消えたハロウィン・キャンディ事件

 阿形クリスティは、悩んでいた。


(どれが、ぶきみ、かな)


 此処は、いずみかわ幼稚園すみれ組。

 このところ、朝晩肌寒い日が続いているが、

 教室の中は、熱気に溢れている。

 クラスの皆は真剣な顔で、前のテーブルを見詰めていた。

「どれが、いちばん、かんたん、かな?」

 隣でアユちゃんが、呟いた。

「うさぎに、できるのは?」

「かわいくしたい」

 タロウくんとマイちゃんは顔を寄せて、相談している。

 皆の前のテーブルには、一週間後にあるハロウィン・パーティの仮装の材料が並べられていた。

「まず、自分が成りたいもののお面を選んでね。色は着いていないから、好きな色に塗ったり描き加えたり、シールを貼ったり出来るよ。それから、ゴミ袋は、頭と両手が出るように切ってあるので、羽を付けたり、シールを貼ったりしてね」

 ノリコ先生の説明に、皆、友達と相談したり、先生の作ったお面のお手本を見比べたりした。

「あたく、ゾンビにします」

 芸術家肌のユウカちゃんは、悩む皆を尻目にさっさとゾンビのお面を手に取った。

「あたしは、がいこつ!」アユちゃんは、フンと鼻から息を吐いた。

 タロウくんとマイちゃんは、オバケのお面を手に取って、どんな風にするか考えている。

「クリスちゃんは、なににする?」

 アユちゃんが顔を覗き込むので、クリスティは、焦って一番近くにあるお面を手に取った。

「まじょ?」

「う、うん」手に取った着色されていないお面の魔女は、大きな鉤鼻かぎばなと意地悪そうな口元の皴皴しわしわのお婆さんだった。

「クリスちゃんは、クルクルまきげの、きんぱつだから、くろい、とんがりぼうしが、にあうね」

 アユちゃんに言われると、何だかそんな気がする。

「とんがりぼうし、にあう?」

「うん」アユちゃんが深く頷いたので、クリスティは、意地悪で不気味なお婆さんになろうと密かに決意した。

 皆、選んだお面を、それぞれの生活班のテーブルに持ち帰って、思い思いにアレンジし始めた。


「ウサギのおばけ、できそう?」

 マイちゃんは、黒い画用紙をウサギの耳の形に切り抜き始めたタロウくんの手元を覗き込んだ。

「うん。ポンちゃんも、おみみが、くろいんだよ」

「わたしはね、かわいいオバケにするの」

 マイちゃんは、画用紙を大きなリボンの形に切り始めた。

 後ろのテーブルでユウカちゃんが、茶色や灰色に加え緑や青で、お面全体を塗り潰しているのを見たアユちゃんは、ふふんと笑った。

「がいこつは、しろいから、いろを、ぬらなくていいんだよ。だから、らくちん!」

 衣装の黒いゴミ袋に、先生からもらった白いテープを骨のように貼っている。

「オバケは、いしょうも、しろいから、もっと、らくちんだよ」

 白いゴミ袋を手に、タロウくんとマイちゃんは「ねーっ」と声を揃える。

 クリスティは、魔女のお面と格闘している。弧を描く眉毛と鼻の下に八の字型のひげあごの下に縦一本のひげを黒いクレヨンでグリグリ描き、頬をピンクに丸く塗った。

「んん? ひげ?」

 皆の作業を見回っていたノリコ先生は、クリスティのお面を見て足を止めた。

「クリスちゃん、おばあちゃんは、ひげないよ」

 隣で骨のテープを貼るアユちゃんが手を止めて、クリスティのお面を見た。

「え、あれ?」

 クリスティは、自分がひげを描いていたのに気付いた。この顔には見覚えがある。

「……ガイ・フォークス」

 先日、母親がガイ・フォークスデーの話をした時に、見せてくれた写真にそっくりだった。

 ハロウィンの話をしていた時に、イギリスで毎年十一月五日に催されるお祭りの話になり、「ガイ・フォークスって?」というクリスティの問いに「こんな顔の人」とお面の写真を見せてくれたのだ。その印象が強かったらしい。無意識に顔を描いていた。

「どうしよう。くろいクレヨンだから、ほかの、いろを、ぬっても、なおせない」

 クリスティが、困っていると、後ろのテーブルのユウカちゃんが振り返って言った。

「ゾンビにすれば、よいのではないかしら、ほら」

 ユウカちゃんが見せたゾンビのお面は、濃い色でどろどろに塗り潰されていた。

「えーっ、まじょのゾンビって、へんだよ」

 アユちゃんが、思ったまま口にする。

「そのままでも良いのよ。ガイ・フォークスのお面を被っている、魔女のお面でも」

 ノリコ先生が提案する。

「ひげのおばあちゃんで、いいとおもう。うちの、おばあちゃん、ひげが、はえてるよ」

 タロウくんが言うと、マイちゃんとユウカちゃんは「えーっ」と眉根を寄せた。

 皆が色々な事を言うので、クリスティは、どうしたら良いのか、益々分からなくなってしまった。

「ノリコせんせいのが、かんたんじゃん」

 アユちゃんの声に、クリスティは心が決まった。

「じゃあ、このままにする」

「不気味な感じで良いかもよ」

 ノリコ先生が言ってくれたので、クリスティは、ちょっと安心した。


 翌日も、ハロウィンの仮装作りに取り組む、すみれ組。

 クリスティは、黒いゴミ袋にジャックオーランタンのオレンジ色のシールや、銀色の星のシールを貼った。黒いとんがり帽子を被れば、魔女になれそうだ。

 タロウくんのウサギのオバケは黒い眼帯をしている。

「なんだか、わるそう」

 そう言うマイちゃんのオバケは、黒いリボンを付けていた。

 ユウカちゃんは、白と黒のゴミ袋を重ね、ビリビリ割いて、ゾンビになった。

「ボロボロのかんじが、でているね」

 クリスティは、感心した。

「えーっと、それは」

 ノリコ先生を戸惑わせたのは、ヨッちゃんのエイリアンマンの扮装。ドラキュラのお面を元に青と銀のテープを使って、それっぽく作ってある。

「エイリアンマンのドラキュラ」

 ヨッちゃんは、ボソッと呟いた。とにかくエイリアンマンが大好きなヨッちゃんだ。

 他の子達も、ジャックオーランタンや、フランケンシュタイン等、工夫して作っていた。

 ノリコ先生は、出来上がった皆の仮装をハンガーに掛けて、窓の鴨居に渡した細いロープに吊るして行った。



 ハロウィン当日になった。

 クリスティは、いつもより早く園に到着した。家に居ても、落ち着かないので、母親に早目に送ってもらったのだ。

 園庭に入ると、給食室の方から良い匂いがしてくる。きょうの給食は、ハロウィンメニューらしい。すごく楽しみだ。

「おはよう、クリスちゃん」

「おはよう。アユちゃんも、はやいね」

「なんだか、ワクワクしちゃって」

 アユちゃんは、目を輝かせる。

「わたしも」

 すみれ組の他の子達も、いつもより早く来ている。

 皆が揃うとノリコ先生が、高い所に吊るしてあった衣装を一つづつ手渡してくれた。

「じゃあ、皆で変身ターイム!」

 アユちゃんは、骨テープを張った黒いゴミ袋から、頭と手を出して、骸骨のお面を被った。

「ガイコツの、きぶん!」

 頭をカクカクさせる。いつもと違う格好をすると気持ちまで変わるようだ。

 クリスティも黒いゴミ袋から頭と手を出し、魔女のお面を着け、黒いとんがり帽子を被った。

「わたしは、こわい、おばあちゃんの、きもち」

 クリスティが、両手の指を曲げて襲い掛かる真似をし、二人はクスクス笑った。

 皆も、きゃあきゃあ言いながら着替えた。


 仮装した年少組から年長組までの全園が、多目的ホールに集合した。クラスごとに、床に座って始まるのを待っている。

「ハロウィン・パーティ、始まるよー! せーの!」

 ゾンビの仮装をしているノリコ先生の掛け声で、園の皆は声を揃えた。

「ハッピーハロウィン!」

 暗幕を閉めた多目的ホールの照明が消えた。暗闇に驚いて、子供達は悲鳴を上げる。

 すぐに天井のミラーボールの光が、キラキラと部屋中を駆け巡り、飾り付けのモールに反射して輝いた。

 怪しげで楽しい感じのハロウィン・ソングのメドレーが流れ、前の一段高いステージに立ったノリコ先生にスポットライトが当たる。

「ハロウィン・パーティに、ようこそ! 私は、司会のゾンビ・ノリコです!」

 照明が点いて明るくなったので、子供達は安心して、笑顔になった。

「初めに魔女・園長先生からのお話があります。その後、ハロウィン・クイズ大会。最後は、キャンディ集めです。まつ組、ひよこ組、すみれ組のお部屋にキャンディを配るオバケが居るので、皆で貰いに行きましょう。では、園長先生のお話です」

