七夕暗号事件
七夕祭りの前日、七月六日。
「これは、つまり……」
アユちゃんは、目を輝かせる。
「じけんよ~!、じけんよ~!」
いずみかわ幼稚園すみれ組に、アユちゃんの声が響き渡る。
七月四日。
すみれ組では七夕飾りと、それぞれの願い事の短冊を作っていた。
「よく見ていてね」
ノリコ先生は、折り紙を二つに折って掲げてみせた。
「こっちのペラペラしていない方を、わと言います。わを手前に持ってきたら、ハサミでペラペラしている方に向かって、同じ幅で切り込みを入れて行きます。気を付けるのは、端っこまで切らないこと。手を切らないように、ここまでやってみてね」
皆、慎重に折り紙に切り込みを入れて行く。
クリスティも、俯いて口を尖らせ、一本一本慎重に切り込みを入れて行く。ハサミを使うと、何故か口が動いてしまう。クルクル巻き毛の金髪が揺れる。
ノリコ先生は、作業用のテーブルを回りながら、皆の手元を確認する。
「こういうのが、出来ましたか?」
折り紙の真ん中に幾本かのスリットの入った物を見せる。
「できたーっ!」
「はーい」
「じゃあ、折ってあるのを一度開いて、ノリで、上と下の端っこ同士をくっ付けます。少し重ねるようにね。くっ付ける時に、真ん中を膨らませるようにすると――」
「あーっ、ちょうちんみたい」
「そうだね。提灯みたいのが出来るね。出来たら、違う色の色紙をクルクルと巻いて、中に入れると、もっと綺麗になるよ。最後に、上に、こよりを付けて、吊るせるようにします」
平らだった折り紙が、折りと切り込みで、立体になるのが、面白い。
「できたー!」
皆、それぞれ小さな提灯が出来て嬉しそうに見せ合っている。
「では、次に短冊にお願い事を書きます。皆、お願いする事、考えて来たかな?」
「はーい」
皆、先生に配られた短冊に書いて行く。
「クリスちゃんは、なんてかくの?」
隣のアユちゃんがクリスティの手元を覗き込む。
「わたしは、『めいたんていに なれますように』って。アユちゃんは?」
「あたしは、『じけんが おきますように』だよ」
「えーっ、へいわが いちばんだよ」
「だって、じけんがおきないと、じけんよ~! っていえないじゃん」
「ま、まあね」
「クリスちゃんだって、じけんがないと、めいたんていに、なれないよ?」
「……そう、だね」
物見高いアユちゃんは、事件をお願いするようだ。同じテーブルのお友だちは、何を書いているのかな。
「ぼくはね、『ポンちゃんが ながいき しますように』だよ」とタロウくん。
「わたしは、『おかしを たくさん たべられますように』だよ。えへへ」
マイちゃんは、甘い物が大好きだ。
「じゃあ、出来た人から、笹に飾りましょう」
全部飾って、色とりどりの賑やかな七夕飾りになると、先生は教室前の靴箱横に置かれたポール立てに立て掛けた。
色とりどりの短冊や、七夕飾りが風に揺れてている。
「七夕が楽しみだね」
隣にいるアユちゃんが、七夕飾りを仰ぎながら、クリスティに笑い掛ける。
「せんせいは、おねがいごと、しないの?」
誰かが訊ねた。
「先生達のお願い事は、七夕の日に多目的ホールに飾るから、見てね」
先生達のお願いって何だろう。皆、顔を見合わせた。テキトーなことを、言い合っている子達もいる。
当日は、食堂でお素麵を食べる。
七夕ゼリーも出るらしい。すごく楽しみだ。
ひよこ組、すみれ組、まつ組の教室の前に、それぞれの組の七夕飾りが飾られた。
七月五日。
ヨッちゃんと矢野ショウヘイくん、山田ケイタくんは、給食後、皆がまだ戻って来ない内に、いち早くすみれ組の教室に戻っていた。
