第12話 再会

 気づいてしまえば難しくはなかった。一本と、また一本と、絡まった糸をほどくように。ほどけば解くほど簡単になるように。私の記憶が正されていくのに時間はかからなかった。


 それでも、わからないことがあった。


 なんで私は二週間前のあの日、忽然とゆきの記憶を失くしてしまったのか。それまではずっと覚えていたはずなのに、まるで神隠しにあったみたいに、私の記憶からゆきが解けて消えてしまった。


 忘れたくなかった。

 私にとって一番大切な人の、大切な人だったから。

 気づきたくなかった。

 私が残酷な人間だということも、

 知らないうちに人を傷つけていたことも。

 それでも、思い出せてよかった。

 ずっとそばにいてくれたこの子のことも。

 もちろん、あなたのことも。


 「やっぱりここにいたんだね、ゆき


――――――――――


 時刻は午後6時。丘の上の公園で彼女は空を見上げていた。二週間前に私が下向いて泣いていた場所で、ゆきは一番星が見えるのを待っていた。


「どうしてまだ、私のことを覚えてるの……?」


 彼女の第一声は私への質問だった。こちらを振り向かずに、今にも消え入りそうなか細い声で言った彼女の言葉は、私の耳にとても鮮明に流れ込んできた。

 恐らく彼女は、今回の事件の全てを知っているんだろう。事件の謎を解くための鍵が私の記憶なら、開け放った扉の先にいたのがゆきだ。きっと彼女は何も聞かなくても全部わかっているんだと思う。それでも、私は伝えなくは。


「私は忘れちゃってたけど、あいが覚えててくれたの。私よりもゆきの方があいのことは知ってるんでしょ……?」


「…………やっぱり、思い出しちゃったんだ。ううん、思い出すも何も、あなたは何も知らなかった。私が、私のわがままが、知らなくていいことに気づかせてしまったんだよね」


「知らなくていいことなんかじゃない……私は、気づけてよかった!」


「でも!」


ゆきが初めて声を荒げた。まるで自分への怒りを込めたような声で、けれど震えて、今にも崩れて消えてしまいそうな声でゆきは言った。


「でも……あいはこんなこと望んでなかったのに……。ただ、私がいなくなるだけのはずだったのに……」


すすり泣く声が、静かに響いていた。その声は私の胸にチクりと痛みをもたらすと同時に、ほのかにあたたかな気持ちにもさせてくれた。


 やっぱり、わかっていたけど、私じゃだめみたい。だからお願いするね。


「……私は、ゆきにいなくなってほしくないよ」


その一声で、彼女は私の方に振り向いた。私はそれに安心して、彼女のもとへ歩き出した。たった数メートルの距離だった。それでも振り返ってくれるまで、自信が持てなかった、ひどく長い距離だった。


 私はゆきのことを抱きしめた。


「ごめんね」


そう伝えると、私も涙が溢れて止まらなくなった。

雨夜あまやあい谷村たにむらゆきの二人だけが、丘の上の公園で月明りに照らされていた。

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喫茶Fairy - 神隠しと失くした記憶 - 描記あいら @usa_832254

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