サンタクロースの謎事件(前編)
「じけんよ~! じけんよ~!」
アユちゃんの声が、すみれ組の教室に声が響き渡る。外気で冷えたほっぺが真っ赤になっていた。走ったので、被っていたトナカイの帽子は、ずれて頭の後ろにあり、あご紐のゴムが首に掛かっている。
十二月中旬、冬休みの二日前のその日、
いずみかわ幼稚園では、園を挙げてのクリスマス会が多目的ホールで催される。
各組の出し物の披露と、サンタクロースによるプレゼントの手渡しがあるという。
『赤鼻のトナカイ』の合唱を披露するすみれ組は、トナカイの帽子とサンタクロースの帽子を被って、ノリコ先生が迎えに来るのを教室で待っていた。
皆、朝からソワソワと落ち着きが無い。
「ドキドキするね」
マイちゃんが、クリスティに話し掛ける。
「そうだね。きょうは、サンタさんも、くるしね」
クリスティは、スモックの裾をギュッと掴んだ。サンタさんは、自分のお手紙を、ちゃんと読めただろうか。丁寧に書いたけれど、少し心配だった。
「サンタさんは、ほんとうは、いつくるの?」
ナミちゃんが、隣のトオルくんに訊いた。
「クリスマスイボって、おかあさんが、いってた」
「イボ?」
「イボじゃなくて、イブだよ」
聞いていたマイちゃんが訂正する。
「そっか、えへへ」
「どこからくるの?」
「どっか、さむいところ」
「トナカイの、ソリでくるって」
「サンタさんに、あうの、たのしみだな」
「わたしも」
「ぼくも」
「オレも」
「きょう、えんに、くるんだよね!」
「イブじゃないのに、きてくれるんだよ」
「すごいねーっ」
皆がサンタクロースの話で盛り上がっていると、アユちゃんが、おさげとスモックを揺らして、教室に走り込んで来た。
「じけんよ~! じけんよ~!」
「アユちゃん。どこへいっていたの?」
「しょくいん、しつが、あや、しかったから、ようすを、みて、いたの」
呼吸を整える。
それよりと、前置きしてアユちゃんは言った。
「サンタさん! サンタさんが、きた!」
「えええええーっ!」
一同声を上げる。
「もう、きたの?」
「あたし、みちゃった!」
「トナカイのソリで、きたのかな?」
「ソリは、しらない。さっき、しょくいんしつに、サンタさんが、はいるのを、みた」
アユちゃんは、職員室付近の外廊下で張っていたらしい。情報収集に余念がない。
「ソリは、ちゅうしゃじょうに、おいたのかもね」
タロウくんはいつも通園バスを降りる駐車場を思い浮かべた。
「ねぇ、みんなで、サンタさんを、みにいこう」
アユちゃんは、鼻息荒く皆を誘う。
「プレゼントの、ついか、できるかな」
ヨッちゃんの欲しい物が何なのか、皆には容易に想像できた。
「ぼくも、ついかしたいな」
「でも、ノリコせんせいが、おへやで、まっていてって、いったよ?」
クリスティの言葉に皆は頷く。
「だいじょうぶ、だいじょうぶ。こっそりいける。サンタさん、みたいじゃん?」
先生の言葉より、アユちゃんの言葉に惹かれたのは、クリスティとマイちゃん、タロウくん、ヨッちゃん。
トオルくんとナミちゃんは、やっぱりお部屋で待っていると言った。
職員室は、すみれ組の隣なのでノリコ先生が呼びに来るまでに、こっそり行って帰って来れそうだ。
クリスティ達は職員室を目指し、外廊下を進んだ。冷たい風に、給食室からの美味しそうな匂いが混ざっている。
「あっ」
アユちゃんが小さく声を上げた。
「いま、あかいふくが、みえた」
「どこ、どこ?」
小声で言いながら、クリスティは、アユちゃんの顔の側に顔を寄せた。
「しょくいんしつの、なか」
職員室の窓越しに見えたという。
皆、窓枠に手を掛け、首を伸ばして職員室の中を覗いた。
「あかいふくって、サンタさんの、おようふくだよね」
サンタさんは、赤い服赤い帽子、少しぽっちゃりの、白いお髭のお爺さん。それは、先生が読んでくれた紙芝居に描かれていたイメージ。
その時、ノリコ先生が職員室から出て来た。赤いエプロンに、天辺に星の付いた緑のクリスマスツリーの帽子を被っている。
「あれ、皆、何しているの? そろそろ時間だから、呼びに行こうと思っていたところなのだけど」
職員室前にたむろする皆はドキッとした。
「えっと、アユちゃんが、サン……むぐっ」
タロウくんの口は、アユちゃんによって塞がれた。自分が、職員室を張っていたことを知られたくない、
「なぁに? サン?」
ノリコ先生が訊ねる。
「アユちゃんが、はやく、サンタさんにあいたいなぁって」
機転を利かせて、マイちゃんが、すかさずフォローする。
「楽しみだよね! じゃあ、すみれ組さん、二列に整列してください。皆、いる?」
ノリコ先生は、教室に残っていた子達を呼びに行き、点呼をしてから、クリスマス会の行われる多目的ホールに引率していった。
すみれ組のトナカイ集団が、多目的ホールに到着すると、先に整列し床に座っていた、ひよこ組とまつ組から、大きなどよめきが起こった。
「うわっ」
「すごいっ」
「ハデだねー」
「キラキラだ」
一週間前のすみれ組。
「来週のクリスマス会で、すみれ組は皆でお歌を歌います。『赤鼻のトナカイ』ってしっているかな?」
「しらない」
「真っ赤な、お鼻の~♪っていうのだよ?」
「あー、それならしってる」
「皆は赤鼻のトナカイさんになって、歌います。それで、一人だけサンタさんになって、サンタさんの所を歌ってもらいたいの」
「ひとりだけ?」
「どうやって、きめるの?」
「先生は、くじを作ってきました。くじを引いてもらうけど、箱の中のタコ糸の先っちょにサンタさんが付いていた子が、サンタさんです。皆、一本選んだかな? まだだよ。せーので、引き抜いてね」
くじ引きと聞いて、皆、目を輝かせた。
「せーの! はい!」
皆、一斉にタコ糸を引き抜いた。
「サンタさんだ!」
すごく嬉しそうなタロウくんと裏腹に、皆は一様にがっかりした。
「はい、じゃあ、サンタさんは、タロウくんです。皆、トナカイさんは、ハズレじゃないよ?」
「ぼくひとりだけ、サンタさんのぼうしで、めだっちゃうよ」
嫌だなぁと言いながら、どこか嬉しそうでもある。
「あたくちの、ほうが、サンタさんに、ピッタリだと、おもうの。めだつのが、いやなら、あたくちに、ゆずって!」
ユウカちゃんが、黄色い星型伊達メガネをクイッとしながら、タロウくんに詰め寄る。
「くじびきだから、しかたないよ」
マイちゃんが、ユウカちゃんを
「うぐっ、いやっ!」
地団太踏むユウカちゃんに、タロウくんは困っていた。
「ユウカちゃん、皆で、くじ引き、したのよ。きまったことなの」
ノリコ先生が間に入って来たので、ユウカちゃんは、悔し涙を
それから、それぞれの生活班のテーブルに分かれて帽子を作った。
トナカイの帽子は、扇の様な形の茶色い色画用紙に目や鼻や角を付けて行く。
「ねぇ、しろいまると、すこしちいさい、くろいまるが、ある。あと、おおきい、あかいまる」
「しろいのが、しろめ。くろいのが、くろめ。あかいのは、はなかな」
アユちゃんの問いに、手を動かしながらクリスティが答える。
「じゃあさ、じゃあさ、いろんな、かおつくれるね!」
アユちゃんは、白目、黒目と赤い鼻を、まるでお正月の福笑いのように、動かしてクスクス笑う。
「あー、ほんとだ」
皆も真似して色々な顔のトナカイを、きゃっきゃっ笑いながら作った。
扇の形をくるっと丸めて帽子の形にしたら、
「うわっ、ユウカちゃんの、トナカイ、なんかすごい!」
クリスマスボールや、オーナメント、キラキラモールや星やリボン。クリスマス飾りが、盛りに盛られている。
「どう? あたくちの、トナカイは」
ユウカちゃんは、満足そうに笑った。
サンタさんになれなかった悔しさをぶつけたらしい。
「わたしも、おリボンつけたい」
「ぼくは、ほしを、つける」
「えっ? ええ?」
トナカイをデコり始める子が続出して、色々な顔の、とてもカオスな感じのトナカイ集団が出来上がった。
「……」
ノリコ先生は悩んだが、皆が楽しそうに作っているので、黙っていることにした。
皆の騒ぎに、タロウくんも変顔のサンタさんを作って対抗した。
こうして、変顔のサンタとデコトナカイの集団が出来上がったのだった。
多目的ホールの一段高いステージ正面には『いずみかわようちえん クリスマスかい』とペーパーフラワーで飾られた看板があり、メタリックなキラキラモールが垂れ下がっている。
ステージ前の右側に、皆で飾ったクリスマスツリーが有り、暗幕が閉められた部屋の窓には、色々な色のイルミネーションが点滅していた。
「あらっ、素敵なトナカイさんね! すみれ組は、ここに座ってね!」
ヨシミ先生は手招きしながら、だみ声を張り上げた。