 紹介されて、魔女の姿の園長先生が前に立った。

「皆さん、ハロウィンって知ってますか?」

「しってるー!」

「おかしを、もらえるひ!」

「みんなで、こわいかっこう、するひ!」

 子供達は、口々に答えた。

 園長先生は、にっこりしながら皆を見回した。ハロウィンが収穫への感謝のお祭りから始まった事や、何故オバケの格好をするのかを話してくれた。

「ハロウィンには怖いオバケもやって来て、見付かるとオバケの世界に連れて行かれてしまうそうです。だから自分もオバケの振りをして、見つからないようにするのです」

「オバケに、みつからないかなぁ」

「ちょっと、こわいよね」

 心配そうな声が上がった。

「大丈夫ですよ! いずみかわ幼稚園には、真似っこオバケの先生方が揃っていますから、本物が来たら、やっつけちゃいます!」

 園長先生からマイクを受け取った、フランケンシュタイン姿のヨシミ先生は、だみ声で言うとニカッと笑った。

 その恐ろしい姿に、皆ブルッとしながらも安心した。


「続いてクイズの時間だよ! 『私は、誰でしょう?』クイズをします。カーテンの後ろにいる人を当ててね」

 ノリコ先生は、クイズの説明をした。

 カーテンに映るシルエットで、隠れている人物を当てるのだという。

「では、第一問!」

「私は、誰でしょう?」

 ボイスチェンジャーで変えた声が訊ねる。

「えーっ、だれ?」

「わかんなーい」

「頭の所をよく見てね」

 司会のノリコ先生がシルエットを指差す。

「あー、なにか、ささってる!」

「フランケンシュタイン!」

「ヨシミせんせいだ!」

「正解! では、第二問」

「私は誰でしょう?」

 その後、ドラキュラのタカコ先生や、オバケのアミ先生が登場した。


「今度は『間違い探し』だよ。よく見ていてね」

 登場した園長先生は、魔女の帽子に黒いマントを羽織り、魔法の箒を手にして前に立った。一回転すると、マントがふわりと翻る。

 次に、衝立の影に隠れて再登場する。

「あれれ、何か変だよ。間違いが分かるかな?」

 ノリコ先生が訊ねる。

 園長先生は、ゆっくり右を向いたり左を向いたりして自分の姿をよく見えるようにした。

「ほうき、もってない!」

「ちがうぼうし、かぶってる」

「マントの、いろが、ちがう」

「正解! 第二問」

 ゾンビのユカ先生が登場した後、ノリコ先生が、こっそり衝立の影へ移動する。

「あれれ、何か変だよ。間違いが分かるかな?」

 司会を交代したタカコ先生が、再登場したゾンビを指差す。

「ふくが、ちがう」

「かみのけが、ちがう」

「さっきの、ゾンビのほうが、ほそかった」

「もう一声!」

 タカコ先生は笑いながら言った。

「ノリコせんせいに、なってる!」

 クリスティとユウカちゃんの声が揃って、二人は顔を見合わせた。

「正解! 誰かな? さっきのゾンビの方が細かったって言ったのは? プンプン!」

 ノリコ先生が、笑顔で腹を立てる真似をしたので、皆笑った。



 最後は、お待ちかねのキャンディ集め。

「それぞれの教室に先生や運転手の斎藤さんが待っているよ。組ごとに、教室を回って、キャンディを集めてね! キャンディを貰う言葉は、覚えているかな?」

 ノリコ先生は、皆を見回した。

「トリック オア トリート!」

 年長、年中組は声を揃えるが、年少のひよこ組は口が回らない。

「といっかあ といーと!」

 意味は分からないけど、元気一杯だ。

「では、ひよこ組さんからスタート!」

 ひよこ組が、担任のアミ先生に引率されて出発すると、多目的ホールに残った年長年中組は『オバケなんてないさ』や『とんとんとんとんひげじいさん』の替え歌のハロウィンバージョンなどを歌ったり、ハロウィンの紙芝居を見たりした。


 暫くして、ひよこ組が戻って来た。皆、お面をおでこにずらし、小さなジャックオーランタンを模したキャンディ入れを持って、ニコニコしている。ランタンの中には、キャンディが詰まっていた。

「次は、すみれ組の番です」

 司会を交代したタカコ先生が言った。

 園の教室の配置は、多目的ホールに近い所から、まつ組、ひよこ組、一番遠いのがすみれ組だ。

 ノリコ先生と一緒に、それぞれの教室を回る。一クラス二十人で、五人ずつの生活班が四つあるが、前半後半それぞれ二班ずつのグループで教室に入ると説明された。

「キャンディを受け取ったら、多目的ホールに戻って、皆を待っていてね」

 ノリコ先生は、最後尾で声を掛けた。

 飾りで窓を覆い少し暗くした各教室には、ハロウィン・ソングが流れている。まつ組には骸骨姿の運転手の斎藤さん、ひよこ組には、ゾンビ姿のユカ先生、すみれ組には、フランケンシュタイン姿のヨシミ先生が待っていて、子供達にキャンディを配っていた。

 教室の入り口で順番を待つ子供達は、「トリック オア トリート!」の練習をしたり、前の教室で貰ったお菓子のパックを見たりしている。


 最後のすみれ組の教室に来た。

 前半の二班の子達が退室し、後半の二班の番になった。クリスティの班は後半グループの初めだ。アユちゃん、マイちゃん、タロウくん、ヨッちゃんと一緒の班だった。

 薄暗い中をそろそろと進んで行く。衣装のゴミ袋がガサガサして、自分の立てた音なのになんだか気味が悪い。部屋の真ん中辺りに、ハロウィンの飾り付けをしたワゴンが有り、フランケンシュタインのヨシミ先生が立っていた。