「もってきた?」とショウヘイくん。
「うん」
ヨッちゃんは、通園カバンから、青地に銀の星の付いた短冊を三枚取り出した。エイリアンマングッズとして販売されている物だ。
「エイリアンマンに、おねがいしてみよう」
ショウヘイくんは、ケイタくんに頷いて見せた。
「うん。やりかたは、エイリアンマンのたんざくに、かくって、せんしゅう、いっていたね」
「にほんごで、いいのかな?」とヨッちゃん。
「エイリアンごかなぁ」とショウヘイくん。
「エイリアンごって、わかる?」
ヨッちゃんは心配そうだ。短冊は用意できたものの、エイリアン語が分からない。
「ぼく、パパにきいた」
「えっ、ショウヘイくんのパパは、エイリアンご、わかるの?」
「うん。おねがいごとと、みんなのなまえの、かきかたを、おしえてもらった」
ショウヘイくんは、パパが書いてくれた紙を見せる。そこには、☆や〇、△、□などの記号が書かれていた。
「すごーい! これで、エイリアンマンにおねがい、できる」
ヨッちゃんは、エイリアン語で書かれた自分の名前を、食い入るように見詰めた。
「テレビで、ひみつに、しなきゃいけない、っていってたね」
「えっ、そうなの?」
ケイタくんは、急に声をひそめた。番組内で言っていたのを聞き漏らしたらしい。
「エイリアンマンと、つうしんするのは、ひみつ、なんだって」
「わかった。だれにも、いわない」
ケイタくんは、自分の口に手を当てた。
妹に『おしゃべり』とよく言われるのだ。
七夕祭り前日の七月六日。
クリスティは、登園して教室前の七夕飾りを見た時に何か変な気がした。何が変なのか、カバンを置き、スモックに着替えてから、よくよく見てみた。
(キラキラしている短冊がある!)
ノリコ先生がくれたのは、普通の折り紙の短冊だった。だけど、目の前の七夕飾りには、キラキラしている短冊が混ざっていた。青地に銀色の星がちりばめられている。こんな短冊は、昨日、見た時には無かった気がする。
「あれーっ?」
クリスティの隣に、いつの間にか来ていたアユちゃんも気付いたらしい。
「これと、これと、これ。なかったよね?」
三枚の短冊を指差す。
三枚は、紙質が違い、しかも、書いてあるお願いが、よく分からない。
願い事は、三枚とも同じだった。
『☆←〇〇〇』と書いてある。
名前であろう所に一枚目には、
『ケ2□4』
二枚目には、
『△□4』
三枚目には、
『→①』と書いてある。
「なぁに、これ?」
アユちゃんが振り向いてクリスティを見た。
「なんだろう。あんごう、かなぁ?」
「あんごうって、なぁに?」
「なかまだけで、わかる、きごうのことかな」
「なんて、かいてあるか、わかる?」
「ううん。かんがえちゅう」
クリスティは、スモックのポケットから赤い伊達メガネと手帳を取り出した。
短冊を見ながら、一つ一つ時間を掛けて手帳に暗号を書き写す。
「あたしも、このきらきらした、たんざく、ほしいなぁ。せんせいに、きいてみる」
アユちゃんは、ノリコ先生を連れて来て
「これが、ほしい」
とキラキラの短冊を見せたが、先生は首を傾げた。
「うん? これは、園では配ってない短冊だね。誰のだろう」
先生は、すみれ組の皆を集めて訊ねたけれど、皆、知らないと首を振った。
謎の短冊。謎の暗号。
「これは、つまり……」
アユちゃんは、目を輝かせる。
「じけんよ~!、じけんよ~!」
七夕の願いが早速叶ったと、嬉しさ全開だ。
(これは、じけん。わたしの、でばんね!)
