第6話 とある女子高生の部活決め
「私はやっぱり、バトミントンかな…!」
「うん、いいと思う…!」
「なつめちゃんは?一緒にバトミントン入ったりしない?」
「えーと、私ちょっと運動部は厳しいかなって」
「そっかぁ…」
校外学習は今週の金曜日にある。その次の月曜日には、もう部活動登録がある。
だからこの一週間で決めなくてはならない。
花衣ちゃんと一緒に、部活動の案内の紙を手に持ちながら、学校内を回る。
今は体育館でバトミントンを見ている。ステージ側の面ではバトミントン、奥の方では男子卓球が行われている。
「人たくさんだね」
「仲良くなれる人いるかな…」
花衣ちゃんはもうバトミントンで決めたらしい。
私はバトミントンを選ぶことは出来ない。運動が苦手なのもあるけれど、1番の理由は『魔法病』だから。
『魔法』は無意識に発動してしまうこともある。例えば、卓球の試合で反射的にボールを打った時に、『魔法』が発動してしまいその試合会場が全焼してしまったとか。
これは結構前の話だけれど、それ以降『魔法病』患者は大会に出てはならない、というルールが設けられた。
とはいえ、『魔法病』の初期症状は本人にしか分からないので、ルール違反して出る人もいる。そこまで頻繁には起きないけれど、たまに大会で『魔法』が行使されたと話題になる。
「なつめちゃんは、どこか見に行きたいところある?」
「うーん…科学部行ってもいい?」
「えっ、科学部?すごいね…」
「あはは……」
運動系は選択肢から消えた。
となると残りは文化部のみ。音楽の才能はないので吹奏楽と合唱部が消え、大根役者だから演劇部も消え、絵を描いたことがないから美術部と漫研は消え、ハキハキ喋られないから放送部が消え、廃部寸前の茶華道も消えて──。
言い訳なのは分かっている。実際にやってみれば、案外出来るかもしれない。
それでも新しいことに挑戦するのはしり込みしてしまう。
「他に、あんまりやりたいのもなくって…」
「そっかあ…うん、とりあえず行ってみよ」
ここはやめた方がいいんじゃ、という花衣ちゃんの目線と、ここはやめた方がいいのではといううっすらとした思い、それを無視して私は科学部に決めた。
吹奏楽部、演劇部、美術部などなど、色々見回ってみたものの特に心に刺さるものはなかった。
何に対しても興味がわかない。なんだか、セピア色の膜の内側からぼうっと見ているみたいに感じる。
それなのにぞわぞわと背筋を巡る血液だけは、はっきりと感じられた。
ーーーーー
「めっちゃ楽しみ…!」
「…ね!」
バスに乗り込む。リュックをぐいぐいと足の隙間に押し込んで、窓際に座る、わくわくとした表情の花衣ちゃんと談笑する。朝日と被って眩しかった。
イルカショー見たいよね、お土産最初らへんに見た方が混まなくていいかな、バーベキューのためのマシュマロ買ってきたんだ、一緒に回ろうね───うん、楽しみだよね、ねえストラップお揃いで買わない?、あっお菓子買うの忘れた、もちろん一緒に回ろう───。
「動き出したね…!」
「楽しみだね…!あ、そういえばバス酔いする?私は全然しないんだけど…」
「あっ私も全然!船酔いもしないよ」
これ終わったらテスト週間だよね、も〜今は嫌なこと思い出させないでよ、と軽い会話をぽんぽんと交わしていく。
動物が好きだから水族館は楽しみ。
一番好きなのはもちろん犬だけど、ほとんどの脊椎動物が好き。無脊椎動物も1部を除いて好き。
それが、周り全員頭が良い高校に来てしまって『頭良い』がステータスじゃなくなった私の、唯一縋れる『私』。動物好きの私。犬が好きな私。……本当に?本当にそれは私の気持ちなんだろうか。このまま進路を生物方面へと向けていいのだろうか。
「せっかくの水族館なんだから、嫌なこと全部忘れて楽しも〜!」
───今日1日だけは、何もかも忘れてもいいのだろうか。
「超楽しみすぎる〜!」
期待や喜びに溢れた声でバスが満たされていく。その中に自分の声もあることがなんだか不思議だった。
下を向いてばかりだとつまらなくなる。余命宣告されたのにというどす黒い思いを閉じ込めて、口角を上げる。これから1年ぼっちにならずにすむために、今日は人間関係ちゃんとしないといけないのだ。間違っても投げやりに接してはならない。
「1時間ぐらいかかるって」
「じゃあ、いっせっせーのやらない?」
「あ、指スマのこと?やろ〜」
減っていく腕にふふっと微笑み合う。どちらかが無くなってはまた始めて、また繰り返して、飽きたなんて考えないようにいつもよりはっちゃけて笑った。
「そっちってさ、アルプス一万尺ってどんなのだった?」
「とりあえずやってみない?」
アルプスいちまんじゃーく、のところでお互いに手が掠って、全く違う動きを始めたことに控えめな爆笑をする。
そうこうしているうちに水族館へと到着した。バスを降りて、団体用の入口から入る。バーベキュー場に着いたら、これからの流れを先生が説明しはじめた。空気がそわそわと話が終わるのかを今か今かと待ちわびるように同一となる。
「では、12時にここ、バーベキュー場で集合です」
私たちは5人班だ。花衣ちゃん以外の人の名前は覚えていない。
約400人が、ゆっくりとバーベキュー場から移動していく。すぐ近くには休憩中なのだろうかイルカが2匹いて、ボールで遊びあっていた。
中学とは違って使用を許されているスマホを向けた男子に向かって、イルカが泳いでいく。「ファンサやん!」と大騒ぎだ。それから私たちの方にも向かってきたので、慌ててスマホを構えた。
優しげでありながら好奇心に満ちた顔のイルカ。悠々とボールを低く投げ飛ばしながら遊んでいる。つるりとした灰色に光が反射してキラキラしていた。
ただ、美しいと思った。
とある女子高生の幸運 トラ @annzunatu
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