「きゃっ」

 クリスティは、小さく叫んだ。

 暗い中で見ると一段と怖い。

「ト、トリック オア トリート!」

「お菓子をどうぞ! ガイ・フォークスの魔女、面白いわね!」

 ヨシミ先生が、褒めてくれたので、クリスティは嬉しくなった。

 ノリコ先生は、全員がキャンディを貰って出て来るのを、教室の外で待っていた。



 すみれ組とノリコ先生が、多目的ホールに戻ると、年長のまつ組が出発した。

 すみれ組は、お面を外してノリコ先生と一緒に車座になった。

「ノリコせんせい、どうしたの?」

 戻ってから何だか元気が無いノリコ先生に、マイちゃんが声を掛けた。クリスティやアユちゃん、タロウくんも寄って来て心配した。

「また、おなかが、いたくなっちゃったの?」

 クリスティの言葉に、皆は、ノリコ先生救急搬送事件を思い出した。

「……ううん。お腹は痛くないよ。皆、心配してくれてありがとう」

「やあ、ろうしたの?」

 タロウくんが棒付きキャンディをコロコロさせながら、しゃべりにくそうに訊ねる。

「先生の分のキャンディが、無くなっちゃったの」

「えーっ! それは……」

 アユちゃんは、スゥーッと息を吸い込んだ。

「じけんよ~! じけんよ~!」

 嬉々としたアユちゃんの声が、多目的ホールに響き渡ると、ひよこ組の皆も何事かと一斉にこちらに顔を向けた。

「先生、楽しみにしてたんだけどね」

「……良かったら、私のを半分どうぞ」

 聞きつけたアミ先生の申し出に、ノリコ先生は力なく首を振った。

「お気持ちだけ頂いておきますね。私ががっかりしているのは、自分の分が無くなったからだけではないんです。ちゃんと準備したのに、何でかなと思って。アユちゃんの言う通り、これは事件なんです」

 ノリコ先生が言うと、皆の視線はクリスティに集まった。

「クリスちゃん、せんせいのキャンディを、さがしてあげて」

「クリスちゃんなら、わかるでしょ?」

 皆に言われて、クリスティは魔女の衣装の下に着ているスモックから、赤い伊達メガネと可愛い手帳を取り出した。

「わたしの、でばんのようね」

「クリスちゃん、探してくれる?」

 ノリコ先生の言葉に、クリスティは頷いた。

「せんせいのキャンディが、ないのに、きづいたのは、いつ?」

 赤い伊達眼鏡をクイッと上げる。

「先生は、一番後ろに居たから、皆が貰い終えた後だね」

「せんせいのぶんが、ほかのくみのぶんに、まざってしまったというのは?」

「それは無いかな。まつ組やひよこ組とは、デザインが違うから」

 ジャックオーランタンを模したキャンディ入れは、担任が一つ一つ手作りする。皆の分プラス自分の分。ノリコ先生も子供達が喜ぶ顔を浮かべながら、丁寧に作ったのだという。

 他の組の子に配るのは、市販のお菓子のパックだった。ノリコ先生は、まつ組とひよこ組で市販品の分は貰えたけれど、自分で作ったすみれ組の分が無いという。

「ふうん。そうすると、すみれぐみの、みんなに、わたしているあいだに、なくなっちゃったんだね」

「そうね」

 クリスティは、右手をグーにして顎の下に当てて考え出した。


(すみれぐみのこは、ノリコせんせいが、つくってくれたのを、もらう。それが、ないということは、すみれぐみの、だれかが、ふたつ、もらったということかな?)


「ヨシミせんせいが、まちがって、だれかに、ふたつ、わたしちゃったのかな」

「それは、無いと思うけど……」

「ヨシミせんせいに、きいて、みたい」

「今は、まつ組さんがキャンディ集めに行っているでしょ。まつ組さんが、帰って来たら、ヨシミ先生もお話しできるかな」


 しばらくすると、タカコ先生がまつ組の皆を連れて、多目的ホールに戻って来た。

 クリスティは、ノリコ先生に断ってから、ヨシミ先生の居るすみれ組の教室に向かった。



「ヨシミせんせい」

 すみれ組の教室の入り口から覗くと、先生は窓を覆っていた飾りを取り外していた。室内はいつもの様に明るくなっている。

「ん? あら! あなたは、すみれ組のクリスティちゃん!」

「どうしたの? もう、キャンディ配りはお終いよ。お片付けして、多目的ホールに行くところ!」

「ノリコせんせいの、キャンディがなくなったことで、ちょっと、ききたいの」

「ああ、その事ね。何かしら?」

 先生は片付けの手を止めずに訊ねた。

「わたし、すみれぐみの、だれかが、ふたつ、もらっちゃったのだと、おもうの」

「そうねぇ、でも、先生は、一人に一つしか渡さなかったわよ」

「みんな、ちがうこ、だった?」

「……うーん、そう言われると。特徴がある子は誰か分かったけれど。例えば、ヨシノリ君とかね」

「ああ、ヨッちゃんのエイリアンマン」

「他の子は……、あの子かなと思ったけど、本当にその子だったかは、分からないわね」

「じゃあ、おなじこが、にかい、もらいにきても、わからないね」

「うーん、そうね。お部屋を少し暗くしてあったから、何の仮装かは分かったけれど、それが誰だったかは分からなかったわね」

「みんなの、かそうで、きがついたこと、ある?」

「そうね……五人ずつ来たでしょ。最後のグループは、ジャックオーランタンが、四人居たのを覚えているわ」

「おなじ、かっこうだと、わからなく、なっちゃうね」

「……そうね。さて、お片付け終わりました。多目的ホールに戻りますよ!」

 クリスティは、ヨシミ先生と一緒に多目的ホールに戻った。


 多目的ホール内を見回すと、ひよこ組はアミ先生の近くに集まって、手遊びをしている。まつ組は、円く座ってハンカチ落としをしていた。

 すみれ組は、仲の良い子同士で集まって、お菓子パックを開けたり、キャンディを頬張ったりしている。お菓子の甘い匂いが漂っていたので、クリスティは、自分も食べたくなった。

「あ、クリスちゃん。なにか、わかった?」

 アユちゃんが、近付いて来た。

「うーん。アユちゃん、わたしたちの、うしろにいた、こたち、だれか、わかるかな?」

「うしろにいた、こたち?」

「なに、なに?」

 タロウくんとマイちゃんも近くに来た。

「あたしたちの、うしろに、いたこ、わかる?」

 アユちゃんが、クリスティの代わりに訊ねる。

「オバケとドラキュラ、ジャックオーランタンが、さんにん、いたね」

 タロウくんが少し考えてから答えた。

「さんにん?」

 クリスティは、聞き返した。

「うん。ごにんグループだから、オバケとドラキュラ、のこり、さんにんは、ジャックオーランタンだったよ」

「わたしも、ジャックオーランタンを、さんにん、みたよ」

 マイちゃんも、タロウくんと同じことを言った。

 クリスティは、考え込んだ。


(ヨシミせんせいは、さいごのグループに、ジャックオーランタンが、よにんいたって、いっていた。それって……)


「それでね、ドラキュラは、サトルくんなんだよ」

 タロウくんは、ドラキュラの衣装作りの時に、サトルくんに、蝙蝠の羽の付け方を訊かれたのだという。

「ぼくが、くろいガムテープで、つけてあげたの」

 自分が手伝ったから分かる、あのドラキュラの衣装は、サトルくんだったという。

 クリスティは、サトルくんに話を聞きに行った。

「さいごの、はん、だった?」

「うん」

「おなじ、はんに、いたこの、かそうを、おしえて」

「オバケのトオルくん、ケイタくんとショウヘイくんとカオルちゃんは、ジャックオーランタンだった」

 クリスティは、メモ帳に鉛筆を走らせる。

「じゅんばん、わかるかな?」

 サトルくんは、部屋が暗かったので、覚えている仮装で答えた

「うーん。ぼくの、まえには、ジャックオーランタンが、いたよ」

 その後、サトルくんに教えて貰った子達を回って訊ねた。聞き取ったことを、メモ帳に書いていく。


 ケイタくん

【うしろに、オバケのトオルくんがいた】

 ショウヘイくん

【まえは、ジャックオーランタンだった】

 トオルくん

【うしろのほうに、ドラキュラが、いた。めだっていた】

 カオルちゃん

【まえは、オバケだった】


「クリスちゃん、わかった?」

 ノリコ先生の近くで待っていたアユちゃんは、戻って来たクリスティのメモ帳を覗き込んだ。

「んとね。ジャックオーランタンのケイタくん、オバケのトオルくん、ジャックオーランタンのカオルちゃん、ジャックオーランタンのショウヘイくん、ドラキュラのサトルくんの、じゅんばん、だったみたい」

 するとそこへ、サトルくんが近付いて来た。思い出したのだという。

「ぼくの、うしろにも、ジャックオーランタンが、いたきがする」

「んん? ひとり、おおくない?」

 タロウくんが指を折って確認する。

「まえにも、いたけど、きがついたら、うしろにもいた」

 どういうことなのだろう。

 サトルくんの言葉で、クリスティは気が付いた。


(ふたつ、もらったのは、あのこ)