クリスティは、俄然ヤル気が沸いて来た。
これは、自分への挑戦のように感じた。
「このあおに、ぎんのほしのもよう、どこかで、みたことあるような」
タロウくんが、腕組みをして考える。
「わたしも、みたことある、きがする」
マイちゃんも、タロウくんの真似をして腕を組む。
「……それ、エイリ……」
「しっ!」
ケイタくんの言葉は、ヨッちゃんに遮られた。何事か小声で話している。
何を話しているのかは、聞こえない。
「あーそうだ、エイリアンマンのもようだ」
タロウくんは、マイちゃんと顔を見合わせた。
「そうそう」
「マイちゃんも、エイリアンマンみるの?」
「おにいちゃんが、みているのを、ときどき、みるよ」
二人の会話を聞いているクリスティは、エイリアンマンを見ていない。裏番組の某探偵アニメを見ているからだ。録画するけど、やはり、リアルタイムで見たいから。
(これは、エイリアンマンのもようなんだ。じゃあ、ここに、かかれているのは、エイリアンご?)
手帳に『エイリアンマンのもよう』と書き加える。七夕の話だとしたら、先週あたりのエイリアンマンだろうか。そこに、ヒントがあるかもしれない。ママにお願いして調べてみよう。
クリスティは家に戻ると、母親に頼んで、パソコンでエイリアンマンの番組ホームページを見てみた。
先週の内容は思った通り、七夕の話だった。
あらすじによると、悪い怪獣をやっつけた後、エイリアンマンは、主人公の男の子にキラキラの短冊を手渡す。
「七夕の夜、この短冊に願いを書いてくれ!
君の願いが私に届くだろう!」
そう言い残して、エイリアンマンは宇宙に去って行く。
ホームページには、エイリアンマン・グッズを販売するオンラインショップのリンクが貼られていた。
「これ、これ。アユちゃんが、ほしいって、いっていたの」
クリスティは、リンク先の画面を指差した。
「なんだい? クリスティもエイリアンマンを見るのか。パパの会社の人の息子さんが、好きらしい」
丁度、帰宅した父親に、母親が説明する。
「七夕飾りに暗号の短冊があったそうなの。その短冊が、エイリアンマンの短冊なんですって」
母親は、テーブルの上に夕食の支度をする。
クリスティが、好きなオムライスだ。
オムライスの上にケチャップで☆が書いてある。
席に着いたクリスティは、眉根を寄せてケチャップの☆を睨んだ。
「でも、ぜんぜん、わからないの。エイリアンご、が」
父親と母親は顔を見合わせる。
「エイリアン語? 面白そうじゃないか。ご飯が終わったら、パパにも見せてくれるかな」
テーブルに着いた父親は、身を乗り出した。
「ママにも見せてね」
サラダを取り分けながら、母親も好奇心に、瞳を輝かせる。
夕食後、アフター・ディナー・ティーを味わいながら、両親はクリスティのメモを見た。
クリスティは、ホットミルクだ。
「ふーん。お願いの本文は、三つとも同じで、名前を書くところが、三つとも違うんだね」
父親は、ポアロみたいな髭の先をクリクリといじり始める。父親が、何か考える時の仕草だ。
「……本文の『☆←〇〇〇』は、〇が、この名前の三人なんじゃないかな。名前が三つ、〇が三つだから」
「☆は、なぁに?」
「エイリアンマンだから、そのまま星なのかな。ママのオムライスではないな」
父親は、片目を瞑って笑う。
「エイリアンマンは、どこかの、ほしから、きているんだよね?」
クリスティは、母親に確認する。
「ホームページに、そう書いてあったわね」
「矢印は、☆の方を向いているね」
「☆に、いきたいってことかな?」
クリスティは、父親の顔を見る。
「ああ、なるほど。そうかもね。私のオムライスじゃなくて、残念!」
母親が笑う。
クリスティは、お願いの暗号の横に『さんにんで、ほしに、いきたい』と書いた。
暗号が一つ解けて、ニッコリする。何より、両親と一緒に考えるのが嬉しい。
「次に、名前のところだけど。この『ケ2□4』を、実際に書いてみよう。数字は、個数かな」
父親は、メモ帳に『ケケ□□□□』と書いた。
「クリスティ、分かるかな?」
父親がクリスティの目を覗き込む。
この組み合わせは、どこかで見たことがある。この間、父親に教えて貰った字だ。
「わかった! ケケを横に並べて『竹』 」
「そうね。じゃあ、□は?」
母親は、ニッコリとする。
「□□□□は……」
クリスティは、横に並べたり、縦に並べたりして考える。
「二つずつ並べて『田』かな」
「すると?」
「竹田。ヨッちゃん!」
「正解!」
両親は、破顔する。
クリスティは、暗号の横に『たけだ ヨシノリ』と名前を書いた。
「じゃあ、次は『△□4』だね」
父親は、メモ帳に『△□□□□』と書いた。
「□よっつは、さっきとおなじ『田』だけど」
△が分からない。クリスティは、すみれ組プロファイル手帳を捲って行く。
前回、母親にプロファイリングという手法を教えてもらってから、この手帳を作った。すみれ組の皆を見ていて気付いた事が書いてある。
「したに『田』がつく、みょうじのこは……むらたアユちゃん、やまだケイタくん」
アユちゃんは、キラキラ短冊の事を知らなかったので、残るのは。
「やま? だケイタくん」
「△を山に見立てているのかな」
母親が△を指差した。
△は、山といえば山に見える気がする。
「じゃあ、これは、やまだケイタくん」
暗号の横に、名前を書く。
クリスティは、最後の暗号を父親に見せる。
『→①』
「うーん、これは難しいな。矢印に丸一」
「何かしら」
父親と母親は、クリスティそっちのけで、頭を突き合わせて、ああでもない、こうでもないと意見を出し合っている。二人ともニコニコして楽しそうだ。
二人とも本当にミステリーが好きなんだなと思いながら、クリスティも、負けずに考える。
(やじるしは、みぎを、むいている。でも、みぎがつく、みょうじのこは、いない)
(やじるし――『や』のしるし。もしかしたら)
プロファイル手帳で『や』の付く苗字をさがす。
やまもとカオルちゃんと、やのショウヘイくんが居た。
(やまは、△だから、かおるちゃんではない)
「わかった!」
クリスティの声に、両親は揃って振り返った。
「クリスティ、分かったの?」
「うん、たぶん。やのくん、だとおもう」
「……矢印の矢か」
「でも、①がなんで、『の』なのかわからない」
「あ、なるほど」
父親が合点がいったように笑う。
「なぁに?」
母親が、ちょっと悔しそうに眉を寄せた。
「①って、ひら仮名の『の』にみえないかい?」
「みえる!」
「あら、本当ね」
「さんにんは、ヨッちゃん、ケイタくん、ショウヘイくんだね!」
「すごいよ、クリスティ」
「パパとママが分からなかったのに」
両親が、あまり褒めるのでクリスティは、くすぐったいような気持がした。
父親が、暗号とその答えを、A3サイズの紙に清書してくれた。
「この方が、説明しやすいだろう?」
明日、幼稚園に行ったら、皆に教えてあげよう。ワクワクする。ちょっと気が高ぶって、ベッドに入っても、すぐに眠れなかった。
皆、どんな顔をするかな。
翌日七日、七夕祭りの当日。
「おはよう、アユちゃん」
「おはよう、クリスちゃん」
クリスティの通園カバンの中には、昨夜、父親が書いてくれた暗号解読の紙が入っている。これを、いつ皆に見せようかと、ウズウズしている。早く見せたい。
