第11話 今はまだ
「改めまして、合格と卒業おめでとー!」
私たちはお互いに注ぎ合ったグラスを軽く合わせる。なみなみと注いだジュースがこぼれそうになるのを、一口すすって回避する。しゅわしゅわと炭酸が喉を刺激して、私はすこしむせかえった。ここちゃんの方を見ると、いっぱいに注がれていたはずのコップがすでに空っぽになっていた。
机の上には取り皿とお菓子が数種類、さらには少し大きな箱が置かれている。これらはさっきここちゃんが部屋に持ってきたものだ。危なっかしそうに扉を開いて入ってきたときは、手伝ってあげればよかったと思ったけれど、まあ仕方ない。私はポテトチップスを口に放り込む。うすしお味は私の好みだ。
「ありがと。そっちは受験、1月中に終わってたもんね……私はやっと終わったーって感じだよ」
「ほんとお疲れ様。まあ私は
「会おうと思えばいつでも会えるでしょ?まあでも……ちょっと不安はあるけど……」
「えーなになに?悩み事ー?」
「ここちゃんが友達ちゃんとできるかなーとか」
「え、私のこと……?」
「まあそれは半分冗談として」
「それ半分本気じゃん!……でも否めないけど……ってそんなことより」
バツが悪くなったのをごまかすように、ここちゃんは机の上の箱を開け始めた。出てきたのはオレンジのパウンドケーキ。爽やかなオレンジの香りが鼻をくすぐって、思わず口の中によだれが出てくる。すでに適当な大きさに切ってあるみたいで、お皿に載せて渡してくれた。口にすると少しの甘さとほろ苦さが広がっていく。ふわふわでしっとりとした生地もとても美味しい。
「これどこのやつ?すごく美味しいんだけど」
「実はね、私が作ったの……動画見て真似たんだけど」
「えっ!ほんと?すごく美味しいよこれ」
「へへ、ありがと」
屈託のない笑顔を、ここちゃんは私に向けてくる。
ほんと変わらないなあ……。
「ねえここちゃんってさ、将来の夢とかあるの?」
「えーなに、急に。あ、さっきの悩み事ってそれ?
「……!」
こういうときは察しがいいの、ほんとずるい。
「まだ中学生だし全然わかんないけど、幼稚園の先生とかかなー」
「え、そうなの?初めて聞いたよ?」
「初めて言った!」
「え、なんで?」
「んーなんとなく?なんかかっこよくない?」
「かっこいいかなあ……?」
「まあいいじゃん。それより
「私は……」
何になりたいんだろう。幼稚園生の頃はお花屋さんになりたいとか、ケーキ屋さんになりたいとか、なんでも思ったことを口にできていたのに。少しずつ、少しずつ大人に近づいていくにつれて、自分のできることの限界を知ってしまう。それも少し違うのかな。できることは増えてはいる。だけど今の自分と、夢までの距離が段々と明確になってくるから、自信が無くなってしまう。だから、自分が何になれるのかわからなくなる。
「まだ、決まってないかな」
まだ。中学生だから。
いつかは変わらなくちゃいけなくても、今はまだこのままで。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます