を決して話をし始めた。
「――ところで、藤井さんは何を聞きたいのですか?」
「――⁉️げふっ、げふ、ごほっ」
すっかり弁当へ夢中になっていた想思郎は、いきなり核心の話を仕掛けられてむせた。
「私は言いたいし、聞きたいですよ。誤魔化してましたが今日はそのため、遊びに来ました」
「…………よかったら、先にいいよ」
「いえ、私は最後にします」
「そう……、じゃあ……」
強い決心を感じた桜のその一言を受け、想思郎は先に話すことした。
「……なんで黙ってた?色々」
「黙る?」
オウム返しに聞きながらも桜は、どれのことだろうと考えていた。考えながら箸を口に運び、なんとなく桜を見る。この間に耐えるための弁当であり場所だ。
「……いくつかあるんだけど。一番は名前、かなあ。どうして俺とSNSの相手……。その、好きだった相手として教えられたのと俺が、同じだって知ってたんだよね?」
「……ええ、SNSアカウントを教えてもらったときから、知ってました」
「なんで教えてくれなかったのかなって。……わざわざアカウント名通りに、御堂って名乗ってさ。それじゃあ、名前が違うからこっちはまず気づかないって、わかるよね?」
「気づいてくれるかなって」
桜はそう答えたが、想思郎が怪訝な表情を見せるのですぐに「いえ」と自ら否定して続けた。
「気づいてくれると嬉しいなって……。私のわがまま……いえ、願望ですね。もし気づいてくれたら嬉しいじゃないですか。私が好きだった相手は、会話だけで気づけるほど、私のこと分かってくれてるって……」
更に続ける。
「でも私にとって一番想定外だったのは気づいてくれなかったことっじゃなくて、藤井さんが当時のこと、忘れてる事なんです。全部、覚えていると思っていたので、そんな風に考えていましたから」
「それは、本当に覚えてないからなあ……」
「ですので、そんな願望を押し付けて、ましてや自ら別人であるかのように振る舞ったのは謝ります」
別人のように振る舞うとはなんのことかと想思郎は考えたが、すぐに思い当たる節がみつかった。
「それって……、会う予定前日の、喫茶店の話?」
「そうですね。私は明日会うって分かっていながら、もう会うことはないみたいに言いましたよね。それです」
想思郎の心を突き落としたその一言。
「俺は……。俺は、そのことを引きずって、待ち合わせに、行かなかった。……すまなかった」
桜をがっかりさせたその行動。
それらはすべて、桜の恋する心のわがままが要因だった。
もしくは、想思郎がかつての事を覚えていたらこのような事にはならなかったのかもしれない。
とはいえ、幼児の記憶だ。仮に覚えていたとしても名前まで覚えているかどうかは怪しいし、そもそも名前は知らなかったという可能性もある。
「…………」
「…………」
二人は、互いに反省するべき点が明るみとなり、申し訳ないという気持ちと気恥ずかしさからそれ以上言葉が出ず、しばらく無言で弁当のおかずを口へ運んでいた。
(本当にお弁当持ってきてよかった)
自分で作ったものを、申し訳ない気持ちで味を感じない中で食べつつ、そう思ったのだった。
「…………好きな理由なんだけど」
いくつかのおかずとおにぎりを食べた後、想思郎は口が開いた。
「……なにかありましたか」
「わからない……。わからないけど好きみたいだ」
「好き……みたい?」
まるで他人事に聞こえるその言い方に、桜は思わず聞き返してしまった。
「そう、好きみたい!自分でも分からないけど目にすると心が騒ぎ出すし、話をするとなんだか落ち着かない気持ちになる。この前、綺麗だからとか言ってたけどあれは違った‼️ああ……、何言ってるんだ……」
もう止まらない勢いで話したかと思うと、まるで正気を取り戻したとでもいわんばかりに想思郎はテンションダウンした。
しかし、その様子をみた桜は、ついに想思郎の直接本音を聞いたと感じた。
「それが、本心なんですね」
「あ、いや……、え、ああ……ううん……?」
そう問われ、答えないと思った想思郎だったが、自分でもよく分かっていないことにうまく回答できない。
「わかりますよ。それが本心……、本音です。再会してから、初めて言葉で聞いた気がします」
「そう……か。うん……、そうかも。好きって感情なんだから、理由も抽象的なんで具体的な理由なんか、無い。あったらそれは理由じゃなくて、好きな箇所とか、そういう類な気がする」
言われたことを反芻しながら、自身の中でも納得し、自分なりの答えが想思郎に出た。
「島田さん……」
改めて想思郎が桜の方を向くと、それに気づいた桜は「待って!」と大きな声上げた。周りの行楽客の目線を浴びるほどに大きな声を。恥ずかしい気持ちを笑って誤魔化し、言った。
「もう、聞きたいこと、言いたいことはないですか」
「え?ああ、……もとからそこだけだったから。強いて言うならなんで名前が違うのか気になるけど、まあ今はいいかな。込み入った事情もあるかもしれないし」
「別に言っても構いませんよ。私は生まれてわりとすぐ、母方の祖父母に養子縁組されたんです。高校卒業したら戻る予定ですが。もっと早く戻ってもよかったんですけどね。……まあ、それで名字が母方の島田なんです」
想思郎は、だいぶ込み入った事情じゃないかと思いつつ「ふーん」と適当に相槌した。
「もうないですか?」
「ないかなあ」
桜はそう言われ、次は私の話す順番だと、話し始めた。
「実は私も、約束破られたりして、腹立ててました」
それは本当悪かったと、想思郎は返すも、もはや気にしていないという様子を見せながら続ける。
「結局途中で切れたSNSの文章の謎なままですが、別にそれも気になりません」
「あっ……」
「気になりません」
「……うん」
本当に気にしていないのだろうかと思いつつ返事をする想思郎。
「なぜなら、今でもずっとあなたのことが好きだという感情が、すべてを忘れさせるからです。一晩経てば心の中がその気持ちでもういっぱいです。去年、体験入学であなたを見かけてから、幼い頃から思い続けてた気持ちは大きく膨らみました」
桜は想思郎の両頬を掴み、自分の正面へと向け、寄せる。
「藤井想思郎さん、あなたが好きです。理由なんて、ありません」
「――俺も。君が好きです。理由なんて、本音があればいらない」
桜の舞う中、二人の距離はぐっと近づいた――――。
すれ違う春 神流みさきち @kammisak
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