外遊びの時間が終わり、皆が揃うと、ノリコ先生が教室に来た。
「今日は七夕集会があります。その後、皆でお素麺を食べます。七夕ゼリーもありますよ」
皆、嬉しくてキャッキャッするが、中には素麺が苦手な子もいた。
「オレ、そうめん、きらい」
ヨッちゃんが言うと、他にも数人の子が嫌いと言いだした。
「七夕には、お素麺を食べるのよ。お正月にお餅食べるのと一緒ね」
「あじが、きらい」
「つめたいのが、いや」
「あきる」
「……みんなで、食べると美味しいよ。少しでも良いから食べてみようよ。今日、お素麺を食べると、一年間、元気に過ごせるんだって」
「えっ、そうなの? じゃあ、すこし、たべてみる」
ヨッちゃんは、よく熱を出すので、一年間元気に過ごせるという言葉に心が動いたようだ。
「ちょっと頑張ってみようか。どうしても嫌なら、給食のおばさんに、おむすび作ってもらうね」
小麦アレルギーは無いとの確認済みだ。無理強いはしないけれど、行事食を知ることも、大切な事なのだと、ノリコ先生は園長先生に言われている。
クリスティも、実は、素麺が、あまり好きではない。だけど、嫌いというほどでもないので、黙っていた。それより、暗号の事を、いつ言おうかとモジモジする。
「ん? クリスちゃんも、お素麺苦手なのかな?」
ノリコ先生が、声を掛けてくれたので、今、言うことにした。
「ううん、おそうめんは、すきではないけど、たべられる」
「そう、良かった」
「そうじゃなくて、あのっ!」
クリスティは、スモックの裾をギュッと握った。
「ん? なぁに?」
「あの、キラキラのたんざくのこと、わかったの!」
「えっ、そうなの?」
ノリコ先生は驚いた。
すみれ組の皆は、どよめく。
当該三人は、表情を固くした。
「きのう、パパとママといっしょに、かんがえた」
皆が注目する中、カバン置き場に行き、カバンの中から一枚の紙を取り出す。A3サイズの紙に黒いサインペンで書いてある。
戻って、先生に見えるように広げた。
皆は、先生とクリスティを取り巻くように集まっている。
「たんざくの、おねがいは、さんまいとも、おなじだった。なまえのところが、ぜんぶ、ちがっていた」
クリスティは、紙を見せながら説明する。
「ちがうなまえが、みっつで、ここに〇がみっつある。だから、〇は、このなまえの、さんにんのことだと、おもったの」
「なるほどね」
ノリコ先生は感心したように相槌を打つ。
「それで、おねがいの『☆←〇〇〇』は、☆にむかって、やじるしだから、☆に、さんにんで、いきたいってことなのかなって」
「ふぇっ」
ヨッちゃんが変な声を出した。
「さんにんの、なまえ。ひとりめは『ケ2□4』 これ、ケがふたつと、□がよっつと、かんがえて、『ケケ□□□□』 これを、ならべかえると『竹田』という、かんじになる」
皆の視線が集まると、ヨッちゃんは俯いた。
「ふたりめは『△□4』 これは、△と□がよっつ、とかんがえて『△□□□□』 さっきと同じで□よっつは『田』 すみれぐみで、たでおわる、みょうじのこは、ヨッちゃんをぬかすと、むらたアユちゃんと、やまだケイタくん。アユちゃんは、たんざくのことを、しらなかったから、のこるのは、やまだケイタくん。△は、山のこと」
「そ、そうなんだ」
ケイタくんは、ショウヘイくんのパパが書いたのを写しただけだったので、初めて訳が分かったという顔をした。
「さんにんめは『→①』 やじるしは、『や』のしるし。だから『や』で、はじまる、みょうじ。すみれぐみで、『や』ではじまる、みょうじのこは、やまもとカオルちゃんと、やのショウヘイくん。やまもとの、やまは、さっき△っていうのが、わかったから、カオルちゃんじゃない。①は、ひらがなの、『の』にみえるから、『や』と『の』で『やの』ショウヘイくんだね」