皆が着席すると照明が少し暗くなり、『サンタが街にやって来る』が流れた。正面のステージだけが明るい。スポットライトの中に、赤いエプロンに緑のクリスマスツリーの帽子を被ったユカ先生が登場した。
「司会のユカ先生でぇす。初めに、園長先生が、クリスマスってなぁに? というお話をしまぁす」
ユカ先生の催眠ボイスが、早くも眠りを誘うけれど、クリスマス会は始まったばかり。
「では、続いて、ひよこ組さんの『ジングルベル』でぇす。皆、一生懸命練習したよぉ。聞いてね」
赤いサンタさんの帽子を被ったひよこ組の皆が、二列になって手を繋ぎステージに上がって来た。不安そうな子や、訳が分からずキョロキョロしている子がいる。急に繋いだ手を振りほどき、回れ右をしてステージを降りようとする子もいた。ヨシミ先生が、泣きべそを掻いている子に、何か言い含めてステージに戻す。
ようやく前奏が始まった。担任のアミ先生が、うんうんと首で調子を取り、リードして歌い出す。
「はいっ! はしれ、そりよ~♪」
隣のお友達と繋いだ手を前後に振りながら、先生に合わせて元気いっぱいに歌う。
「……じんぐーべー、じんぐーべー、すずがーなる―……」
クリスティは、去年の自分もあんな感じだったのかなと、くすぐったいような気持になった。隣のアユちゃんと顔を見合わせて微笑んだ。
皆の拍手に送られて、ひよこ組さんがステージを降りると、いよいよ、すみれ組の番だ。
「次はぁ、すみれ組さんのぉ『赤鼻のトナカイ』でぇす」
ステージに上がり、スポットライトを浴びると、やっぱり緊張する。タロウくんを真ん中に、隣同士で手を繋ぎ前後二列に整列する。
脱走しようとするヨッちゃんを、今度もヨシミ先生が、阻止した。
ノリコ先生の合図で歌い始める。
「まっかな、おはなの~♪」
体を左右に揺すりながらデコトナカイ達は歌う。
「……く、らい、よみちは……」
タロウくんのサンタさんの独唱は、ちょっと出遅れてしまったけれど、何とか歌い終えた。
「……よろこび、ました~♪」
全員で歌っておしまい。ホッとして、席に戻ると、まつ組さんの『あわてんぼうのサンタクロース』が始まった。
その後、先生方のハンドベルの演奏『きよしこのよる』があった。
それが終わるといよいよ、サンタさんの登場だ。
「サンタさんがぁ遠い国から、皆にプレゼントを届けに来てくれましたぁ。拍手でぇお迎えしましょう!」
ユカ先生が、右手で多目的ホールの出入り口を指し示したので、皆そちらに顔を向けた。
スポットライトの中に登場したサンタクロースは、赤い帽子と赤い服。白い眉毛と白い髭。大きな白い布の袋を肩に担いていた。
「しゅっとしてる」
クリスティは、呟いた。
「んん?」
アユちゃんが眉根を寄せる。
「あれえ?」
タロウくんも、怪訝そうな顔をした。
「MERRY CHRISTMAS!」
サンタクロースの第一声に、ざわめきが起こる。
「がいこくの、ひと、なのかな?」
「えいご、みたいだった」
元々、英語なのだが、つまり、発音が良かった。
皆がざわつく中、長身のサンタクロースは、
『私は、サンタクロース。遠い国から、良い子の皆にプレゼントを届けに来たよ。フォッ、フォッ、フォッ』
音声に合わせて身振り手振りをする。
サンタクロースは、座った膝の間に大きな袋を置いて、袋の口を開けた。
「ではぁ、ひよこ組さんからぁ、順番にぃサンタさんからぁプレゼントをもらいましょう」
ユカ先生のアナウンスで、一列に並んだひよこ組の皆が一人ずつ、サンタさんの前に行ってプレゼントをもらう。
時折、『フォッ、フォッ、フォッ』と笑うが、最初の、「MERRY CHRISTMAS!」とは、声が違う気がする。
クリスティには、サンタクロースが、録音の音声に合わせているように思えた。
ひよこ組がプレゼントをもらい終わって、すみれ組の番になる。
サンタクロースは、ニコニコしながら袋からプレゼントのクリスマスブーツを取り出して渡していく。
クリスティの番になった。
『フォッ、フォッ、フォッ』
プレゼントを受け取る時に、サンタさんの顔をじっと見る。
クリスティが、あんまり見るのでサンタクロースは、片目を
サンタクロースが次の子のプレゼントを袋から取り出すのを見て、クリスティは、後ろを振り返り、振り返り席に戻った。
(なんだろう?)