 さて、気が付いたけれど、どう伝えたら本人を傷付けないだろうか。

 クリスティは、本人の側に行くと耳元でこっそり囁いた。


「えっ、そうなの?」

 ケイタくんが、ビックリしたようにクリスティの顔を見た。

 それから、ばつが悪そうにもじもじして、ジャックオーランタンの衣装の下に着ているスモックのポケットから、ノリコ先生が作ったキャンディ入れを二つ取り出した。

「せんせいのところに、いこう」

 ケイタくんはノリコ先生に謝った。

「せんせい、ごめんなさい。ひとり、いっこ、だったんだね」

「ケイタくんが二つ貰っちゃったの?」

「うん。いもうとの、サヤちゃんのぶんを、もらったの」

「貰えたんだね。んー、どういう事なのか、クリスちゃん、説明して」

 ノリコ先生は、ケイタくんが差し出す、キャンディ入れを受け取りながら、クリスティを見た。

「えっと、せんせいのまえに、さっきの、じゅんばんで、ごにんが、ならんでいたの。ケイタくんは、じぶんのぶんを、もらったあと、もうひとつ、もらおうと、サトルくんのうしろに、ならびなおしたんだよね」

「うん」

 ケイタくんは、相槌を打つ。

「私の前にケイタくんが入ったのは、多目的ホールに戻る子とお話している時かなぁ」

 ノリコ先生は、斜め上を向いて考えた。

「ヨシミせんせいは、ケイタくんが、もういちど、ならんだのに、きづかないで、キャンディいれを、わたした」

「そうだったんだね。私も気付かなかった」

「でも、なんで、ケイタくんだと、わかったの? ジャックオーランタンは、ほかにも、いるのに」

 マイちゃんが、不思議そうに訊ねた。

「じぶんの、まえにいる、カオルちゃんと、ショウヘイくんが、もらうのを、サトルくんは、みていた。もういちど、ならびなおせる、ジャックオーランタンは、ごにんのなかで、いちばん、はじめにもらった、ケイタくんだと、おもったの」

「なるほどね。凄いよ、クリスちゃん。解決してくれてありがとう」

 ノリコ先生は、クリスティに礼を言って微笑んだ。

「すごーい!」

 アユちゃんが声を上げる。

「やっぱり、クリスちゃんだね!」

「ほんものの、たんていみたい」

 タロウくんやマイちゃんが褒めてくれる。

 皆も集まって来た。

「クリスちゃんが、また、じけんを、かいけつ、したんだって」

「ノリコせんせいの、キャンディ、みつかったんだね」

 皆に囲まれて、クリスティは嬉しかった。

 誰かの役に立ち感謝されるのは心地が良い。きっと、パパも褒めてくれるだろう。また少し名探偵に近付けたのかなと、思いながら下を向いてニマニマした。

「さすが、クリスちゃんね。でも、あたくなら、さんにんの、ジャックオーランタンを、みわけられましたよ」

 聞き覚えのある声に顔を上げると、いつの間にか側に来たユウカちゃんが、自信ありげな目を向けていた。

「そうだね。ユウカちゃんが、ヨシミせんせいの、おてつだいを、してあげたら、よかったかもね。でも、おへやが、くらかったから、むずかしかったと、おもう」

「……そうでしたね。くらいと、よくみえないです」

 ユウカちゃんは、残念そうな顔をした。

「せんせい、キャンディ、もどってよかったね!」

 アユちゃんが床に座るノリコ先生の肩を叩く。

「そ、そうね」

 ノリコ先生は、ちょっと困ったような顔をした。視線の先にケイタくんが居る。

 ケイタくんは、皆の中で居心地悪そうにしていた。

 ケイタくんのお母さんは、お産の為入院しているらしい。寂しい思いをしている妹にお土産を持って帰ってあげたかったのだろうか。

「間違いは、誰にでもあるのよ。だから、気にしないでね。妹のサヤちゃんを思う気持ちは、とっても素敵だと思う」

 ノリコ先生に言われて、ケイタくんは、やっと笑顔になった。


 その時、大きなバスケットを持った園長先生が、多目的ホールの中央で声を上げた。

「皆さん、集まって! 魔女から特別プレゼントです。先生方も皆も一つずつありますよ。お家の方へのお土産にしてね」

「わぁ、くろねこのチョコクッキーだ!」

 一番初めに貰ったまつ組のお兄さんが、皆に掲げて見せた。

 個包装して、オレンジのリボンが結んである。黒猫は、魔女の使いと言われているそうだ。

「私が焼いたのですよ」

 園長先生が微笑む。

 家族へのお土産ができて、ケイタくんも嬉しそうだった。


 そうこうしている内に給食の時間になって、食堂に移動すると、ハロウィンメニューの給食が待っていた。

 かぼちゃのシチュー、ジャックオーランタンの形のパン、オバケのプリン。

 給食のおばさん達は、ジャックオーランタンの仮装で給仕してくれる。

 皆でおしゃべりしながら、楽しく食事した。



 帰宅して夕食の後、クリスティは両親のリクエストに応えて、もう一度魔女の衣装を身に着けた。

「あら、顔がガイ・フォークスなのね」

 母親はすぐに気付いた。

「ほらほら、クリスティ、何て言うのだったかな?」

 父親の言葉に、クリスティは手をワキワキさせながら言った。

「トリック オア トリート!」

 父親は笑いながら、用意していたお菓子の詰め合わせをくれた。

「これは、パパとママへの、おみやげ」

 クリスティは、園長先生の黒猫クッキーを差し出した。

「お、嬉しいね。パパ達も貰えるとは」

「園長先生、随分と沢山クッキーを焼かれたのでしょう。大変だったわね」

 園の給食室の大きなオーブンで焼いたと言っていた。

「クッキーつくるのって、たいへんなの?」

「量が多いから、大変だったと思うわよ」

「わたしも、つくってみたい」

「じゃあ、次のお休みに作りましょうか」

「僕も混ぜてくれるかい?」

「勿論よ」

 母親は、父親に微笑んだ。

 それから、今日の消えたハロウィン・キャンディ事件の顛末を話しながら、『あがたクリスティ・じけんぼ』に記入した。

『いらいしゃ ノリコせんせい』

『なくなったもの キャンディいれ』

『ケイタくんが ふたつ もらった おなじ かっこうのこが たくさんいた くらくて ヨシミせんせいが きづかなかった』 

『ほうしゅう ノリコせんせいの くろねこ クッキー』

「ほんとうは、ひとり、ひとつなのだけど、せんせいが、くれたの」

「それで、パパとママに一つずつあるのね」

「じけん、かいけつ、したからって」

「そうなんだ。でも、よく気が付いたね。ケイタくんが二つ貰ったって」

 クリスティは、自分の推理を話して聞かせた。

「なるほどね」

「いい推理だ」

 両親が褒めてくれたので、クリスティは嬉しかった。



「ねぇ、ミス・マープル。おなじ、かっこうのひとを、みわけるのは、むずかしいね。ヨシミせんせいも、わからなかったし」

 クリスティは、ベッドの中で眠そうな愛猫に語り掛ける。

 ミステリーのトリックに双子ものがあると、両親が教えてくれたけれど、今日のクイズのゾンビも、キャンディ事件のジャックオーランタンも、同じ格好だから謎が生まれた。

「かんさつは、たいせつだけど、よくみても、わからないときも、あるよね」

 ミス・マープルのオッドアイが、クリスティをじっと見詰めるが、だんだんまぶたが下がってくる。

「……だから、よくみるだけじゃなくて、おはなしを、よくきくことも、たいせつ、なんだね」

 現場にいた人達の話を聞くことで、今日は解決できた。

「かんさつと、きき、こみ。……どっちも、だい……じだね……」

 クリスティのまぶたも下がってくる。

 クリスティとミス・マープルは、静かに眠りに落ちて行った。

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