「すごーい!」
「クリスちゃん、よくわかったね!」
パチパチと拍手が起きて、クリスティは晴れ晴れとした気分になった。
探偵にとって、謎を解き明かす瞬間は、一番達成感を感じられる時だ。
クリスティは、大きく息を吸い込み満足げに微笑んだのだが。
「ちょっ、おまえ。よけいなこと、いうなよっ!」
ショウヘイくんが、大きな声を出した。
「そうだよ、そうだよ。ひみつにしなくちゃいけないのに!」
ケイタくんが、追い打ちをかける。
クリスティは、大きな声で怒鳴られ、笑顔が引っ込んだ。何が起こったのか分からず、眉を八の字にして下唇を噛み締める。
不穏な空気の中、ヨッちゃんが泣き出した。
「うっ、ぐっ、……せっかくエイリアンマンのたんざく、かってもらったのに」
「おねがいは、ひみつにしないと、いけないって、テレビでいってた。うわーん、もうだめだー」
ケイタくんも、つられて泣き出した。
「パパに、エイリアンごを、おしえてもらったのにぃ、ちくしょーっ、わぁん」
ショウヘイくんも泣きだした。
(わたし、よけいなことを、してしまった?)
オロオロする目の前で、男の子が三人、泣いている。
「……なぞとき、しては、ダメだったの?」
恐る恐る尋ねた。
「そうだよ!」
三人にビシャリと返されて、身を竦ませる。
クリスティは、どうしたら良いのか分からなくなって、泣き出した。
「うっ、えっ、ひみつにするって、しらなかったの……ごめんね……うぐっ、ぐすっ」
ホームページのあらすじには、書いてなかった。
「クリスちゃん、なかないで」
アユちゃんが、側に来て顔を覗き込む。
マイちゃんとタロウくんも心配して近付いてきた。
「どうしてくれるんだよ!」
ショウヘイくんが、泣きながら怒りを爆発させ、地団太を踏む。
「だいなしだよ!」
ケイタくんの鼻水が垂れる。
「さんにんで、エイリアンマンの、ほしに、いきたかったのに」
ヨッちゃんの顔は、涙でグシャグシャだ。
三人は、クリスティを睨んだ。
「うっ、ごめんね……、うえーん、えーん」
クリスティは、両手を目に当てて泣きじゃくる。
「せんせー」
「せんせー」
すみれ組の皆は、ノリコ先生に「なんとかして」と口々に訴える。
ノリコ先生は、一つ大きく息をすると、クリスティと近くに居たヨッちゃんの肩に、それぞれ手を置いた。屈んで目線を合わせる。
「まず、園の七夕飾りに飾る時は、先生に『飾って良い?』って訊いてね。知らない物があると、皆が、びっくりするよ?」
ヨッちゃんの顔を見る。
「……しらないもの?」
ヨッちゃんは、涙を拭いながら、先生を見た。
「キラキラの短冊の事ね」
「だって、せんせいにいったら、ひみつじゃ、なくなっちゃうよ」
「先生は、秘密は守るから」
ノリコ先生は、肩から手を放し、自分の胸に手を当てる。
「それから、『キラキラ短冊は誰の?』って訊いた時、黙っていたね。先生、教えて欲しかったな」
「……うん」
ヨッちゃんの涙は、治まってきた。
「ケイタくんとショウヘイくんもだよ」
少し離れた所に居る二人は、泣き顔のまま頷いた。
「次に、知らなかったとはいえ、誰かが秘密にしたい事を、その子が『良いよ』って言ってないのに、言っては駄目だと思う」
クリスティは、俯いた。涙と一緒に鼻水が垂れる。
「ごべんなざい、うっ、えぐっ」
「クリスちゃんが、謎を解きたくなっちゃう気持ちは分かるよ。皆の為に良かれと思ってやったこともね。……という訳で、どっちもどっちで、引き分けということで、いいかな?」
先生は立ち上がった。