何かが、引っ掛かる。
知らず右手のグーが
「……ちゃん、クリスちゃん」
アユちゃんに肩を揺さぶられて、我に返る。
「どうかした?」
「……う、ううん。なんでもない」
「まつぐみさんも、プレゼント、もらったよ」
アユちゃんの言葉に顔を上げると、サンタクロースがステージ前の椅子から立ち上がって、出入り口に歩いて行くところだった。
『さらばじゃ、皆良い子でいるんじゃよ! フォッ、フォッ、フォッ』
最後に振り返って、大きく手を振る。
「皆でぇ、バイバイするよぉ。サンタさん、ありがとう、バイバーイ!」
ユカ先生の声に続いて、皆「ありがとう、バイバイ」と小さな手を振った。
サンタクロースは、多目的ホールから退場し、クリスマス会はお開きになった。
皆、サンタクロースに貰ったクリスマスブーツが気になって仕方がないようだ。中のお菓子を取り出そうとしている子もいる。
「プレゼントは、お家の人に見せてから開けてね!」
ヨシミ先生が続ける。
「一度お部屋に戻って、プレゼントを置いてきます。それから、食堂でクリスマスのご馳走が出ますよ! では、ひよこ組さんから、移動お願いします!」
すみれ組に戻ると、マイちゃんが眉根を寄せて言った。
「ねぇ、さっきの、サンタさん、ほんもの、かな?」
マイちゃんも、サンタさんの声が録音なのに気付いていたようだ。
「うちにくる、サンタさんは、ふとっちょだよ」
アユちゃんが言うと、タロウくんも続けた。
「うちのサンタさんは、メガネ、かけてたよ」
「ええ? ふたりとも、サンタさんを、みたこと、あるの?」
クリスティは、不思議に思って訊ねる。
「うん」
「あるよ」
「だって、こどもが、ねむらないと、こないって」
確か、両親はそう言っていた。だから、クリスマスイブは、いつもより早めにベッドに入っていたのだ。
「うすめをあけて、みていたの。よくみえなかったけれど、ふとっちょだった」
「タロウくんも、サンタさん、みたの?」
「うん、ぼくも、ねたふり、していた。メガネを、かけていた」
クリスティは、右手のグーを顎に当てていた。
「サンタさんって、たくさん、いるの?」
クリスティは、クリスマスイブに家に来るサンタクロースを、自分も眠らずに見ようと心に誓った。
「あたしの、おてがみ、ちゃんと、ふとっちょの、サンタさんに、とどいたかなぁ」
アユちゃんが言うと、タロウくんは深刻な顔をした。
「もしも、きょうきた、サンタさんに、ぼくの、おてがみが、とどいていたら、メガネのサンタさんは、ぼくの、ほしいもの、わからないんじゃないかな」
二人が心配そうな様子をするので、マイちゃんの中でも不安が広がっていく。
「わたしも、だんだん、しんぱいに、なってきた」
「わーっ、どうしよう。ほんものの、サンタさんか、どうか、どうやったら、わかるんだろう」
タロウくんは頭を掻きむしった。
「そうだ、クリスちゃん! きょうの、サンタさんが、ほんものか、どうか、しらべてくれる?」
タロウくんが
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