「せんせー、オレたちの、おねがいは、どうなるの?」
涙を拭いたショウヘイくんが、先生を見上げる。
「三人とも、皆と一緒に園の短冊にお願い事書いたよね」
ノリコ先生の言葉に、三人の短冊を確かめに行く子達がいた。
「えっと、ショウヘイくんは『エイリアンマンの、おもちゃが、ほしい』……ケイタくんは『エイリアンマンに、あいたい』……それから、ヨッちゃんは『エイリアンマンに、なりたい』って、かいてある」
大柄なサトルくんが、教室前に行って、七夕飾りの三人の短冊を読み上げた。
「三人は、エイリアンマンが、とっても好きなんだね。その気持ちは、エイリアンマンに届くと思うよ。エイリアン語のお願いも、ここにいる皆が秘密にすれば、きっと届くはず」
先生は、唇に人差し指を当てて、皆を見回した。
皆は「ひみつにするー」と同じ様に唇に指を当てた。
ノリコ先生は、三人の顔を優しく見回してから、クリスティに向かって黙って頷いた。
クリスティは、泣き止んでいたが、すっかり意気消沈している。
「いいの、いいの、きにしない」
アユちゃんが、肩を叩いて励ました。
「そうだよ。しらなかったんだから、しかたないよ」
マイちゃんが、ティッシュを手渡す。
「ぼくは、クリスちゃんが、なぞをといてくれたから、すっきりしたけどな」
タロウくんも、慰めた。
でも、クリスティは、自分が許せないでいた。
(いらいされたわけじゃないのに)
新聞に載ったり、皆が依頼してくれたりして、自惚れていたのかもしれない。
(ちょっと、いいきに、なっていたのかな)
クリスティは、恥ずかしくなった。
すみれ組のすったもんだが解決する頃、園の七夕集会が始まる時間になった。
「皆、多目的ホールに移動しますよ。ほらほら、クリスちゃんも」
ズーンと落ち込んでいるクリスティに、先生が声を掛けた。
多目的ホールには、ひよこ組、すみれ組、まつ組の全員が集まっている。
先生方が作った星の頭飾りが配られた。
頭に着けて、皆はお星様になる。
『たなばたさま』を合唱したり、七夕の人形劇を観たり、クイズをしたりして遊んだ。
その後、飾られている先生方の短冊を皆で見て回った。
ノリコ先生の短冊には『すみれぐみの みんなが なかよく げんきに すごせますように!』と書いてあった。他には、『からくない おうどん おかわり したい』とか『ダイエット がんばる』と書いてある。
ユカ先生の短冊には『はやく けっこんしたい』とか『ネズミーランドに いきたい』と書いてあった。
皆、クスクスしたり、指差したりしながら、見ている。
ヨシミ先生の短冊には『みんなが すこやかでありますように』とか『えがおが すてきな ひとに なりたい』と書いてある。
園長先生の短冊には『せかいが へいわで ありますように!』とか『こどもたちが しあわせで ありますように!』と書いてあった。
ひよこ組のアミ先生や、まつ組のタカコ先生の短冊、給食のおばさん達の短冊、通園バスの運転手さんの短冊もある。
「ノリコせんせい、おうどん、すきだねー」
アユちゃんが笑い掛けたが、クリスティは、力なく「そうだね」と答えた。
搬送事件の時、何も考えずに謎を解いていたことを思い出して、溜息を吐いた。
「やっぱり、ユカせんせいは、ネズミーランドがすきなんだ。いつも、ネズミ―のキャラがついた、Tシャツきているものね」
「きゅうしょくのおばさん『おのこしは ゆるしまへん』ってかいてあった。どこかで、きいたことあるよね」
クリスティは、マイちゃんやタロウくんの呼び掛けに、浮かぬ顔で曖昧に頷いた。
その様子をヨッちゃんが、心配そうに見ていた。
一段落した頃、お昼になって、皆は食堂に移動した。
「今日のお給食は、お素麺です! 七夕にお素麺を食べると、一年間、病気をしないで健康に過ごせるそうです! だから、少しでもいいから食べてみてね!」
ヨシミ先生が、だみ声を張り上げて、ニィと笑う。鬼瓦のような顔なので、ちょっと怖い。
素麺の後には、皆が楽しみにしていた七夕ゼリーが出た。ミルクゼリーの上に透明な水色のゼリー。その上に星型のホワイトチョコレートやフルーツが載っている。
「かわいい!」
甘い物が大好きなマイちゃんが声を上げた。
「きれいだねぇ」
タロウくんも目を輝かせる。
見た目だけではなく、美味しかったので、皆喜んだ。だが、クリスティは、いまいち盛り上がれなかった。とても楽しみにしていたのに。
給食が終わって、すみれ組の教室に戻ると、
ヨッちゃんとショウヘイくん、ケイタくんが、クリスティに声を掛けた。
「あ、あのさ、さっき、どなって、ごめんね」
ショウヘイくんが言って、三人はピョコッと頭を下げた。
「……ううん。わたしが、わるかったの。ごめんね」
クリスティも、頭を下げた。
「みんなが、ひみつに、してくれるから、ぼくたちの、おねがいは、エイリアンマンにとどくって、ノリコせんせいが、いってた」
嬉しそうなケイタくんに続いて、ヨッちゃんが優しく言う。
「だから、クリスちゃんは、もう、きにしないで。おれも、しらないで、よけいなこと、するしさ」
(……よけいなこと)
それから、四人は、ノリコ先生やすみれ組の皆の見守る中、仲直りの握手をした。
「そうだったの」
帰宅して、クリスティから話を聞いた母親は、顔を曇らせた。
「わたし、よけいなことを、したみたい」
ションボリする娘に、何と声を掛ければいいのだろう。
「仕方なかったのよ、知らなかったのだから。ただ、今思えば、暗号で書いたのは、他の人に知られたくないという事なのだから、パパやママが気付けば良かったわね。ごめんなさいね」
昨夜、楽しそうに暗号に取り組んでいた両親を思い出し、クリスティは首を振った。
「パパとママのせいじゃないの。いらいされていないのに、でしゃばった、わたしのせいなの」
家族で暗号を解いたのは楽しかったと、付け加える。
「クリスティ、元気を出して」
母親は、クリスティを抱き締めた。
「今回は失敗しちゃったけど、パパもママも楽しかった。また、皆で謎を解きましょうね。失敗は成功のもとよ」
クリスティは、自室の窓のカーテンを開けて、まだ明るい空を見上げた。母親によると、今日は、このまま雨は降らないそうだ。
「こんや、あまのがわで、おりひめさまと、ひこぼしさまは、あえそうね。ヨッちゃんたちのおねがいが、エイリアンマンに、とどくといいな」
「わたしのおねがいも、かないますように」と、口の中で呟く。
窓を離れて、ベッドに腰掛けると、愛猫のミス・マープルが、ヒョイっとベッドに飛び乗って来た。
「ねぇ、ミス・マープル、わたし、よけいなことしちゃった。ヨッちゃんたちに、わるかったね。あんごう、つかった、いみを、かんがえれば、よかった」
話している内に、また気持ちが沈んで来た。
ミス・マープルが、そろりとクリスティの膝に乗ってくる。
「なぐさめてくれるの? ありがとう」
クリスティは、ミス・マープルを抱き上げて、ふかふかで真っ白なお腹に顔を埋めた。
「いいにおい。なんだか、ほっとする」
猫吸いをしながら呟く。
「といていい、なぞと、わるい、なぞが、あるんだね。つぎは、きをつけるね」
ミス・マープルは、抱っこされたままニャーンと鳴いた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます